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本書、渡辺式記憶術の創始者は、剛彰氏の父君の渡辺彰平氏である。彰平氏は、小学校4年のとき栃木県から単身上京し、家が貧しかったので、学校に行くことができず、朝は牛乳配達、昼は新聞売り子をして独学しながら、司法試験をめざした。 ところが、とても普通の方法では、時間と学費にめぐまれた他の競争者に打ち勝つことはできない。そこで、勉強方法を工夫することを決意し、井上円了の書籍などを参考にして独自の連想記憶術を開発し、見事試験に合格し弁護士になることができたのだ。 氏の記憶術の原型は、稀こう本「直感記憶法」蛍雪学生同志会発行 昭和7年6月にみることができる。 同書の骨子を紹介してみよう。 1.「連想結合法」:すでに記憶したものに、さらに記憶したいものを次々と結合していく方法。 図で示すと ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ (覚えたい対象) 1. 運河 2.電柱 3.停車場 4.馬車 5.米俵 6.船舶. 7鶏 8.児童 9.街道 10.温泉 (記憶法) 運河に電柱を流して停車場に運ぶ。停車場に馬車あり馬車に米俵を積む。米俵の上に船舶が載せてあってその甲板に鶏が遊んでいる。児童その鶏を追いつつ、街道を走る。その街道の両側は温泉場であった。 2.「基礎結合法」:頭にあらかじめ数個の基礎的概念を記憶しておいて、それに記憶したいものを結合していく方法。図で示すと、 ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ → ○ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ (覚えたい対象) 1と同じもの (基礎)すでに自分の記憶にある道順 1. 旅館 2.呉服店 3.洋食店 4.果物屋 5.邸宅 6.銀行 7.学校 8.油屋 9.薪炭商 10.劇場 (記憶法) 1. 旅館の前に運河あり 2.呉服店頭に電柱が立つ 3.洋食店に停車場の時刻表あり 4.果物屋の前に馬車が止まる 5.邸宅の中に米俵が満載してある 6.銀行に船舶の標本あり 7.学校に養鶏の展覧会が催され 8.油屋には十三七ツの児童油買いに来る 9.薪炭商は街道にまで商品を山積している 10.劇場には温泉場を背景とした看板がかけてあった。 この方法の原理は、「場の記憶法」とまったく同一のものである点注意したい。 3.「変換法」:数字などを変換して記憶する方法。 1(ヒ、ビ、イ、ピ) (記憶法) 1) 歴史年代を覚える: (対象)源頼朝が鎌倉に幕府を創立したのが、建久3年で、その後15年間続き、正治元年、53歳で亡くなった。 (記憶法)幕府を創立するのに、3年の研究(建久)を要しましたが、以降(15)正しく治めて(正治)意味(53)ある最後を遂げられた。 2) 化学の原子量を覚える: (対象)白金=195 金=197 銀=107 ニッケル=587 (記憶法) 1. 幾子(いくこ=195)さんは白金の指輪がある。 2. 金のために身を退くな(ひくな=197)。 3. 知人、銀蔵は暇な(ひまな=107)やつだ。 4. ニッケルの時計ではいやな(=587)ことだ。 4.英単語の記憶法: autumn (多田務) 秋 (秋は1年の収穫どきであるから、田園の務めが多いからこれを多田務(オータム)と覚える)。 battle ( 場取る) 戦い(戦争によって場所を占領するから、これを場取る(バトル)と覚える)。 bride (夫頼人;ブライド)花嫁 (花嫁は夫のみを頼りとする人であると覚える) phantom (不安富;フアントム) 妖怪 (妖怪のことを思うと不安に富むと覚える) 注1) 同書には、同様な方法が応用された「斉藤秀三郎校閲・佐川春水序:帝国記憶学会長 渡辺彰平著 英語1万暗誦法」400ページの広告文が掲載されているが、私は残念ながら未見である。 