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 都合により作品を変更してお送りしています。嘘だけど。


 まだ夏と呼ぶには早く、春と呼ぶには桜も散ってるからイマイチな季節。早い話が梅雨時。
まあ、梅雨は季節じゃないけれど。
でも「春>梅雨>夏>秋>冬」と先生が黒板の前で言うのです。はい皆さん覚えましたか? これが新しい日本の四季です。ってそりゃぁ嘘でしょう。大体それじゃ四季じゃなく五季だし。代わりに「秋」を削って「年中無休」とか? あはは、冗談じゃない少しくらい休ませろよ。
 そんな事を考えながら僕は不慮の事故による両腕骨折からなんとか涙ぐましいリハビリ生活を経て一念発起で乾坤一擲な勢いの悪さと覚悟で新学期の校門をくぐった。足は折るわ腕は折るわにもうとには鳳凰脚で真清田神社には椅子による反則攻撃だし病院でもタコ殴りで三週間の強制ダイエットまで喰らうそんな僕の明日は……別に興味無いからいいや。
 大体、事件なら会議室じゃなくとっくの昔に起こってて、まーちゃんともども人生絶賛リハビリ謳歌中だし。リタイヤ(再起不能)って言った方が正しいけど。
 あ、でも嘘で塗り固めた僕の僕自身が真実なんか口にするなら、それはどんな時なのかなってのは思った。勿論、少しだけ嘘だけど。


 教室に入ると、少しだけのざわめきとそれの三倍くらいの好奇の視線が僕に注がれた。別にどうとも思わない。
「透の席、ここッスよ」
 見るに見かねてか、長瀬がそう言って僕を誘導してくれた。新しい学年の新しい教室は一種の未開な世界になってた。遅れて入った人間には尚更なほどには。
「ありがとう」
 言って座った僕に、やっぱり生徒の大半は好奇の視線を投げかけてきた。まあ誘拐犯の息子だし生き残りだし、見慣れて無いのは確かだろう。でも別に構うほどの事じゃ無い。
 夏にはみんな慣れるから。
「今日は『彼女』はいないッスか?」
「ああ、風邪ひいて寝込んだ」
「そうッスか」
 それだけの社交辞令のような短い会話を済ませると長瀬は早速はぐれメタルに逆戻りして教室の端へと行ってしまった。席を教えてくれただけ僥倖だったのかもしれない。
 新学期で新年度でクラス替えで、みーくんは仲良く長瀬と一緒にA組で、まーちゃんは気まずくも無く伏見と一緒にC組だったりする。この編成を決めた奴は何を考えてたんだというか、よっぽど血が見たいホラー好きなんだろーねーというか、次巻以降の伏線張るにはこっちの方が都合が良かったのかというかごめん少し嘘入ってる。
 あ、でもまーちゃんが風邪で寝込んだのは本当だったり。
 
 
 誰にも歓迎されて無いのはよく解ってる。「どうきゅうせい」にも教師にも。ついでに「どうきゅうせい」の保護者にも。まあ「はんざいしゃのむすこ」だしね。「はんざいしゃ」の。
 学校なんか辞めた方がお互いの為かもとか思った事はあったり。
 最善の道というのを考えた事はあまり無かったり。
 物を言わない人形なら何を言われても気にならないんじゃないかとか。
 嘘がデフォルトなら偶の真実が軽宝されるとか。
 そういや信用とか信頼とかって言い方変えれば重圧って意味なんだよなぁとか。
 幸せの背景は不幸で生の礎は死で、だから希望の底辺は絶望で嘘の地盤は真実で、それなら基礎固めの為に一肌どころか筋肉全部脱いで骸骨姿でニッカポッカ着て工事に励もうとか。
 もっちろん、大概嘘だけど。
 でも、まーちゃんと一緒に来れば良かったかなと少しだけ思った。


 昼休みになって、購買でパンを買って帰って来ると机の上に白い紙が一枚置いてあった。手帳サイズの白紙が一枚。手に取って見ると何も書いてない、文字通りの白紙。該当者は言うまでも無くあいつだろうと、瞬時に顔が思い浮かんだ。「しゅがっくりょっこーう」のお土産に八ツ橋でもカステラでもなくお手製チョコレートを寄越す真似なんか、さすがのまーちゃんでもやりはしないだろう。八年間熟成させるような真似も常人はしないものだけど。まあ僕も含めて全員欠陥品だから構わないとは思ってる。
 色々と、嘘だけど。
「…………」
