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新型の豚インフルエンザの世界的な大流行はピークを越えた。そう宣言できないか、世界保健機関(WHO)が検討を始めた。
新型インフルエンザは昨年3月ころにメキシコで発生した。6月にはWHOが世界的な大流行を意味するフェーズ6を宣言し、警戒が続いていた。
アフリカではなお流行が続くが、日本や欧州などでは昨年11〜12月に患者が減り始めた。今月半ばには全都道府県で注意報レベルを下回った。
しかし、流行が終わったわけでは決してない。過去には第2波、第3波もあり、被害が大きくなった例もある。
国立感染症研究所の推計によると、国内の感染者は約2千万人で、大半は子どもとみられる。まだ免疫のない多くの大人にとっては、この秋にも予想される第2波以降が流行の本番になるかもしれない。ウイルスが変異してより重い症状をもたらす恐れもある。
これまでの対応を点検し、しっかり備えを固めておきたい。
これまでの国内の死者は200人弱。国際的に見て極めて少ない。
早い診断と治療で重症化を防いだことが大きいとみられる。地域の内科医や小児科医が夜遅くまで診療所を開けて患者に対応するなど、現場の医師や医療機関の献身的な努力のたまものだ。国内で最初に感染例を見つけたのも神戸の開業医の機転だった。人々も感染を広げないように努めた。
対照的に課題を残したのが厚生労働省の対応である。
新型インフルエンザ対策の基本計画は重症になりやすい鳥インフルエンザだけを想定しており、比較的症状が軽いことがわかってきてからも、なかなか切り替えられなかった。ワクチン接種の優先順位や態勢などの準備も遅れ、医療現場は混乱した。
柔軟な対応ができるよう、基本計画を見直し、現実的なものにする必要がある。
情報伝達の面でも課題を残した。当時の厚労相による度重なる緊急会見は、必要以上に恐怖をあおった面はなかっただろうか。WHOや先進諸国のように、専門家がきちんと説明する態勢をとるべきだ。正確な情報は、国民が冷静に対応するうえで欠かせない。
流行の初期には、企業が海外出張を取りやめたり、国内の流行地域への修学旅行を見合わせたり、といった事態も頻発した。そこまで必要だったのかどうか。振り返るべき課題も多い。
新しい感染症は、いつ何時現れても不思議はない。未知のウイルスや細菌から国民の命を守るには、状況に応じ、専門家の判断に基づいてすばやく意思決定できる仕組みが必要だ。
そのためには、たとえば国立感染症研究所に、対策の専門部門をつくることも考えたい。
低所得で身寄りがなく、体の弱ったお年寄りが見捨てられている。
昨年3月、入居者10人が犠牲になった群馬県渋川市の高齢者向け施設「静養ホームたまゆら」の火災で、その一端が明らかになった。
夜は外から錠をかけられ、当直職員は1人という貧しい介護。火災報知機もなかった。ベニヤ板で増築された建物の火の回りは早かった。運営するNPO法人の理事長らが今月、業務上過失致死の疑いで逮捕された。
犠牲者のうち6人は、東京都墨田区が生活保護費を支給していた。都内の特別養護老人ホームなどに入れず、「たまゆら」を頼ったという。事態を改善するため都は、スタッフが24時間いて食事も出る低家賃の高齢者住宅を整備していく方針を決めた。
だが、安心して介護を受けられる場が不足しているために苦しんでいるのは、低所得層や身寄りのないお年寄りに限らない。
中間層や比較的豊かな階層の人々にとっても介護問題は深刻だ。
たとえば特別養護老人ホームへの入所希望が増え、全国で42万人が待機状態にある。これは特養の総定員と同規模だ。施設を倍に増やさなければ、介護難民の「見えない行列」はなくならない。
有料老人ホームは、入居一時金も毎月の費用も高い。病院ではお年寄りが長期入院するのは難しく、原則として3カ月ほどで転院を迫られる。
自宅での介護を望む人は多い。だが、いまの介護保険制度では十分な介護が受けられず、家族に負担を強いているケースも多い。家族に介護疲れが広がっている。特養への入居希望が増えているのは、そうした現状の反映といえる。
鳩山政権はこの事態を放置せず、お年寄りが安心してケアを受けられる場の確保に全力で取り組むべきだ。
まず必要なのは、特養やグループホームなどの増設とケアの改善だろう。施設整備や人材配置への補助金を大胆に増やすことだ。
ムダの削減はもちろん、将来の増税で財源を確保してでも実行する姿勢を示してほしい。都市部では、特養の参入事業者に関する規制を改革するなどして、不足を補いたい。児童数の減少で閉校した小学校の建物を、特養やデイサービスなどの介護拠点として活用する手もあろう。
自治体や専門家によるチェックと指導で、施設の安全とサービスの質を向上させる努力も必要だ。
こうした工夫は雇用の創出にも役立つし、介護のために会社を辞めたり休んだりすることが減るので、経済全体にとってもプラスになる。
施政方針演説で「いのち」を連発した鳩山由紀夫首相。奮起してほしい。