捜査段階の取り調べの全過程を録音・録画する「全面可視化」をめぐる政府・与党の議論が足踏みしている。
全面可視化の導入は民主党の政権公約でもある。この1月には党内に早期実現を求める議員連盟もできた。各種世論調査でも、国民の約7割が取り調べ可視化の必要性を認めている。
民主党は、可視化を導入する刑事訴訟法改正案を議員立法でこれまで2度提出している。衆院解散で廃案になったが、参院を通過させた「実績」もある。
足利事件や布川事件、鹿児島県志布志市の選挙違反事件など冤罪(えんざい)が相次いで表面化し、警察や検察の取り調べの在り方に対する国民の懸念も高まっている。
機運と環境は整っている。政権に就いたいまこそ、民主党は公約を実現する機会ではないのか。
なのに、鳩山政権の腰はなぜか重い。担当閣僚である千葉景子法相、中井洽国家公安委員長はともに法制化の意向を表明してはいる。が、今国会への法案提出となると、歯切れが悪い。
とりわけ中井氏は慎重だ。全面可視化について「自白に頼る捜査をそのままにして導入すれば検挙水準を落とす」と指摘し、司法取引など「新たな捜査手法」導入との同時実施を主張している。
「自白頼り」の捜査は、もちろん改めるべきだ。しかし、可視化の導入は、検挙水準を高める捜査手法の検討とは次元が異なる問題だ。それを同列で論じる中井氏の姿勢には違和感を覚える。
忘れてならないのは、自白偏重の捜査が「うその自白」を強要し、多くの「無実の罪」を生んできた事実である。
被告の捜査段階の自白が強要や誘導によるものでなく、本人の意思によるものかどうか、裁判で確かめることができるようにする。それが誤判を防ぎ、可視化を導入する意義でもある。
被告の自白内容に疑いが生じ、無罪となるケースはいまも少なくない。先日も大分地裁が、強盗殺人罪に問われた被告に「自白の信用性に疑問がある」として無罪を言い渡した。
被告の供述調書から自白の信用性を見極めるのは裁判官でも難しいとされる。素人の裁判員ではなおさらだ。
裁判員裁判の開始に伴い、検察と警察は取り調べの一部録音・録画を試行しているが、部分録画では捜査側に都合の良い場面だけの記録も可能になる。
一昨年7月には、検察が立証の補完として提出した部分録画映像(供述調書を読み聞かせて容疑者が調書に署名する場面)を、佐賀地裁が「供述の信用性を裏づける証拠とするのは困難」とし、強盗罪を認定しなかった例もある。
取り調べで違法な強要や誘導があったかどうかを確かめるためには、やはり全過程の録音・録画が必要だ。導入へ法改正を急ぎたい。全面可視化の導入は、自白偏重の捜査から客観証拠中心の捜査へ転換を促すことにもつながるはずだ。
=2010/02/28付 西日本新聞朝刊=