 そこまで考えたら後ろから指らしき物で肩やら背中やらを突かれてるのに気付いた。なんだ、置き手紙の意味が無いじゃないか。
「久しぶり。変わりない?」
『こっちは』『大丈夫』
 振り向いて挨拶すると相変わらず手帳があって、文字を指差される。
『来た』「って」『聞いた』『から』『見に来た』
「そうかい。そりゃ手間掛けたね」
 見に来たと言われると動物園に入った新種のようなイメージが湧くのだが……さすがにそれは揚げ足取りになるんだろうな。
『御園さん』「は」「はてな」
「あぁ、まーちゃんは風邪こじらせて今日は絶賛お休み中だよ」
「お前は」『今日は』『部活は』「はてな」
 早い話が部活動へのお誘いらしい。まあ新年度になってから一度も顔出してないし(学校自体欠席してたから当然だが)まーちゃんとずっとべったりの病院には伏見は来させられないから会う事自体久しぶりだし、まーちゃん不在という事実を考えれば渡りに船なのかもしれない。あれ、何故か嘘が一つも無い。
「あの……」
 ドナルドダックをひび割れさせたような伏見の声がして、僕は手帳を見ていた。
『一緒』「に」『部活しよ』「って」『あの時』『約束』「したから」
 あ、そっか。
「あぁ、勿論覚えてる。今日は参加するよ」
『わかった』『部室』「で」『待ってる』
 そう言う(見せる?)と伏見はこそこそと僕に寄りそうようにして、僕にしか見えない位置に手帳を動かしていた。
『もう学校に来ないのかと思って不安だった』
 いかにも不安そうにそんな文章を指差してきた。
「何で?」
『あまりみんなの態度とか気にするな』
 質問とは微妙にズレた回答が指差される。
「ん?」
『よそよそしさとか物珍しそうな視線とか陰口とか』
 用途が明らかに限られる長文なところから考えて……もとい、考えるまでも無く僕に言う為にわざわざ書いてきたのは明白なわけだが、とりあえず言いたい事は理解できた気がする。うん、またしても嘘じゃ無い。
 リハビリ後のみーくんは正直者だねぇ。
「別に。もう馴れてるよ。気になんかしてないさ」
 しかし、そこまで長いと口にした方が早くないか? 明らかに僕限定の文章だし。
「なら」『良かった』
「それより部活。約束果たそうな。ゆずゆず」
 寄り添いついでに耳元でそう囁いてみると、途端に顔が真っ赤に染まる伏見がいた。それこそ効果音でもボンとかボッとかズギャァァンとかズキュゥゥゥンとかメメタァとか付きそうな勢いで。で、耳たぶまでそんな色にさせたまま首から上をぎぎーっとコッチに旋回させてきて真正面で見詰め合う。うん、動きが錆びついた戦車の砲塔ばりに見事に非常にかちこちだ。
「ゆ、ゆずゆず」「は、はてな」
「あだ名でそういうのどう、って決めただろ」
「ひ、広めるのはき、禁止。お前だけならお、おっけー」
「それも前に聞いたよ。ゆずゆず」
 うん。「ゆずゆず」と発音する度に伏見の顔色が赤くなってるのが解る。これはこれで面白いかも。当の本人手帳の存在忘れてるし。
「ととと、とにかく部室で待ってる待って待ってるかららら」
 結局顔を完熟林檎に化けさせたままそうヘリウムガスでも吸い込んだような声を発して伏見は教室を出て行った。ふと周囲を見回すと長瀬が僕の方を見ていて、目が合うと慌てて教室から出て行った。脱兎のごとく。まあはぐれメタルだしなぁ。
 とりあえず午後の授業が終わったら部室に行って、激しい愛をゆんゆんと発信して「何の為に人間はいるのか」とか考えたりするとしましょう。伏見と二人で。
 あ、やっと嘘がつけた。良かった。


 困った。
 どきどきするのが止まらない。
 わくわくするのも止められない。
 あだ名を耳元で囁かれただけで火が出るほどに恥ずかしい。
 覚えててくれた事が涙が出そうなほど嬉しい。
 でも、今の彼は哀しい。
 何でって、どこか辛そうだから。
 答えはもう出ていた。でも、彼はそれを承知で欠陥品で彼女と一緒にいる。
 だから、力になれない自分が悔しい。
 彼が私の声を認めてくれて私を助けてくれた「ひーろー」ならば、私は彼の何を認めて何をすれば「ひろいん」になれるのだろうか。
 答えはもう出ていた。その方法も解ってはいる。
 ……困った。××してるのだ。困った。


