「女王」キム・ヨナの戴冠を予測する英語メディアの心配事
しかし同じ記事では、地元バンクーバーの大学で教える韓国人の政治学教授がやはり、もしキム選手が金メダルをとれば韓国人の誇りを「大いに盛り上げてくれるだろう(be a great boost)」「ある意味で、過去の屈辱の代償(a compensation for past humiliations)にもなる」だろうと。
その一方で記事には、「スポーツの世界で、反日感情はかなり減ってきた」「韓国が特にサッカーで何度も日本を破ってきたこともあり、以前とは違う」「浅田真央はきれいだから、彼女のファンだという韓国人も大勢いる」という韓国・東亜大学のチュン・ヒジュン教授(スポーツ科学)のコメントも並んでいます。「キムも日本で人気が高い」「キムに勝って欲しいが、だからといって浅田に転んでほしいわけではない」という韓国人通訳のコメントも載せています。
つまり日本と同様、韓国にも色々な意見があるということ。みんな自国選手を応援してはいるけれども、だからといって相手国の選手の失敗を願ったり、相手国の不幸を願っているわけでもないということでしょう。国民の意見が一枚岩の国なんて、あるはずもないのですから。
しかも、キム選手にはあまりに韓国国民の期待がかかりすぎているため、その重圧の影響を心配する声が多数の記事に書かれています。たとえばワシントン・ポスト紙は、現に4年前のトリノ大会では、金メダルを確実視されていた米代表のサーシャ・コーエンが転倒など「大きなミスを連発したせいで、荒川静香が金をとった。さらにその4年前には、ミシェル・クワンとイリーナ・スルツカヤが決定的なミスを犯し、ランキング3位だった米代表のサラ・ヒューズが一気に1位に台頭した」と過去を振り返り、いかにフィギュアに番狂わせがつきものか書いています。
ボストン・グローブ紙も、韓国で「女王」と呼ばれるキム選手が「まるでロックスターのように扱われ」、「韓国中に彼女の顔が溢れている」と、いかに韓国の人たちが彼女に期待を寄せているか紹介。キム選手自身が「メダルのために滑っているんじゃない」というようなことをいくら言っても、もしキム選手が「archrival Japanese(最大のライバルの日本人)」からメダルを奪えば、彼女は「国民的英雄(national heroine)」になるだろうと。
できれば表彰台で「ヨナの隣に立ちたい」と言う米代表の長洲未来選手も同紙に、「彼女の肩には世界全部の重圧がかかっているけれど、私には指一本で支えられる(くらいの重さだ)」と、キム選手にかかるプレッシャーを思いやっています。
前述のニューヨーク・タイムズ記事では、「ひとりの選手の成功や失敗に、国中が笑ったり泣いたりするのは、ちょっと馬鹿げている」とチュン教授。もしキム選手が負けたりしたら「国民的なパニック状態」に陥るのではないかと。「社会もマスコミもあまりに彼女について騒ぎすぎた。まるで彼女が金をとらなかったら何か危機が起きるかのような勢いで、ひとりの選手に国全体の期待が集中するなど、それは決して良いスポーツマンシップとは言えない」と国の夢中ぶりを批判しています。ついひとりの選手やひとつの代表チームに夢中になりすぎる日本人としても、耳が痛い批判です。
では、日本中がいま息を呑んで注目している、浅田真央選手については?
