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ニュースUP:ある「検案医」の熱意=大津支局・稲生陽

 ◇自殺の背景に耳澄ます

 「あなたのような人がいるから、遺族はよけいに傷つくんです」

 ある自殺者の遺族を取材した際、強い言葉で拒まれた。そのころから、私は取材に臆病(おくびょう)になった。“深く取材しようとすれば、傷つけてしまう”と頭の中で繰り返し、自殺の問題に触れるのを避けていた。「うつ病」や「病苦」などの一言ではくくれない「本当の死因」を追究する検案医、北野充さん(53)=滋賀県守山市=に出会ったのはそのころだった。

 ■遺族に寄り添い

 私が北野さんに初めて話を聞いたのは、取材に失敗した直後、今から約1年半前だ。守山市内で小さな内科医院を経営する北野さんは、毎日の診療の傍ら、検案医として出会う毎年数十人の遺族から話を聞いてきた。報酬が安いため敬遠されがちな検案医を積極的に引き受けて遺体の死因を調べるが、うち半数は自殺者の遺族だった。

 本当に自殺なのか、自殺ならば、死を選んでしまった原因は何なのか、遺族の気持ちを落ち着かせながら、丁寧に聞くよう心がけている。「家族が亡くなった後、周囲から心ない言葉をかけられたり、自殺が自分の責任じゃないかと悩んだり、遺族はどんどん傷ついていく。簡単には口を開いてもらえない」。そう話す北野さんは「ショックを受けた遺族が最初に話をするのは地域の検案医です。だからこそできること、そして、しなければならないことがある」と、真摯(しんし)に聞き取りを続ける。

 北野さんはまた、検案医の本来の業務ではないが、悲嘆にくれる遺族に県の相談機関や遺族の会を紹介するなど、精神面のケアも心がけている。

 北野さんは昨年、検案した41人の変死体のうち12人を自殺と判断した。北野さんのメモには、本人の性格や生活ぶり、最近話していたことなど、遺族や警察から聞き取った細かい文字が並ぶ。「誰でも『うつ病が原因』なんて言える。そうなってしまった背景こそが本当の原因なのです。そこに目を向けなければ、自殺の予防法は見つからない」と力を込める。

 ■進まぬ実態調査

 厚生労働省の外郭団体「国立精神・神経センター」は各都道府県に委託して、自殺者の遺族や、自殺者と同じ年齢・性別の人たちから聞き取り調査をし、自殺の背景を探る国内初の実態調査を08年から本格的に行っている。しかし、遺族の協力を得にくく、昨年末までに集まった事例は全国で76件にとどまる。

 そんななか、北野さんは遺族からの聞き取り結果を提供したり、遺族を紹介したりすることで、調査に協力している。紹介を受けている滋賀県によると、県がいきなり遺族に連絡するとトラブルになりがちだが、検案医の紹介であれば応じてくれるケースも多いという。

 これまで28件の紹介を受け、8遺族への聞き取りに成功した。これは全国で2番目に多い事例数だ。同センターの松本俊彦・自殺実態分析室長は「北野さんの取り組みは画期的だ。遺族と話もしない検案医も多いと聞くが、遺族に寄り添う医師の協力が今後ますます重要になってくる」と感謝する。

 ここ数年、北野さんが気になるのは、事情を聴ける遺族すらいない自殺者が多いことだ。

 今年1月中旬、滋賀県内の会社の従業員寮で首をつった男性は、出勤しなくなって数日後、同僚が部屋の近くをたまたま通り掛かるまで、誰にも気付いてもらえなかった。妻子とは20年以上前に別れ、同僚との付き合いもなく、ひっそりと暮らしていたという。死亡推定日は、1人で迎えたと思われる65歳の誕生日の翌日だった。

 孤独や仕事が見つからないなどの理由で死を選ぶ人も増えているが、家族がいない場合、遺書を残さないケースがほとんどという。北野さんは「せめて遺書を書く相手がいれば、思いとどまったかもしれない。誰にも相談せずに黙って死ぬ人が多すぎる」と憂う。

 ■年末年始も出動

 地方では、警察から依頼される検案の仕事を敬遠する医師も多い。

 1日勤務で6万円前後の報酬が支払われる監察医制度は東京や大阪など大都市圏にしかない。滋賀県では365日24時間、いつ呼び出されても報酬は1件3500円。死亡から時間がたち傷みのひどい遺体でも報酬は5000円に過ぎず、死体検案書の作成報酬も1万円に抑えられている。検案依頼を断ったことのある県内の開業医は「地方での検案はほとんどボランティア。とんでもない時間に呼び出されて遺体を診て、報酬がこれではあんまりだ」と本音を漏らす。

 診察中でも現場に出ることがある北野さんは昨年は12月30日まで、今年も元旦から出動した。いつも脳裏にあるのは、かつて検案した若い母親と、お母さんの死を理解できない様子で遺体にまとわりついていた3人の小さな子供たちの姿だという。「ケアに無関心な医師もいるけど、子供のあんな顔はもう見たくないのです」

 国内の自殺者数は98年以降、3万人以上で高止まりが続く。判明している原因で最も多いのは「病苦」。だが、その2文字からは、背後にある人生は見えてこない。なぜ死を選ばねばならなかったのか、最後に背を押したのは何だったのか。北野さんの熱意に何度も接するうち、私ももう一度、記者としてのスタートラインに立ち戻りたいと思うようになった。

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 ■ことば

 ◇検案医

 警察からの依頼で変死の疑いのある遺体を検案(死因や死亡時刻などを判断)する医師。捜査情報や遺体の様子などから「縊死(いし)(窒息死)」「溺死(できし)」などと死因を特定し、死体検案書(死亡診断書と同じ書式)を書く。検案で異状死の疑いがある場合は検視を行い、死因が判断できない場合は解剖を行う。東京23区や横浜、名古屋、大阪、神戸の各市には検案専従の監察医が事務所に常駐している。

毎日新聞 2010年2月24日 大阪朝刊

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