注2) その他の渡辺彰平氏の記憶術に関する書物として次の2書がある。 1.「心理応用記憶力発現法」帝国記憶学会, 大正12年 2.「万有記憶論」 大正14年 氏の子息の渡辺剛彰氏は、幼年時代は甚だ記憶力の弱い子供で、名門、武蔵中学に入学したものの、成績は学年中ビリという有様であった。この事態を憂慮した父は、自己の発案になる「連想記憶術」を息子にさずけた。 記憶術を身につけた剛彰青年は一躍学年トップを続け東京大学に合格した。さらに、弁護士になろうと、英文科の学生ながら難関中の難関の司法試験に挑戦し、わずか数ヶ月の勉強でみごと合格をはたした。こうした奇跡的快挙はすべて記憶術のおかげであった。 剛彰氏は、父の記憶術をさらに発展させ、次の10の手法を確立した。 1. 基礎結合法 2. 連想結合法 3. 数字変換法 4. 変換記憶法(置換法と分解法) 5. 感覚刀痕術 6. 外連想術 7. 精神統一術 8. 想起術 9. 記憶遡及法 10.失念術 この中で中核をなすのは、1〜4で、さらに1と2を組み合わせた「鈴なり式記憶術」で、膨大な量の記憶を可能にした。 氏は、昭和34年、当時の人気NHKテレビ番組「私の秘密」に出演、門外不出の記憶術を披露した。これが大きな波紋を呼び、本書「記憶術の実際」昭和36・2 主婦の友社 の発行となったが、わずか1カ月で120版を超える記録的大ベストセラーになった。 本書に触発されてか、同年同月、南博編「記憶術」カッパ・ブックス 光文社および坂井照夫・石原敬三「記憶術入門」富士書店が発行された。 例えば、3の平方根は、1.7320508075であるが、この数字列を2桁ずつに区切って、あらかじめ記憶してある2桁の具体的な物に変換して連想結合法で次々に結んでいく。 (基礎) 17=ひな 32=札 05=孫 08=ラッパ 07=マッチ 残りは5 (記憶法) 1.ひな様に札を供えた。 2.その札を孫がつかんだ。 3.孫にラッパをにぎらせる。 4.ラッパの口にマッチがつまった。 5.そのマッチは5本だった。 それから、四半世紀後の昭和62年、ひとりの日本人が、円周率暗唱4万桁の世界記録を樹立、ギネスブックに登録された。50歳半ばの友寄英哲氏だ。どうして4万桁もの数字が暗記できたのか、著書から引用してみよう。 「私は、学生時代、人より丸暗記の能力が劣っていて、大いに悩んだ。大学の英語の講義で、教授からシェイクスピアのハムレットの1節を暗記するようにいわれ、全然覚えられなくて悩んだものである。20歳のころ、神田の大道を歩いていると、黒板に30〜40桁の数字を通りがかりの人が言うのを書き、それを即座に記憶して暗唱できる老人に出会った。騙されてもともとと、藁をもつかむ思いで老人が売っていた薄い本を買い求めた。 その本には、連想で覚えればいい、数字は2桁を1つの単語にして覚えればいいことが書いてあった。人間はみな同じ能力をもっている。今まで、よく覚えられず、勉強でも苦労していたのは、やり方を知らなかっただけなのだ。」 以来、氏は35年間、研究を重ね、「3秒間記憶術」を完成させた。 友寄氏の記憶法の特徴は、 1. 脳波のリズムが3秒間ごとに変化するという科学的事実に基づき、3秒間単位で記憶することで集中力を高める。 2. 50音法は、数字を思い出すのに、ア行は1だった、イ行は2だったといちいち思い出さなくてはならない不便さがある。一方、語呂あわせでは、音が数字に直結しているのでとても便利だが、数字の読み方に限りがあるという弱点がある。 そこで、「字の形」から、ノを1に、ユを2としたり、「外国語」から、ウを中国語から5に、ツを英語から2とし、さらに「似た音」から6はロだが、ラ、リ、ルも6、4は英語のホからポへなどと読み方を飛躍的に拡大した。こうすると、1234は、農夫散歩とか泉市と読むことが可能となる。 3. イメージを活用する。