滝井秀典公式サイト キーワードマーケティング研究所




ロッジョーネ南伊豆 森本均さん



本日は南伊豆でコテージ経営をされている森本さんにお話を伺いました。


森本さんのビジネス内容

─ 森本さんのビジネスの内容を教えてください。

南伊豆でコテージを経営してます。それともうひとつ、ロードバイク界のカリスマの、エンゾ早川を招いて、コテージで年に4回の講習会も開催してます。

─ 滝井秀典を知ったきっかけは?

コテージを始めて3年くらいは、自分で作ったホームページを使ってました。でも、もうちょっと深めたいな、と思って探し始めたとき、滝井さんに行き当たりました。

滝井の教材やアドバイスを元に自作


<需要>という概念を教わった。

─ 滝井流コンサルティングへの評価は?

それまでの俺は、自分のやりたいことばっかりやっててね。だから失敗も多かった。
滝井さんに相談したら「需要がないからです」とばっさり斬ってくれた。それが滝井さんに教わった一番大切なことかもしれない。

─ 他にどんなアドバイスを?

自分の中で大きかったのは、「ヤフオクをやってください」だね。
使ってないボートがあったから、軽い気持ちで出品してみたの。そしたら売れちゃうんだよ。絶対売れるはずがないって思ってたのに。「このボートが売れちゃうんなら、なんでも売れちゃうんじゃないの?」って。
それからいろんなものを出品して、逆に買ったりして、インターネットの威力を見せつけられた。

広告の管理画面のいじり方も教わった。他にも、どういうキーワードを乗っければいいのか、そもそもキーワードをどうやって探せばいいのか、とか。コテージ運営はかなり季節変動があるから、その辺りの調整の仕方も教わった。静岡の下田っていう場所柄、東京のセミナーにはあんまり出られないから、電話相談で教えてもらえるのはありがたかった。



「山に入りたいんだ」

─ コテージ経営を始める前は何を?

大学卒業後はSECOMに入って働き始めた。
当時は本気で社長になろうと思っていたんで、あえて本社勤務からガードマンに異動させてもらった。真夜中に走り回って、泥棒捕まえて、火事消して。周りには変人って思われたけどね。当時SECOMは売り上げの75%くらいを警備で出してたから、やっぱりトップになるためには現場を知ってなくちゃいけないと考えた。

現場勤務から本社の海外事業部まで登り詰めたんだけど、最後は上司の取締役と喧嘩して辞めちゃった。俺は当時から、5時には退社して、セミナーによく出てた。自己投資はやればやるほど身につくから。実際、結果を出し続けられたのは、セミナーのおかげもあった。
でも周りには5時に帰る人間なんていなかった。会社の運動会なんて出たこともなかった。だから俺がいると現場の統率が乱れる、ってことで喧嘩になっちゃった。

─ 退職後はどうしていたんですか?

朝から酒呑んで、いちんちじゅう本ばっかり読んでたね。

─ どれくらいそういう生活を?

まるまる3年。辞めたとき800万あった貯金が3年で綺麗になくなった。
貯金が減っていくあいだにいろいろ悩むんだけど、悩んだときにいつも頭に浮かぶのが、故郷の最上川の風景だった。そこで焚き火したり、花火したり、魚釣りとかアケビ採りとか、不思議と浮かんできてね。一回そういうことをやってみようかなと思った。

─ それでコテージ運営の世界に?

いや、その前に、東京で唯一炭焼きを教えていた先生に弟子入りした。「とにかく山にこもって修行してこい」と言われたんで、そうしようと。嫁さんには「山に入りたいんだ」って言ったら、家でウジウジされてるよりはマシだったみたいで、了解してくれた。

─ 山ではどんな生活を?

チェーンソーとテントをひとつ持って、高尾の裏の陣馬山にこもった。昼間はきこりをして2000円の日銭を稼いで、午後からは炭焼き修行をやった。11月に山に入ったから寒くてね。年の瀬になると雪が降った。水道なんてないから、200メートル谷底まで降りて行って水を汲んだ。
ある時、嫁さんが山に来て「炭焼きと結婚した覚えはないです」って離婚届を持ってきたのには参った。まさか嫁さんまで失うとは思ってなかったから。
だから、もう失う物はない。あとは好きなことをやろう。そう思った。それで山を下りることにした。



日本一の年間利用率を達成

「滝井さんのおかげで日本一になったよ」

─ 下山してからは何を?

