場内はもちろん撮影禁止だが、入り口に近くに「ここだけ撮影可」という一画があった。
入るときに「あと十分ほどで、能楽師による解説が始まりますから」と言われた（解説は１日に４回）。
時間になると、片山九郎右衛門師が羽織袴で現れた。
うーん、人間国宝が自ら解説するのかあ。舞台以外、こんなに間近で見るのははじめてだなあ、としげしげ見てしまった。当然だが、ぴしっと姿勢がよい。
出展されている装束は３０数点。学者が慶長（1596〜1614年）ごろの織りだろうというものもあるが、正確にいつからあるかはわからないそうだ。「昔からずっとあるものとして伝わっています」
能楽師の解説は、なるほど学者の解説とは違う。
「この唐織はとても品がいいので、あの長絹と合わせて『大原御幸』のときに使いました。この唐織の赤は春らしい感じなので『熊谷』などで使用します…」
実際に着る視点での解説だ。舞台衣装なので一般のきものとは違うが、いろいろと興味深い話が聞けた。
昔の装束は小さいので、体格のいい若い能楽師には着られないことが多いらしい。裄（ゆき）を出しているものも何点かあって、縫い目の部分に褪せる前の昔の色がのぞいている。
衣装を合わせるとき、時代が近いものを取り合わせないと一部だけ浮いてしまうこともあるという。現代の職人さんに複製を作ってもらって実によくできたと思っても、着ると何かが違うらしい。特に太陽光が当たると、古いものの方が複雑な色が出るそうだ。単純に昔の技術が優れていたということではないだろう。時代を経て使いこまれることで、布も染めも変化していくものだからだ。時間による自然な変化は人間にはまねができない。
金地の、ひときわ目立つ蝶模様の唐織を指して、
「これは舞台でも華やかに映えますが、もう私は着られません。重いので」と言われた。標準的なものの倍、７�圓�らいあるらしい。
能楽師は装束をつけて座っているわけではない。それで舞うのだ。能装束は、ただ織りや染めが美しければそれでいいというわけにはいかないのだと改めて思う。
美術品として飾られているのではない、「着物」として使われていることは、きものにとって幸せなことだろうと思う。
◇ OLU project 松岡永子 ◇