 アマチュア無線部なんて大層なお名前が付けられてるが、実際は部員は二人だし活動内容も皆無に等しかったりする。無線機はご挨拶程度に設置されてるし部室もあてがわれてるから待遇自体は素晴らしいけど、伏見の持ってる資格は英検4級のみで僕の持ってる資格が漢検3級のみ。つまりおよそ全くもって無線とはかんけー無いのです。はい合掌。
『とりあえず』『何しようか』「はてな」
 で、そんなだから授業が終わって部室に入った直後に早速部長殿から素晴らしく活動放棄したような発言が文字通り投げ槍どころか匙で飛んでくるわけだ。大体そもそもモトを正せば声を出すのがコンプレックスな伏見に無線機とか声でコミュニケーション取る機械が使えるワケ無いじゃないかとか至極真っ当に思うんだけど。ドッチかって言うとメールに凝る方だろどう考えても。
 人間無線機ってのは否定しないけど、さすがにアマチュア無線には該当しないだろうしなぁ。ある意味プロを超えた達人だろう。一線を越えちゃった人って方が通りが早いかもしれないが。
 で、そんな部室で何をするかと言えば勿論ナニをするワケでは決して無く、殺風景な資材込み四畳半程度のスペースでしょうもないお喋りとかして暇を潰してタマに演劇とか軽音楽部とかの資材設定のお手伝いとかするわけです。あはは既に無線部のカケラも無いわ。
『なにか』『飲む』「はてな」
 手帳を指差しながら伏見がそう聞いてきて、ジュースと思しき色をした液体に満たされたコップを持ってきた。とりあえず左右されない結果が前提の質問はどうかと思う。
「あぁ、ありが」「か、かんぱい!!」
 僕が礼を述べるのを待つ間さえ無く、伏見はそう言って僕のコップにカチンと自分のそれを当ててきた。
「あの……」『屋敷を』『出れた』『お祝い』
 僕のリアクションは想定内だったのか、待ってたようにその単語を指差す。あぁそうか。そういや病室とその入り口の間で一度だけ会っただけだった。と言うよりまーちゃんというバリアーはATフィールドで文字通り絶対領域なので近づくものを完全遮断した挙句攻撃にも応用が可能な優れ物な上に見境とか手加減とかいう言葉が皆目見当たらないので色々と伏見を呼ぶのは危険すぎだったりした。
「うん。かんぱ……」
「う、腕は大丈夫か大丈夫か大丈夫か?」
「ん? あぁ手術もリハビリもしたから」
『大丈夫なのか』「はてな」
 顔を険しくしてそう詰め寄ってくる。「リハビリ完了」は「大丈夫」の意味にはならないようだ。同じようなもんだろうに。
「大丈夫だよ」言い直す。「ちょっと肩が凝るけど」
 とは言え何ヶ月もロクに動かせなかった筋肉はすっかり衰退してしまい、リハビリしたと言っても今の腕力は冗談じゃなく小学生以下なのだが。以下と言うより未満かな。さすがに未満は言い過ぎか。でもそのくらい最低限の筋力しかない。あと、凄い肩が凝る。無理して本来使わない筋肉まで総動員してるせいだろうけど。でもまあ慣れた。足だって折ってるし、病院暮らしもリハビリも初めてじゃ無い。あれだ、「昔殺った弓塚」ってヤツだ。他人の言葉パクるなよ、僕。
「あ、か、肩肩肩を、そ、の、も、揉んでやる揉んでやる揉んでやる」
「いや。気持ちは嬉しいけど伏見……」
「い、いいから!!」
 言うが早いか背後に回りこまれて両肩に手を掛けられていた。世話焼き女房から更にランクアップして親孝行な娘モードにでも新化したんだろうか。
「痛くない?」
 相変わらずのザラザラ声が耳元で音を立てる。
「大丈夫だよ」
 そう答えると伏見はなんだか嬉しそうに僕の肩をしばらく揉んでいて、そして――後ろから羽交い絞めにされるように抱き付かれた。
「え? あ……」
 あ、ありのままに今起こった事を話そう。最終回を見ようと思って起きてたら流れたのはヨーロッパ紀行だったんだ。ナイスボートってみんな言うけど個人的にはナイスキャッスルだ。何言ってるか解らないと思うが……いや、そもそも蟻のママに日本語って通じるのか? っていうかママって事は女王蟻か? なら羽にドクロ模様があって尻から酸のガス噴き出すから遠距離からライサンダーとかそういうヤツなのか? 個人的オススメはエメロード2だぜ。物凄くどうでもいいけど。
 って現実逃避はその辺にして。あの、ちょっと、伏見さん?
