気象庁、大津波警報の予測が過大だったと陳謝 予測精度に課題残る
3月2日0時22分配信 フジテレビ
日本列島が身構えた最大予測3メートルの大津波について、気象庁は1日、この17年ぶりの大津波警報の予測が過大だったと陳謝し、今後の改善を表明した。大洋のかなたから迫り来る津波予測の難しさと、日本の津波への備えを検証した。
2月28日午後3時半ごろ、宮城・気仙沼を襲った津波の様子をとらえた映像を見ると、海水は岸壁を越えて、手前の魚市場内にごう音とともに押し寄せた。
魚市場は50cmほど冠水、気仙沼市によると、市内では最大で120cmの津波を観測し、1万5,000人に避難指示が出されたが、1日朝までに全員が自宅に戻ったという。
地元の漁師たちは、被害を確認した。
地元の漁師は「ここは100%だめだね。カキとワカメと全滅だね、ここは」と話した。
ワカメの収穫を目前にして絡まってしまった網。
また1日朝は、漁船の操業も1隻のみだった。
一方、千葉・勝浦市の川では、海水が川をさかのぼる逆流現象が起こった。
2月28日午後5時19分ごろ、120cmの津波が確認された岩手・久慈市が撮影した津波到達時の映像では、港側に流れていた波が引き戻されるように沖へと流されていく様子が映っていた。
そして再び逆転し、今度は一気に港側へと波が押し寄せるとともに、水かさも増した。
このような急激な増水で、各地で起こった陸上での冠水被害のほかに、海の上でも影響があった。
津波警報により、海上で足止めを余儀なくされていた苫小牧からのフェリー2隻が1日未明、八戸港に到着した。
乗客は「波もなかったので、酔うこともなく、普通に寝てたっていう感じで」と話した。
幸いにも人的被害は出なかったものの、気象庁は悔しさをにじませた。
会見で、気象庁は「気象庁の津波の予測が少し過大であったと。避難されている方、あるいはさまざまなご不便をかけたことがあるかと思いますが、その点についてはおわび申し上げたい」と語った。
最大3メートルの高さになると予測し、17年ぶりの大津波警報を発令した気象庁だが、予測は下回り、その難しさを露呈した。
チリで発生し、22時間後に日本へ到達する津波をシミュレーションした映像。
東京大学地震研究所の古村孝志教授は、「いったん広がった波が、また日本に向かってどんどん、どんどん集まってくることがわかる。特に北海道から三陸にかけての津波が高いことがわかりますね」と話した。
震源や地球の裏側からの複雑な海底地形を計算、太平洋上の観測データなどを基に予測される。
1万7,000km離れた場所からの津波の予測は、非常に難しいという。
東京大学地震研究所の古村孝志教授は、「最終的なこういう津波の高さっていうのは、予測よりも倍、あるいは4倍にもなることは、いくらでもあるんだということをやっぱり考えておかないといけないですね。『(気象庁は)なんだ、いつも大げさに言うじゃないか、おおかみ少年的じゃないか』というふうに解釈するっていうのは、これは非常に危険だと」と話した。
高さ2メートルの津波を再現した実験映像では、マネキンは吹き飛ばされ、作られた家は粉々になる様子が映っていた。
津波の破壊力を物語る映像だが、その恐怖が長年、心に刻まれた人もいる。
岩手・大船渡市の住民は、「(昔のことを思い出しますか?)思い出しますよ。怖くて怖くて」と話した。
1960年、死者・行方不明者が142人にものぼったチリ地震での津波被害により、岩手・大船渡市では、53人という最大の犠牲者を出した。
大船渡市は、50年前のチリ地震津波を教訓に防潮堤を徐々に延ばしてきた。
現在、総延長は12km、水門の数は154カ所に及ぶ。
湾口の防波堤の整備など、津波対策を取ることとなった苦い教訓だが、大船渡市で実際に避難したのは、対象者のおよそ30%にすぎなかった。
予測の精度に課題が残される津波、今回の津波から学ぶべきものは多い。
最終更新:3月2日0時22分