福岡の市民団体からSAPIO誌への抗議文・申し入れ書(全文)

12/25号「SAPIO」より



 私たちは小林よしのりさんの出身地である福岡や各地で反差別、死刑廃止、反戦 ・反核・反基地運動、環境間題を考える運動、労働運動、そして、日本の戦後責任を 問い、「従軍慰安婦」の裁判支援などをしている団体、個人です。
 かつて、小林よしのりさんは、部落差別の問題を、漫画作品「ゴーマニズム宣言 」に取り上げ、社会派漫画家としての評価を得ましたが、はたして、現在の状況はど うしたことでしょう。小学館発行の雑誌「SAPI0」l996年8・28/9・4号の「新ゴーマ ニズム宣言」第24章「従軍慰安婦カマトトマスコミを撃つ」に至っては、もはや、私 たちは黙ってはいられないほどの衝撃を受けました。
「マスコミを撃つ」と言いながら、その内容は元「従軍」慰安婦へ、そして、全女 性に向けられた差別意識の吐露であり、元「従軍」慰安婦の女性たちの支援をしてさ た人たちへの誹謗中傷です。

 旧満州においてレイプされた日本女性達が、その事実を語らず胸に秘めていたこと を「凄い」「誇りに思う」ということは、逆に、必死の思いで名乗り出た、元「従軍 慰安婦」の女性たちについては、どのように評価されるのでしょうか。また、「従軍 慰安婦」に限らず、レイプされた女性が告訴等に路み切る行為をどう謡価されるので しょう。小林よしのりさんは、レイプされた全ての女性が黙っているべきであるとお 考えなのでしょうか。レイプされた女性がどれだけの苦しみを乗り越えて、その事実 を訴えるのか、また一体なんのためにそんなことをするのか、理解されていないよう です。
 レイプ被害者は、たとえ妊娠や身体的傷害を乗り越えられたとしても、自分の意に 反した性行為を強要されたということで自己否定に陥り、自傷行為や自殺未遂を繰り 返したり男性恐怖症状に悩まされることが多く見られます。そして、余りの苦痛から 、その被害を忘れようとすることがあります。または、レイプについて、まだまだ被 害女性のほうに落ち度があると見られがちな社会においては、その失うものの大きさ から、女性はレイプの事実を隠そうとすることもあります。しかし、元「従軍慰安婦 」として名乗り出た人たちは、家庭もなく家もなく、もはや失うもののない者が多い のです。彼女たちは人生の終盤近くになり、このまま黙って死んでしまっていいのか 、本当に自分たちがこんなつらい人生を送ったのは自分たちのせいだったのかと振り 返ったとき、「そうではない」と思うことができたのではないでしょうか。
 レイプされた女性が、加害者を告発することやレイプの事実を人に訴えることは、 自己否定からの回復を図るために非常に有効な手段となります。「自分は被害者なの だ。自分は悪くない。悪いのは、加害者だごとの確信を得ることは大切なことなので す。しかし、その道は決して平坦ではありません。「本当に、レイプだったのか」「 死ぬほど抵抗したのか」と、社会はレイプされた女性に冷たいのです。いわゆるセカ ンドレイプです。被害者は、再びレイプされるがごとく精神的に深く傷つけられるの です。他の犯罪では被害者が責められることはあまりないでしょう。電車の中で財布 をすられたとか、駅で置き引きにあったとか、道で通り魔に刺された等というときに 、被害者の服装が問題にされたり、一人でいたのが悪い等と言われることがあるでし ょうか。それが、レイプ事件の場合はあるのです。しかし、女だから夜道をひとりで 歩けない、女は男の気をそそらぬように服装に気をつけねばならない等というのは差 別です。どんな状況であれ、レイプするほうが悪いのです。「自分の意にそわない性 を強制されない権利」は、人間にとって基本的な権利なのです。その権利を侵された ことを公にし、その権利を侵害した者に謝罪を要求することが認められなければ、ま すます女性の人権は軽視され、いつまでもレイプのような犯罪がなくなることはない でしょう。私たちは、元「従軍慰安婦」が名乗りでて、日本に謝罪と補償を求めてい く行為をこそ、「誇りに思い、すごい」と評価します。しかし、小林よしのりさんは 、そんな勇気ある彼女たちを、「従軍慰安婦は強制ではなかった」「お金をもらって いたんだから娼婦だ」と言っています。これば正にセカンドレイプなのではないでし ょうか。
 私たちは、第29章の枠外に書かれた「そこら中の女、犯して妊娠させて認知せずに 逃げたいわ〜」という文章にも抗議します。いったい何を考えているのでしょうか。 これはジョークとはとても思えない悪質なセリフです。このような女性差別発言が許 されるなど断じて認める訳にはいきません。「SAPI0」編集部もまた、このような発 一言を支持しているのでしようか。
 
 さて、「従軍慰安婦」が強制連行であったかどうかということですが、「いい仕事 があるから」とだまされて、または、家の中や畑から無理矢理に連れていかれて、軍 人相手の「イ慰安」活動を強制されたということは、多くの元「従軍慰安婦」が証言 しています。お金を親がもらっていたとか、本人が収入を得ていたという証言は第三 者から出ているようですが、たとえ、お金をもらっていた人が本当に存在したとして も、それで、全ての「従軍慰安婦」がお金をもらっていたということにはならないし 、だまされて連れていかれて逃げることもできないようにされた彼女たちが、「慰安 」活動を余儀なくされたということは、彼女たちの求めたものではなかったはずです 。そういうことも含めて私たちは「『従軍慰安婦』は『強制』だった」と言っていま す。しかしながら、小林よしのりさんの話もほとんどが「証言」によるものです。私 たちが支持する元「従軍慰安婦」の証言を『真相』と考えるか、小林よしのりさんが 信頼する証言を『真相』と考えるのか、この証拠が少ない中では、どのような観点に 立って物事えお考えるかによるところが大きいと思います。私たちも「歴史の真相」 を知りたいのです。情報公開制度にあぐらをかいて真相究明に不熱心な日本の政府を こそ、小林よしのりさんも批判すべきなのではないですか。小林よしのりさんがもし 本当に真相を知りたいとお考えでしたら、今のような漫画にはならないと思います。 小林よしのりさんが描いている漫画は、勇気を持って加害実態を証言しようとしてい る人たちを封じ込めようとするものだからです。

 私たちは、非常に女性差別的であり、元「従軍慰安婦」へのセカンドレイプそのも のであるような漫画が、大手出版社から発行される雑誌に掲載され続けることは、そ れを読む人たち、特にこれからの時代を生きていく若い世代への悪影響を考えたき、 このまま見過ごしにすることはできません。また、そのような漫画を掲載している雑 誌「SAPlO」を発行する小学館の社会責住も問われるべきであると考えます。私たち は小林よしのりさんと「SAPI0」編集部、小字館に対し、強く抗議すると共に、次の3 点を要求します。


  1. 「新ゴーマニズム宣言」での元「従軍慰安婦」へのセカンドレイプと女牲差別発言に っいての謝罪広告を「SAPIO」誌上に掲載すること。
  2. 抗議と申し入れ書の全文を「SAPI0」誌上に掲載すること。
  3. 「新ゴーマニズム宣言」の第24,26,27,29章等、元「従軍慰安婦」への侮辱的な 漫画の単行本化をしないこと。 
  以上。

 文貴 まえだけいこ
l996年11月20日「SAPIO」編集部御中

申し入れ団体名