「あ、あの。この前この前この前の事……」
「ん? この前?」
 両手が塞がってるからか、手帳は使って来ない。酷くうわずった(いつもの事だが)伏見の声が頭上から零れてくる。
「あ、あ、ありがとうありがとうありがとう」
「この前? あぁ、あの事か」
 思い当たる節は一つしか無かった。数ヶ月会って無かったから「この前」。凄いぞ日本語。
「い、生きてるのお前のおがげ。だがらありがどう」
 最後の方は消え入るような声量のおかげで伏見の場合ナマハゲよろしく濁点が付いて回って追っ掛けてくる。その声が嫌だからわざわざ手帳で会話なんかしてるわけなのだが。
 というか、椅子に腰掛けてる僕と立ってる伏見の位置関係のおかげで色々な意味でけしからんと思しきやったら柔らかいモノが僕の後頭部にむぎゅぅぅぅと押し付けられてるわけで、これが精神衛生上に非常によろしく無い。柔らくて触れてる部分から色んな意味で熱が伝わってくるようなので尚更。
「気にするなよ伏見。もともと僕が誘ったせいなんだからさ」
 僕の胸の前で交差してる伏見の腕の、三週間強制ダイエットから回復しきってない骨ばった細さを見るに尚更。
 でも、そんな僕の言葉が気に入らなかったのか、伏見は僕を締める力を強くしていた。
「どうしたんだ伏……」「ゆずゆず」「え?」「ゆずゆずって呼んで欲しい欲しい欲しい」
「今、二人ぎりだし。だがらお前も、だがら……」
「わかった。ゆずゆず。で、この腕はいつほどいてくれるのかな?」
 僕を羽交い絞めにしている腕を軽く摘まみながら少しだけイジワルを言ってみる。感謝はしてるんだけどねぇ、本当に。嘘じゃなく。
「も、もう一つ、言ってがら言ってがら言ってがら」
「わかった。何でも言いなよゆずゆず」
 そう僕に言われて、伏見は少し固くなった。で、なんだか深呼吸してるような雰囲気が後ろから伝わってきて、次に声が鼓膜を恫喝してきた。
「お、お前の事。好きだ好きだ好ぎだ」


 好きという言葉は嫌い。嘘だけど。


「スキーかぁ、行った事ないからパス。大体そっちのご両親にこれ以上心配掛けちゃうからさすがによした方がいいよ」
 言い終わる前に「茶化すな」と言わんばかりに胸元で交差してた伏見の腕力が倍化した。恐らく顔も赤くなってツノも生えたかも知れない。あれ、じゃあ三倍か。足が飾りになるのも時間の問題だな、ってそれはヤバいか。
「わ、わたし、本気で言ってるのに、のにっ」
「あー。悪い悪い。うん。悪かった。うん」
 こののまま胸元の腕を首筋まで持ってかれると後頭部の感触と相まって界王様のお世話になり兼ねないのでそう取り繕う。まあ僕の場合、帰って来る甲斐性は皆無だけど。
「本気で本気で本気で、お前を××してるって言ってる、のにっ!」
 ――は。
 その単語を聞いた瞬間に僕の脳味噌の回線が一部遮断された気がした。続いて紅い「Alert」の文字。「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」「Alert」!! キケンです。注意して下さい警告です警告です警告です警告です。ビープ音がけたたましくノイズのようにこだまして、それに呼応するように顔の皮がカマキリみたいになろうとしてくる。さすが昆虫系。このまま新ヒーローでも目指したらグロくて子供にウケるかもな。
「ごめん。今、なんて言った? 伏見」
 ――ははは――
「わたしは、お前を××してる××してる××してる!!」
 ――ははっはははははははははははははっははは――
「何で僕なんかを――」
 僕の様子が先ほどまでと違うのに気付いたのか、伏見は腕の力を緩めていた。僕はその腕を退けて床に立った。うん、まだ閻魔大王の所にも行けてなかったらしい。当然か。
 当の伏見は僕を見たまま……見ると言うより見据えると言った方が正しいか……手帳を取り出す素振りもない。
「お前が、わたしの、ひ、ひ、『ひーろー』だから。だからわたしはお前を××してる。××してる。してるっ」
 ――ははははははははははははは――
 うん、やっぱり素直だねぇ伏見さんは。あぁ、えっと。ゆずゆずだっけ。ごめん。
「偶然でそうなれただけだよ。それに『ヒーロー』にはヒロインが最初からいるものなのさ。そしてそれはゆずゆずじゃ無い」
 それに、そもそも伏見を巻き込んでなきゃ、大江家の屋敷に道連れにしなきゃそんな体験させることも無かったわけで。自分で事件起こして自分で解決して英雄気取りで人気も取得して求愛されました。どこのRPGの主人公だ僕は。
「に、二号でいい!!」
 ……キミは一体何処でそんな単語を知ったのかね。
「御園さんの事、知ってるし解ってるからだからだからだがら」
 そこで手帳の存在を思い出したのか、慌ててポケットをまさぐって単語と正の字で蟻の大群みたいになった紙面を見せつけてくる。
『ヒロインは御園さんでいい』
『わたし』「お前の」『事』「を」『××してる』「まる」
 とりあえず僕に今日、その思いの丈を伝える事は伏見の中では予定路線だったらしい。
『ずっと』『考えた』『書き溜めた』『この時』「の」『為に』『ずっと』
 あぁ、そうですかそうですかそうですか!! 
