「驚いて言葉が出なかった」。ヨルダン川西岸ラマラに住むパレスチナ人女医、ハドラ・サラミさん(30)が途方に暮れた。1月からイスラエルの病院で2年間研修を受ける予定だった。病院は協力的で、研修費を援助してくれる団体も見つかったのに、「イスラエル保健省の許可が下りない」と告げられた。パレスチナの「アルクッズ大学医学部出身」だからという。
エルサレム郊外のパレスチナ人の村アブディス。イスラエルが「テロリストの侵入阻止」を名目に建設した分離壁のすぐ外側に、アルクッズ大学のメーンキャンパスはある。大学名はアラビア語でエルサレムの意。「エルサレムのアラブ系大学」を掲げる学生数約8000人の名門だ。
サラミさん同様、アルクッズ大卒のためイスラエルの医師試験を受けられなかったパレスチナ人医師が、理由を明確にするよう求めてイスラエル保健省を提訴した。原告側のイスラエル人弁護士シュロモ・レッカー氏は「これは大学の教育水準でなく、政治対立の問題だ」と指摘する。
イスラエルの大学以外の医学部出身者が医師試験を受けるには、出身大学がイスラエル当局に「外国」の高等教育機関と認められていなければならない。
レッカー弁護士によると、当局はパレスチナが「国」ではないことを理由にアルクッズ大の承認を拒んだ。しかし、他のパレスチナの大学は15年以上も前に認められている。「エルサレム」の名を冠するアルクッズ大だけは、右派の反発で承認作業が頓挫していた。
イスラエル保健省は昨年夏、アルクッズ大から申請があれば正式に「大学」として認めると譲歩した。だが、ムーサ・バジャリ同大学長補佐は「要求には応じられない」と言う。申請は、大学があるエルサレムの外側を「外国」と認め、エルサレムがイスラエルのものだと認めることにもつながるからだ。
パレスチナは、イスラエルが67年の第3次中東戦争で併合した東エルサレムを将来の独立国家の首都に想定する。バジャリ氏の態度には「エルサレムの永久不可分」を主張するイスラエルに「首都」への足場を奪われかねない、との危機感がある。【アブディス(ヨルダン川西岸)前田英司】
毎日新聞 2010年2月27日 東京朝刊