○跳ぶや跳ばざるや
ロサンゼルス・タイムズ紙が、『19歳にして日本の浅田真央はすでに薄氷を踏んでいる』という記事を掲載していました。「skating on thin ice」はもちろん直訳すれば「薄い氷の上を滑っている」ですが、慣用句としては前述の通り「薄氷を踏む=危うい」という意味です。
筆者のフィリップ・ハーシュ記者は、「わずか4年前に世界のトップにいた浅田は、現ナンバー1のキム・ヨナを追いかけながら、復調に苦しんでいる」と書き出しからいきなり厳しい。トリノ大会の直前に女子選手として史上初の連続トリプルアクセルを成功させ、同年のグランプリ・ファイナルでも優勝した浅田選手は当時、「the one about whom everyone said: "Mao -- Wow!"(当時は誰もが彼女のことを『マオ! ワオ!』と呼んでいたものだ)」と。けれどもその絶頂期に、彼女は87日だけ年齢が若すぎるという理由で五輪出場できず、今回が初の五輪となる。そして今、「whether her time has come -- or gone (ついに彼女の時がやってきたのか、それともそれは過ぎてしまったのか)」問われているのだと。
記事は「2006年に世界に勝ち、2008年にワールドチャンピオンになった彼女が、なぜ2009年には世界選手権4位、そして2010年シーズンには参加しました程度(utter also-ran)の選手になり果ててしまったのか」と、浅田選手の低迷を指摘。
諸説あるが、たとえばタチアナ・タラソヴァ・コーチと気質の面で、あるいは芸術性の面で、合わないのではないかと(浅田選手は長時間かけたジャンプ練習に慣れていたが、タラソヴァ氏は身体に負担をかけないもっと短時間の練習を推奨するなど)。
あるいは浅田選手は、三回転半(3 1/2、three and a half)ジャンプにこだわりすぎているのではないかと。リスクの高い三回転半は成功しても、それほど得点が高くないのに、失敗の減点は非常に大きいのだからと(これは、男子フィギュアの四回転(quad)論争と同じです。難易度の高いジャンプを跳んで負けるのと跳ばすに勝つという、今回の男子の結果が連想されます)。
あの可愛い可憐な「真央ちゃん」が、「覇者の貫禄」とまで言われる(まあ、はっきり言えばふてぶてしい)ロシアのプルシェンコ選手と、そういう意味で同じ立ち位置にいるのだと言われて、少し面食らう感じもするのですが、今日から始まる女子フィギュアを観るにあたって「日韓の因縁がどうのこうの」「国の誇りがどうのこうの」などと思いながら観るよりも、「to 3 1/2, or not to 3 1/2(三回転半を跳ぶべきか跳ばざるべきか)」と無責任に考えながらハラハラ見守りたいと思います。
13時00分追記: いま真央ちゃんが滑り終わりました。トリプルアクセスを成功させ、素人目には完璧なSPに見えました。あっ! 73.78点!
13時05分追記: いまキム・ヨナ選手が滑り終わりました。やはり素人目にはノーミスに見えました。
13時07分追記: おお、キム選手、78.50点!
14時追記: 男子フィギュアについても先日ご紹介した、ニューヨーク・タイムズのブログ中継で、元全米代表のトッド・エルドリッジ氏は、浅田選手の演技が終わると「素晴らしかった! 浅田真央はトリプルアクセルを唯ひとり跳んで、完璧に跳んだ。演技すべてがとても良かった」とべた褒め。続くキム選手の演技が終わると「主なライバルが見事な演技をした直後にこれだけの演技をするとは、実に見事だ。キム・ヨナのコンビネーションの方が優れていたし、演技全般が素晴らしかった」と。78.50点というのはSPの得点として史上最高だそうです。けれども母親を亡くしたばかりのカナダのロシェット選手が演技を終えて涙にくれると、「今日の最高の演技は彼女だろう。彼女が達成したことは奇跡のようだ」と感極まった様子で褒め称えています。
◇本日の言葉いろいろ
・ shoulder expectations = 期待を担う
・ it never rains but it pours = 降れば土砂降り、いつもは降らないのに降るとなったら土砂降り
・cultural icon = 文化の象徴→芸能・文化のスター、アイドル
・great boost = 大いに盛り上げてくれるもの
・archrival = 最大のライバル、仇敵
・national heroine = 国民的英雄(女性)、男性の場合は「national hero」
・skating on thin ice = 薄氷の上を滑る→薄氷を踏む→危うい
・her time has come = 彼女の時が訪れた、彼女の番がやってきた
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◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
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