知り合いから渡りに船のメールをもらったの。俺が炭焼き修行をしてるのを知ったみたいで、どうせやるならうちの山にこいよ、と言ってくれた。裏山に竹藪があるから、竹炭でも作って売れば生活できるだろ、と。
でもいざ竹を伐って炭焼きにしても、まったく売れなかった。今から考えてみるとそりゃそうだって話で、夏の暑い海岸で竹炭を売ってたって、売れるはずないよね。

─ それで炭焼きを諦めてコテージを?

その前に、竹炭で焼鳥屋をやった。これが大当たりで、一夏で260万の売り上げがあった。高級品の竹炭をドカドカ使って1本100円で売ってたから、面白い兄ちゃんがいるなって、かなり話題にもなった。
その260万の売り上げを見せて国民金融公庫から800万借りた。これがコテージの原資になった。

─ コテージ経営の滑り出しはどうでしたか。

順調だったね。
たまたま弓ヶ浜に来てた日本で一番コテージを持ってる社長に気に入られて、旅行会社とのつきあい方とか、経営のコツとか、ぜんぶ教えてもらえた。不思議な縁だよ。それが大きかった。

─ 滝井秀典と出会ってからの経営状態は?

滝井さんからアドバイスを受けるたびに売上が伸びていった。年間250日のコテージ宿泊数が、滝井さんに出会ってから450日くらいになった。ほとんど倍近い。計算したら、年間利用率が15%から41%に増えてた。
これはありえない数字でね。旅行会社の人に聞いたら、「日本一じゃないですかね」って目を丸くしてた。

滝井さんのコンサルタントが効いてインターネット経由の売上が伸びたんで、申し訳ないけど、今年に入って旅行会社とは契約を打ち切らせてもらった。集客はインターネット1本に絞ろうと思って。担当者も、「この年間利用率じゃしょうがないですね」って納得してくれた。



2人の師匠

─ エンゾ早川さんついて教えてください。

永平寺の修行僧みたいな人。ストイックで、妥協が一切なくて。携帯電話も持ってないし、インターネットもやらない。ロードバイク界では知る人ぞ知る人。俺が惚れ込んで弟子入りをお願いしたの。そしたら「あと20キロ痩せてください。それが条件です」って言われて、必死になって痩せた。それで認めてくれて、弟子にしてもらった。
ロードバイクの講習会をやりたいって打ち明けたときは、エンゾさん本人から「無理でしょう」と諭された。でも集まっちゃうんです。エンゾさんはカリスマだし、インターネットの威力はすごいですから。

─ 2人の師匠がいると大変なのでは?

滝井さんはデジタルの申し子、かたやエンゾさんはアナログの僧侶でしょ。北極と南極くらいの両極端。だからホームページのコンテンツを作ってエンゾさんに見せると、やっぱり反対されることはある。僕の中で意見がぶつかるんだよね。でも2人それぞれの意見はそれぞれ素晴らしいから、うまく両輪をかみ合わせてやっていきたいと思う。



3年後からアドバイスしてくれる。

─ 滝井流コンサルタントへの評価をお願いします。

売り上げだけじゃなくて、俺の価値観とかもひっくるめてコンサルティングしてくれた。普通のコンサルタントみたいに、ただ売れるようにアドバイスしてくれるんじゃないんだよね。「鳥瞰してる」って言い方がしっくりくる。少なくとも3年後くらいからアドバイスしてくれる感じがある。全幅の信頼を置いてます。



今後の野望

─ 森本さんの今後の野望を教えてください。

いま南伊豆の観光客が減り続けていて、もう伊勢エビやあわびだけじゃお客さんを惹きつけられないようになってきた。
だから滝井メソッドを使って、南伊豆を活性化できたらいいなと思ってます。

─ どんなことを考えているんですか。

ロードバイク界で最高峰の『ツール・ド・フランス』になぞらえて、『ツール・ド・南伊豆』を開催したいと考えてます。それをアマチュア最高峰の大会にしたいと構想中です。すでに市政に働きかけてもいるんです。数十キロも信号がない沿岸道路なんて、南伊豆以外にそうそう無いからね。ロードバイクをやるにはうってつけの場所。
そしたらペリー来航以来、下田って地名を再び歴史に残せるんじゃないかな。

『ツール・ド・南伊豆』絶対やるぞ!


─ 10年後、20年後が楽しみですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。



※ コテージ伊豆のWebサイト
※ 取材日時 2009年8月



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