 あっはは、楽しいなぁ。あぁそうですかあぁそうですかあぁそうですか。
 あぁ、ダメだな僕。感情移入しすぎだ。落ち着かないと、落ち着かないと。
「そういう話はオトナになってからしようよ、ゆずゆず。気持ちはありがたいけどさ」
 でも、
「今、しないでいつ……のだ」「はてな!!」
 瞬間、思いっきり僕の両肩を両腕で部室の壁に叩きつけた伏見がいた。


「肉声、滅多に聞く人いないってね。こんなに大盤振る舞いでいいの? ゆずゆず」
 本来なら「腐ってやがる。早すぎたんだ」ってところなんだけど。両肩を壁に押し付けられて身動きとれなくなるとそう言いたくなるのは人間のサガだ。嘘だけど。あれ、僕ちょっと必死?
「……お前なら、幾ら聞かれてもいい。お前になら……っ」
 耳元を、またザラザラした濁音まがいが通過する。
「とにかく、2号でも28号でもリモコン渡されても困るだけだから遠慮します」
 大体僕は鉄人じゃ無いし。怪我もしまくってるし。
「……違う」
 紅い顔色からいつの間にか涙とか流れてたり。嘘、吐けないねバカバカバカ。
「違う……それだけじゃ、ないっ」
 涙は溢れて頬を通り越してリノリウムの床に綾波が自爆敢行レベルまで侵食完了してて、
「わ、私はっ、お前の事が、ずっと好き、でっ」
 言った瞬間に僕を押し付ける力が厚紙から段ボールになったり。
「私の声、気にしないって言ってくれたからっ!!」
「苦手なところを肯定すれば『好き』と評されるなら、それは相手に対して失礼だよ」
 ましてや、僕は「気にしない」としか言って無いのだし。
「失礼でもいい」「もともと身勝手だから」「だから言う」
「ふぅん。なにを?」
「××してる。『天野××』としてのお前を。私は××してる」
「××してる……今でもちゃんと話してくれるお前を。片想いでも構わない」
「天野××。××してる。私は天野××を××してる。本当に!!」
 ――は?
 聞いた瞬間に視界が目まぐるしくなってさながら万華鏡だった、意味解らないね、嘘だけど。
 天野××が好き? 天野××が好き! 天野××が好き!! 僕が嘘をつき過ぎたから、伏見まで狂っちまったのか。あぁ、そうなんだ。嘘だけど。嘘だろう。嘘なんだ。あぁそうだやっぱり嘘じゃ無いか。嘘だけど嘘だけど嘘だけど嘘だけど、嘘だけど嘘だけど嘘だろう嘘なんだ嘘でしょう嘘だよね嘘だった嘘ですね嘘だがね嘘だよね!!
