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【芸能・社会】

チャンバラトリオ「かしら」南方英二さん 死去

2010年2月28日 紙面から

 “ハリセン”を使ったギャグで知られるお笑いグループ、チャンバラトリオのメンバーの南方英二(みなかた・えいじ、本名楠本喜八郎=くすもと・きはちろう)さんが26日午後8時33分、肝硬変のため大阪府の病院で死去した。77歳。和歌山県出身。葬儀・告別式は親族のみで行う。喪主はめい楠本勝子(くすもと・かつこ)さん。

 東映に入社後、時代劇の切られ役をこなした。1963年に結成したチャンバラトリオで「かしら」の愛称で親しまれ、大きな扇子で顔をはたく“ハリセンチョップ”など時代劇風のコントが人気を博した。上方漫才大賞や上方お笑い大賞の金賞を受賞。北野武監督の「ソナチネ」など映画にも出演、俳優としても活躍した。

 ◆チャンバラトリオのメンバー、山根伸介(73)の話 東京オリンピックとともに東京でチャンバラトリオが暴れ出したことがきっかけで、トリオブームを巻き起こしたと自負しています。当時は大きなプロダクション(吉本興業)に属さず、毎日が艱難(かんなん)辛苦の日々でしたが、そんな時にかしらと飲むお酒が本当においしかった。あと2年で(結成)50周年を迎えることになり「きれいに幕を下ろしたい」と2人で誓った直後でした。残った私が若手や吉本の手を借りて、なんとか50周年をやり遂げますので、どうか見守ってください。

 ◆同、志茂山高也(65)の話 突然なことで戸惑っています。東映時代から、かしらの立ち回りにあこがれていました。51歳のときに誘いがあり、コントは苦手だがかしらやリーダー(山根)らと立ち回りができるという思いで一員になりました。今後は、かしらほどの立ち回りはできませんが、チャンバラトリオの名前やにおいを残せるよう頑張りたい。

 

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