東京・池袋のノッポビル「サンシャイン60」(高さ240メートル)。先月、夜景が広がる最上階の展望台で「サンシャインシティビル電波障害対策協議会」(電対協)の総会が開かれた。周辺の町内会長、ビルを経営する「サンシャインシティ」(サ社)の社員らが出席し、サ社の渕田隆昭副社長があいさつした。
「地上デジタルテレビ放送(地デジ)の完全移行には情報が行き届かない残り3割の壁があるといわれます」
高層ビルなどによって、アナログ放送の電波が遮られたり、反射で映像が乱れることがある。ビル陰という受信障害である。
サンシャイン周辺の豊島・板橋両区に約1万2000世帯あり、電対協は住民協議の窓口だ。総会で渕田副社長が続けた。「無人アパートや長期間の空き家、30年連絡がつかない人がいると聞く。そういう人たちにもきめ細かく対応したい」
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この地域では、ビル敷地内の共同アンテナからケーブル経由で電波を受けている。つまり、家屋の屋根にアンテナがない。それが三十数年間続いてきた。だが、それはあくまでアナログ放送の障害対策だ。一方、サ社が08年6月、地デジの受信状況を調べたところ、85カ所の調査地点すべてに電波は届いた。受信障害はなく、アナログ波のようなビル陰対策がいらなくなる。
だが、サ社の宮下昌久取締役は言う。「アンテナなしでテレビを見てきた住民はテレビがどうやって映るのか知らない人が多い。放っておけない」
地デジ対応テレビを買っただけでは地デジは映らず、アンテナや分配器など自宅の受信環境を整える必要がある。約3年前、サ社は電対協と対策終了に向けて協議に入った。
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対策終了に理解を求めるちらし配布、NHKを呼んで地デジの住民勉強会……。サ社は住民への周知に取り組んできた。昨年暮れには地デジをどうやって見たらいいのか、アンテナメーカーやケーブルテレビ、NTTに聞ける相談会も開いた。
ただ、2回配ったちらしにはフリーコールの番号も載せたが、問い合わせは08年9月が20件、09年10月が7~8件だけだった。しかも2回とも苦情が中心だ。「サンシャイン、なんで対策やめるんだ」
昨年12月の住民説明会は電対協が呼びかけても初日が38人、2日目が45人と参加者は少なかった。
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「賃貸住宅の不在オーナーに連絡がつかない」。電対協の役員を務める町会長らの悩みは尽きない。賃貸マンションやアパートの大家さんは物件とは別の所に住んでいることが多い。近所の人に聞いたり、管理会社経由で、豊島区内の3分の2の賃貸物件のオーナーには連絡がついた。だが、残り3分の1に当たる約60棟の大家さんは居所が分からない。板橋区を含めるとさらに増えそうだ。電対協の田中幸一郎代表幹事は限界を訴える。
「どこにいるのか分からなければ対策は遅れる。われわれではつかみ切れない」
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生活保護を受けている1人暮らしのお年寄りはどうなのか。年明けに東池袋の町会が相談会を開いたが受給者の姿はない。池袋東地区民生児童委員協議会の渡辺孝雄会長が担当する高齢の男性は木造賃貸アパートに1人で住む。地デジは未対応だ。「町会の活動には来ないし、生活保護を受けていることを知られたくないようだ」
生活保護世帯に無償で配られる地デジチューナーを男性が申請した気配はない。NHKと受信契約をしていなければ申し込みは民生委員経由しかない。だが、国は民生委員への徹底を自治体にお願いするだけだ。渡辺会長は不思議がる。「チューナーは民生委員の仕事に関係ない。関連書類を行政から受け取ったことはない」
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地デジへの完全移行まで1年半を切った。地デジは国策として進んでいるが、近い将来の嘆きも聞こえる。「テレビが映らない」。情報格差、受信障害、集合住宅の対応の遅れ--。テレビの技術革新から取り残されていく“地デジ難民”の現状を報告し、課題を提起する。【中村美奈子】
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デジタル信号で情報を送る放送。これまでのテレビは、アナログ信号で情報を送っていたが、デジタル方式が世界的な流れになっている。日本では01年6月、改正電波法可決でアナログ放送の終了が決まり、同年7月、期限が11年7月24日と告示された。これ以降は地デジに完全移行する。
03年12月、3大都市圏で放送が始まり、全国に放送エリアが拡大した。アナログ放送に比べて高画質・高音質が特徴で、電波の反射によるゴースト(二重映り)がなく、受信障害が起こりにくい。ただ、地デジ対応テレビにしたり、アナログテレビにデジタルチューナーを取り付けただけでは地デジは見られない。アンテナもデジタル用のUHFアンテナに替える必要がある。
毎日新聞 2010年2月23日 東京朝刊