「××してるなんて、そうそう軽率に使う言葉じゃないよ」
 言って押しのけようとしたが伏見は離す気はサラサラ無いようだった。
「××は、わたしの事は嫌いか?」
 いつの間にか伏見からはどもり癖は消えてて、じっとこっちを見据える様はまるで睨み付けられてるようだった。蛇とカエルだね、まるで。勿論嘘と言いたい所だけど。
 充血した目と、涙の跡。もう血走ってると言った方が早いかも知れない伏見の双眸が僕を離さないと宣告している。
「うる、さい……!!」
 やめてくれ。誰か止めてくれ。みーくんを好きなのはまーちゃんで、みーくんが好きなのもまーちゃんで、僕は今「みーくん」で、だからそれ以上でもそれ以下でもそれ以外でもそれ以内ではあるかもだけどその他はないんだってば!! いきなり出てこられても困るんだよ。だいたい天野××? 誰だよソイツ。伏見に此処まで求愛されるなんて羨ましい奴だ誰か連れて来いよ一発ブン殴ってやる娘はやらんぞこの青二才が!! ってあれ? あぁ僕の本名か。本名そういやそんなだったね。悪いね僕は「みーくん」なんだ。だから恐悦至極に存じますが有り難きシアワセにあって恐縮して困ったから他をあたって下さい僕は僕を殴れないよ。
 ビルの屋上なら飛び降りてやるのに。
 包丁を持ってたら迷わず自分の首に突き刺してるのに。
 伏見の意外な怪力で何も無い部室の壁に押し付けられたリハビリ明けの虚弱な自分には、何も無いし動けもしない。
 あぁ、覚悟さえ決めれば歯が生えてて口が動いて舌さえ出せれば死ねたんだったね!  理屈的には!! 早い話が命が惜しいんだ。
 屋上から一歩踏み出すだけ。
 刃物を首に突き刺すだけ。
 そんな無遠慮な「力」を借りなきゃ、僕には死ぬ度胸さえ無い。壊す度胸はあるくせに。そういうの無覚悟っていうんだぜベイベェ。誰に向かって言ってるのか解んないけど。
「頼むからそれ以上言うな。本気でアタマが割れる」
 あぁ、勿論嘘じゃないとも!!
 あの伏見が、何でこんなに強気になれるんだか……あれか? 「この気持ち、まさしく×だ!!」とか言うやつか? フラッグ魔改造したあいつ曰くの。
 こんな嘘つきに何を固執する事があるんだろうか。
「私はお前の弱い所だって知っている! ふざけている所も頼りになる所も」
 僕の肩を押し付けている力が上がった気がした。厚紙から段ボールくらいに。
「トンボを投げられた時の事も、屋敷の中で閉じ込められた時も、一緒に脱出できた時も!!」
「止めろって言ってるだろ!!」
「やめない!! 絶対に止めない!!」
 段ボールからタウンページになりそうなほどにさらに握力を増した伏見ことゆずゆずがそう叫ぶ。
 ねぇ、僕は嘘つきなんだろうか。そうなんだろうね。
「お前の弱さくらいなら、受け止めてやれるからっ!!」
 腕の力はそのままで、表情だけが崩れてた。涙でボロボロに。可愛いのが台無しだ。でも、その言葉は嘘つきから言わせれば嘘だねぇ。
「どうやって受け止めるって?」
「わからない」
 だろうねぇ。
「いい加減だねぇ」
「わかってる。でも、受け止める。絶対に」
「何がゆずゆずさんをそこまでさせるんだろうねぇ」
「お前を××してるからに、決まってるだろうにっ!!」
 ××が好き。××を××してる。××を××してる。××を××してる××を××してる××を××してる××を××を××を××を××を××××××××××××××××××××××××××××!!
 あぁ! クニャクニャするフニャフニャするヒラヒラするイライラするメラメラするムカムカする!! 嘘だけど嘘だけど嘘だけど!!
「いい加減に……しようよ、ゆずゆ、ずっ!!」
 強引に腕を振りほどいて突き飛ばした。
 抱き着かれた。
 もがいた。
 腕力で抑えつけられた。
 伏見の頬を平手で張った。
 優しく頬をさすられた。
 今度は思い切り拳で殴った。
 何故か頭を撫でられた。
「何でだよ。伏見……」
 気持ち悪い。胃の中から何かがこみ上げてくる。××を××してるなんてなんて悪い冗談!! あぁダメだ。げぇげぇしたいごほごほしたいがはがはしたいぼたぼたしたい!!
