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特集ワイド:’10シリーズ危機 医療/下 対談・鎌田實さん×足立信也さん

 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇意欲持てる現場に

 政権交代後、10年ぶりに診療報酬が上がるなど医療改革の兆しはうかがえるが、確かな手応えはまだ得られていない。医師で厚生労働政務官を務める足立信也さん(52)と、住民とつくる地域医療を実践する諏訪中央病院(長野県茅野市)名誉院長の鎌田實さん(61)に語ってもらった。【構成・鈴木梢、写真・梅村直承】

 ◇医療は経済を活性化させる力に--鎌田實さん

 ◇財源負担の割合、議論すべきだ--足立信也さん

 鎌田 聞きたかったのは、今回の診療報酬の改定です。引き上げ幅は0・19%。いざ政権を取ったら、こんなにお金がないのかとあぜんとしたということでしょうか。政務官は本当はもっと上げたかったでしょう?

 足立 もちろん。でも、この引き上げは第1段階です。産科、小児科、救急、外科、地域医療にギリギリの状況で取り組んでいる病院の評価が上がると収入も上がり、医師の言葉を伝える補助者も雇える。明細付き領収書を無料で出すようにしたのは、情報の共有のためです。医療は受ける側と提供する側の協働作業、情報の格差をなくそうと動き出しています。

 鎌田 新政権にはすごく期待しています。でも、このごろ少し、医療をどうするのか、物語が見えにくくなっている。

 足立 今はさまざまな検討会を立ち上げ、協議し始めたところ。私たちの考えはすでに提示しているが、ある程度の方向性が見えるまでは報道されない。

 世界一と言われた日本の医療システムがなぜがけっぷちまできたのか。それは、医療費抑制政策と、医療を提供する側と受ける側の情報の格差だった。

 医療費を抑制するために、医療従事者数の削減にかじを切ってしまいました。02年の診療報酬の改定では2・7%下がった。病院では、医師や看護師は減らなくても、介助者や搬送や食事のお手伝いをしていた人が減り、看護師や医師らがカバーする悪循環になってしまった。

 昨年末、閣議決定した成長戦略の核は医療や介護、健康分野。これらは需要の高い地域密着型の職業であり、外需も創出できる分野だととらえています。

 鎌田 06年には、診療報酬3・16%マイナスと史上最大の下げ幅を打ち出し、社会保障費を5年間で1兆1000億円切る方針を決めてしまった。かつて厚生省保険局長だった吉村仁さんが「医療費亡国論」(83年)を打ち出してから、医療界も医療費は削られるもの、と思い込んでしまったかもしれない。でも、医療費にかかる10倍ぐらいは経済効果を生むというデータが出てきた。医療は経済を活性化させる力になりますよ。

   …●…

 足立 私たちは単に医師数を増やすのではなく、いかに人材を活用するかだと思っています。医師1人でしかできなかったことを、チーム医療でどう解決するか。例えば、公立病院で禁止されている兼業も、地域の協議会で合意すれば条例改正で見直せる。市町村ごとにすべて問題を解決すべきだという考え方は過疎地では成り立たない。人口120万人ほどの枠組みで議論し、どう医療提供体制を組むか。

 鎌田 医療が拠点化や集約化するなか、ナンバーワン病院はギリギリで医師が集まるけど、2、3番目は弱くなっていく。政府はそちらをしっかり強くしていかないと、救急が集中するなど1番目も疲れきってしまう。

 足立 地域医療の崩壊というのは、まさにそういうこと。危機的な分野には補助金システムで対応してきた。医療費を上げないでそこで頑張らせようとした。補助金というのはニンジンに過ぎず、ありつけなかったところは飢餓状態になり疲弊してしまう。ここから転換し、全体をベースアップするのが今回の診療報酬のコンセプトです。

 医師の過労で深刻なのは、モチベーションの低下。診療報酬が、10年ぶりに上がり、前向きに行くんだと元気が出ている。

 鎌田 がん患者にアンケート調査をしたら、33%が治療に満足しておらず、44%は医者の説明に納得ができなかった。医療はこの10年、切磋琢磨(せっさたくま)で進歩しているのに、国民の満足度は横ばいどころか下がっている。だから、医者に疲れが見える。

 国は国民に呼びかけ、お金の出し方も変えてほしい。この国にいることに安心が持てるように。医療現場で働く人も自分の仕事に誇りが持てれば、土俵際で一気にムードが変わると思う。国民もいいチャンスだから、医師だけでなく、医療はみんなで作る意識を持ってほしい。