それもただ漠然と想像するのではなく、自分が既に知っている情報、それも忘れようにも忘れられない思い出とか人物とつなげて記憶することで、記憶の定着率を格段に高める。(ここからも、一般に、通常の記憶と違って既知情報が増える高齢者ほど、記憶術は有効に機能するということが言える) 4.記憶術を記憶の「場」という限られた制約から開放し、いわばバーチャル空間の中で、物語を展開させる。 などである。 円周率の小数点以下10桁は、1415926535であるが、友寄式では、 (変換法) 141:「都市の」(ト=1、シ=4、ノ=1) 592:「黒人」(コ=5、ク=9、ジン=2) 65:「婿」(ム=6、コ=5) 35:「サンゴ」(サン=3、ゴ=5) (記憶法) 「都市の黒人(が)婿(に)サンゴ(をあげた)」 という文章をイメージ化して、バーチャル空間の中で、1つの物語の場面として視覚化し記憶する。それも、都市の黒人は、色の黒い知人のA氏と具体的人物を使う。 婿は当然A氏の息子である。円周率4万桁の記憶には、数多くの知人や有名人が登場し、忘れがたい思い出や歴史的事件と関連した壮大な物語が展開している。 バーチャル空間のストーリー作りは、あくまで頭の中の操作であるから、どんな突飛な想像も勝手気ままだ。たとえば、物語の中で、自分の嫌いな人物を何回殺しても別に法律に触れることもなく、逆にストレス解消にはもってこいである。現実にその人物に会ったらきっと吹き出してしまうだろうが。 記憶術について、いろいろ述べてきたが、もはや読者は記憶術が決してまやかしなどではなく、つらい記憶という作業を創造的で楽しくする応用範囲の広い重要なスキルであると納得されたと思う。ところが、いま、学校では、記憶力をためす試験ばかりをやりながら、ビクトリア朝以来の機械的暗記を生徒に強制し多くの落ちこぼれを生み出している。なぜ、文部科学省は、この由緒ある記憶術を公認して学校で活用しないのか。 私はこのサイトで何回か「ゆとり教育」の弊害を述べてきたが、政府もやっと方向転換を決定したようだ。しかし、教科書が厚くなり、記憶すべき量が増大することに対する方策が何もないのでは、事態は逆に悪化するのではと私は危惧している。 日本の学生の学力は、いまや中国、韓国の後塵を拝するまで低下している。社会人にとっての重要なスキルとしての記憶術を、教育全般にも応用して子供たちに再び笑顔がもどることを願って筆をおきたい。 (注意)「記憶術」は、ある意味で、もろ刃の剣である。覚えたいものを、変換して連想を働かせれば訓練次第で膨大な知識を短時間で記憶できるようになる。私の場合、法律関連の資格をどうしても取得する必要に迫られて、200ページほどのテキストを3〜4日で記憶したことがある。 意味のない、条文の数字などには問題ないが、興味もなくすべて変換法で記憶したために好成績で合格したものの、今は全く記憶に残っていない。理解を伴わない記憶は危険であるばかりではない。テキストをよく理解し、本当に重要なエッセンスにまで圧縮して記憶すべき量を減らすことで、記憶術をさらに効率的に活用できる点を是非ここで強調しておきたい。 (参考文献)本書は絶版であるが、次の文献1でほぼ同様の内容を知ることができる。 1.「即戦力をつくる記憶術」トクマブックス 渡辺 剛彰 1987・4 徳間書店 2.「記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方」ブルーバックス 池谷 裕二 2001・1講談社 3.「記憶力を伸ばす技術―記憶力の世界チャンピオンが明かす画期的なテクニック」 ドミニク オブライエン 2002・9 産調出版 |
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竹下和男
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