 頭を撫でたまま伏見が距離を縮めて、そのまま僕の頭を胸に抱く。××してるから。×を籠めて。××に対して。だから慈しむように抱けるってのか。突き飛ばされても、平手で打たれても拳で殴られてもお構いなく。そんな最低な人間を相手に。
 ダメだ。限界。理解不能。気持ち、悪……
「――うげぇぇぇぇぇ。おぇ、ぇぇぇ、げほっ、がほっ、うぇぇぇぇ」
 ぼたぼたびちゃびちゃ。伏見の胸にぶちまけられる綺麗な伏見を汚す汚れた僕の汚い吐寫物。
「落ち着くまで……こうしてるから」
「ばか。汚れるから離れろ」
「大丈夫。気にしない。体操服もある。それよりお前が心配」
 女の子に手を上げて、ゲロまで掛けて、いい加減幻滅されたと思ったら――
「謝らなくていいから」
 そう、先に言われた。
「なんなんだよ……」
 返事無し。
「何が伏見にそこまでさせるんだよっ」
「何が、って決まってる!」
 伏見が深く息を吸い込むのが、胸の動きで解った。
「わたしにも――守らせろ、お前をっ!!」
 段ボールのぶ厚いタイプのヤツ、くらいかなと思った。掴まれて押さえつける力からそう感じた。
 もっとも、今の伏見なら「熱い」タイプって事なんだろうな。熱血集中魂努力。そりゃ脅威だけど、熱血と魂は重ね掛けしても効果は無いし必中も幸運も掛かって無い。
 それにコッチが閃き使ってりゃ元も子もないわけだ。
 ダメだ。ゴマカシが上手く行かない。理解不能だ。不可能だ。
 伏見の制服は僕の吐寫物まみれで、伏見の顔は伏見の涙まみれで、僕の顔は……いつの間にか濡れていた。
 あぁ、だからか、だから伏見は僕の頭を撫でたんだ。
「ゆずゆず……伏見?」
「××。わたしにも、守らせろ、お前を」
 また頭を撫でられて、そのまま両腕でしっかり頭を抱え込まれる。
 僕の事が好きだなんて嘘。僕が好かれるなんて嘘。ましてや「僕」が××されるなんて、絶対にあり得ない事。
 なのにしがみつくのか。伏見に。好きだと言ってくれる人に。××してると言ってくれる人に。××してくれるから××してんだ。そんなもんなんだ。
 もし信じても良いのなら。
 もし縋っても良いのなら。
 あぁ、ダメだ。嘘だけど嘘だけど嘘だけど。三回続ければ信じて貰える、と思う。説得力とか気にしたら負けだ。
「脱ぐね。体操服、あるから」
 僕が落ち着いたのを確認して、伏見はそう言ってブレザーに手を掛けていた。
「ご自由に」
 愛や勇気には勝てません。奇跡があれば別だけどそんな大層でありがたいシロモノなんか僕には持ちようがありません。
「××」
「なに? 後ろを向けとか?」
 伏見は首をふるふると横に振って手帳の紙面を指差した。
『何がしたい』「はてな」
『セックス レイプ 輪姦』「はてな」
「は?」
 戸惑っていると伏見は僕の方に近づいてきて、僕の息をする器官を塞ぎに掛かった。それは俗にはキスというらしい。って待て。
「××になら、何をされてもいいから……」
「あの、伏見さ……」
 いや、というか合意してる時点でレイプじゃ無いし複数男がいなければ輪姦はできません。意味解って無いだろ絶対。
『勉強したから』『大丈夫』
「いや、それ以前に僕の方がムリ」
『なんで』「はてな」
「諸事情あって性欲無い欠陥品だから」
 嘘つきみーくんも天野××も、そんな感情だか欲望だかはとっくの昔に枯死しちゃっているのです。ってワケで当然ながら健全な青少年よろしくそのテの本やらDVDやらには目もくれず、そんなワケだから精通も勃起さえ未だに無用の長物なのです。
 伏見は可愛いし、だから伏見が悪いわけじゃ無いんだけど。
『大丈夫』『任せて』
 伏見はしばらく考えて、やがてそう答えて僕の目の前で膝立ちになった。なって、僕の制服のベルトを、だからちょっと待て。
「あの、何をする気ですか」
『勉強してきた』
 言うが早いかパンツのファスナーを下ろして、下着のトランクスごと膝の高さまで脱がされた。当然僕のナニが伏見さんには丸見えで、それを手に取った伏見はゆっくり口に含み出した。瞬間僕の身体を奇怪な感触が走り抜けていた。ってだから待ってってば。
「あ、あのさ伏見」
「力、抜いて」
「いや、汚いか、ら……っ!!」
 そう言って僕のソレに舌を這わして口に含む度に、僕の身体が跳ねそうになる。そのくらいの感触が襲ってくる。下を見ると伏見と目が合って、目が合うと伏見は僕に微笑んだ。
 やばい。可愛い。
 そう思うと何だか股間の辺りがどきどきしてくる。ずきずきしてくる。やばい。
「伏見。やばいって」
「性欲が無い、なんて嘘。お前のは、ちゃんと固くなってる」
 どこか勝ち誇ったように、安心したように、嬉しそうに? 伏見はそう上目遣いに微笑んでいた。
 あぁ、ダメだよゆずゆず。そんな表情をしちゃ。なんだろ、なんかスイッチが入りそう。
 あ、入ったかな。思いっきり入ったかな。ゆずゆずが可愛いから、ゆずゆずが可愛すぎるから。ゆずゆずがゆずゆずがゆずゆずがゆずゆずがゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆずゆず!!
