人形浄瑠璃から歌舞伎化された義太夫狂言の名作「菅原伝授手習鑑(てならいかがみ)」の中で、菅原道真の変転に焦点をあてた「加茂堤」「筆法伝授」「道明寺」の上演が2日、歌舞伎座(東京・銀座)で始まった。平安時代に道真(菅丞相(しょうじょう))が藤原氏との政争に敗れ、大宰府に流された史実を素材に、物語をふくらませている。【小玉祥子】
「加茂堤」(1部)は丞相失脚の原因となる場面。桜丸と八重の夫婦は、斎世親王(皇弟)と苅屋姫(丞相の娘)の恋を取り持つ。だが、親王と姫の密会が露見し、2人は駆け落ちしてしまう。
「筆法伝授」(2部)では、丞相が弟子の源蔵に秘伝の筆法を伝える。そこへ、親王を利用した謀反のかどで丞相の流罪が決まった、という知らせがもたらされる。丞相の高潔な人柄と師弟愛が描かれる。
「道明寺」(3部)は流罪の途中、伯母の覚寿の館に身を寄せた丞相にまつわる奇跡が主題。館には、丞相の養女で覚寿の実子である苅屋姫もかくまわれていた。自身をかたどった丞相自作の木像が、生在るかのごとくに歩き、命を狙われた丞相の身代わりになる場面、丞相と苅屋姫の親子の別れなど、見どころは多い。
今回の「道明寺」は、十三代目片岡仁左衛門の十七回忌、十四代目守田勘弥の三十七回忌の追善狂言。十三代目が得意とした丞相を息子の当代仁左衛門、十四代目の演じた覚寿を養子の坂東玉三郎がつとめる。
仁左衛門は4回目の丞相を演じるにあたり、丞相をまつった福岡・太宰府天満宮を訪れた。
「派手な動きはありませんし、技術や芸がどうという次元の役ではない。私自身が裸で出るような気がいたします」と、仁左衛門は語る。
上演中は丞相と縁の深い牛の肉は口にしないという。「最初は父(十三代目)をなぞることが多かった。今は父を手本にはしていますが、心は天神様になりきり、無になって舞台に立ちます」
玉三郎の覚寿は初役である。「本当は来年が父の三十七回忌で、1年早いのですが、仲の良かった松嶋屋のおじさん(十三代目)の追善と父の追善をご一緒にできるのはありがたいことです」
覚寿は女形の老け役屈指の大役で、「三婆」の一つに数えられる。筋の通った女性で、丞相失脚の原因を作った苅屋姫とその姉の立田をつえで打ち据える気丈さを見せる。
玉三郎は「苅屋姫を2度つとめ、『仮名手本忠臣蔵』の戸無瀬や『伽羅(めいぼく)先代萩』の政岡を演じるうちに、覚寿に興味を持つようになりました。おばあさんの役であることは、あまり意識していません」と意欲を見せる。
苅屋姫は片岡孝太郎、立田は片岡秀太郎。28日まで。問い合わせは03・5565・6000へ。<月末を除き毎週火曜日に掲載します>
毎日新聞 2010年3月2日 東京夕刊