   …●…

 鎌田 医療費をある程度上げると同時に、医療費が天井知らずに上がらない仕組みをどう作るか。自民党と日本医師会の関係ではその仕組みが作れなかったけれど、しがらみがさほどない新政権だからこそできる。

 足立 医療費とは、1人当たりの単価と人口と技術革新係数を掛け合わせた総額です。人口のピークが過ぎれば無尽蔵には増えず、青天井ではありません。医療費を経済協力開発機構(OECD)平均に近づけても、2025年に対国内総生産(GDP)比11~12%にしかなりません。

 鎌田 新政権がそのからくりを明確にすることが国民の安心を生む。そこで必ず、医療と福祉の間に雇用を生んで内需を拡大し、分厚い中流を作るんだという物語をはっきり出した方が医療者は燃え尽きない。国民も、大病に備えたり老後のお金を守るために財布のひもを縛っていますよね。国が人を守ると思えば、持っているお金の1割ぐらい使おうとなる。

 足立 それと、予防医療の取り組みは一つの解決策です。前原誠司大臣(国土交通相)が民主党代表だった時、鎌田先生の諏訪中央病院を視察しに行ったんですよね。前原大臣に見てほしかったのは、保健師らが食生活の改善など地域の健康を支える取り組みで、ボランティアが積極的に助けている。長野県は70歳以上の1人当たりの平均医療費が断然低い。

 こうした、理想の医療や介護を実現するため、国民がどれぐらい負担すべきかを議論する国民会議を作ろうと、長妻昭大臣(厚労相)と決めました。

 財源は消費税だと多くの人が言うけれど、まず負担をどのような割合にするかを議論すべきだ。ざっくり言うと、全体の医療費のなかで企業が払う保険料は20%、患者の自己負担は15%、家計から出る保険料が30%、国の出す税金が35%。そのなかで、世界でトップとされるのは自己負担です。だから、上げるのは保険料か税しかない。税だったら、消費税などの間接税より、直接税だと思っている。

 理由はこうです。前政権下で格差が広がり、日本の相対的貧困率は15・7%とかなり高い。税と保険料を差し引いた後の可処分所得で相対的貧困率を出すと、本来はその割合が下がるはずですが、上がっている。つまり、所得再分配機能が働いていない。日本だけです。この状況で、広く浅く逆進性の高い消費税を上げることから議論するのは危険です。高額所得者の税と社会保険料の負担は増えていません。

 鎌田 そこに切り込むと、政権が代わったメッセージは伝わる。所得の高い一握りの人たちは運もよかったわけだから、つらくなったら協力しようというムードがあっていい。個人的には社会保険料を当面、上げるしかないと思っています。ヨーロッパの先進国はもっと高い。

 20~30年かけて強い医療を作り上げたお陰で、世界一の長寿や低い乳児死亡率という成果を上げ、経済大国になった。でも、国はかじ取りを間違えた。医療世界一を突っ走りながら経済をよくする方法はあったのに、ダムや道路じゃないと経済は動かないという考えが日本をおかしくしたのではないか。

 ただここに来て、産婦人科医の数が10年ぶりに少し上がった。新政権が生まれ、もしかするとよくなるんじゃないかという思いは出てきた。つらいから逃げて開業しようかと思っていた勤務医も、病院の医療が面白くなりそうだという機運が出始めましたよね。鳩山(由紀夫)首相は医療や福祉を重視しようという気持ちはあるんですか?

 足立 大いにありますね。この1年間フルに無駄遣いを削減し、来年の通常国会に向けて法案も準備します。

 鎌田 日本は貿易立国として筋骨隆々の上半身を持つ国。それを支える下半身が子育て、教育、雇用、医療で、国家の土台だから強くなければいけない。小泉(純一郎)さんはそこをものすごく細くしてしまったけれど、鳩山さんは両方とも大事にしたいのかなと思っています。

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ファクス03・3212・0279

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 ■人物略歴

 ◇かまた・みのる

 諏訪中央病院名誉院長、作家。1948年、東京都生まれ。東京医科歯科大医学部を卒業し、諏訪中央病院で地域医療や心のケアを含めた医療に携わる。東京医科歯科大臨床教授、東海大医学部非常勤教授。「がんばらない」など著書多数。

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 ■人物略歴

 ◇あだち・しんや

 厚生労働政務官。1957年、大分県生まれ。筑波大医学専門学群卒。筑波大助教授、国立霞ケ浦病院消化器科医長などを経て、04年参院初当選。日本胃癌学会評議員、日本外科学会指導医。日本消化器外科学会指導医。

毎日新聞 2010年2月24日 東京夕刊

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