 あ、ダメだ。僕、壊れた。
「ゆずゆずっ!」
 膝立ちのゆずゆずを強引に立たせて抱きつく。しがみつくと表現した方が正しいような乱暴さで。ゆずゆずを感じていたい。ゆずゆずに触れていたい。だから――
「んっ……」
 キスをした。唇に。僕の両手はゆずゆずの両頬に。ゆずゆずは固く目を閉じてた。
「……はぁっ」
 唇を離すと、そう息が洩れて、お互いの唾液が糸を引いていて、陶酔した表情を浮かべた伏見がいた。
 あぁ、だから何でそんなに可愛いかなぁ!!
 何もかもが欲しくなって、陶酔して閉じていた目蓋を強引に指でこじ開けて眼球にキスして舌を這わせた。頬を舐めた。白くて柔らかくて、涙でしょっぱい伏見の頬。気持ち良かった。形の良い鼻を甘噛みした。伏見のモノなら何でも味わいたかった。口腔に二、三本纏めて指を突っ込んで頬の内側を掻き回していた。
「う、んぐっ……」
 さすがに苦しいのか呻く声がした。舌が指に絡みついて気持ちいい。
「××。服脱ぐから、少しだけ待って」
 指を抜くと、少しだけ抗議混じりのそんな声がした。確かにやり過ぎてるかもしれない。
 伏見の顔はもう僕の唾液で酷くべったべただった。両お下げの髪は頬に張りついたり乱れに乱れてその原型を保ってなかった。
 そんなゆずゆずが一枚ずつ服を脱いでいた。どきどきして待てない僕を尻目に。例えるならエサが鉄格子の向こうに置いてあるのを見てる一週間ご飯抜きだった動物。無論鉄格子は紙一枚分の良心と言うかプライドというか理性と言うか。残ってるのが意外だけど。
 目の前には下着以外は全て脱ぎ終わった伏見がいた。
 白い身体に栗色の髪の毛。前の事件から回復しきって無いのであろう骨ばった関節部が目立つ華奢さに磨きが掛かったラインに、それとは無縁に自身を誇示している胸部の二つの膨らみ。
「わ、私の身体、魅力魅力みりょ……ないないない?」
 逆だバカ。ありすぎて困ってるんだろうが。
 強引にブラジャーをむしり取るように外すと、その身体つきには不釣合いな膨らみが零れてきた。息遣いが荒くなる。僕も、ゆずゆずも。
「さ、触っていいよ……あっ……は……」
 言われる前に我慢できなくて手を伸ばして、その白い膨らみを掴んでいた。柔らかくて温かくて、気持ち良くて。伏見は僕が触れた瞬間から息を甘く漏らして何かに耐えてるようだった。
 なんか頭の中が蕩けてきそうになる。
 僕は服を脱いでいた。ズボンが膝の高さでは動き辛いし、下を履いて無いのに上だけ着てるのも妙だった。何より、伏見は既に裸だったし。
「ね、××……」
 目線と表情で何となく言いたい事が解る。
「脱がすよ」
「ん……」
 さすがに恥ずかしいのか顔を両腕で覆い、でも少しだけお尻を上げて僕の求めに応じる。
 それは肯定のサインなんだろう。嘘は……もう言う余裕無いですごめんなさい。
 ゆずゆずを隠してた最後の一枚を取り除くと、髪の色と同じ栗色と綺麗な筋があって、それをまじまじ覗き込むとさすがに恥ずかしいのか足を閉じられた。
「お前、あんまりそんな……だめっ」
 でも、もっと見たいから顔を近づけたんだけど。足の間に割って入って。
 ゆずゆずの性器は綺麗だった。醜悪な僕のとは大違いで。だからキスした。
「んっ!」
 途端に伏見の身体が跳ねた。あぁ、僕の時と同じだなって思った。さっき僕のを口に含んでくれた時、伏見がどんな気持ちなのか、なんとなく解った。
 最低でも今僕は、凄く伏見の性器が××しくて味わってみたいと思ってるわけで。
「あっ、はっ――」
 裂け目に沿って舌を這わす。桃色の襞が見えて、指で広げて、その度にゆずゆずはこそばゆいのか、身体を震わせる。舌を這わせる度に。そんな行為をどれだけ続けただろうか。
「ね、××。しよっか」
 ゆずゆずからそう言われた。
 その言葉が何を意味するかくらい知ってた。
「やり方、知ってる。はてな」
「知ってるよ」
 やり方は……やった事は無いけどやり方は知ってる。ずっとあの空間で見させられてたから。あの地下室で。僕の父はその行為について喜々として細かく説明して来たものだ。その行為を行いながら。無論その相手は――ダメだ。さすがにこの話題はパス。
 でもそれじゃ伏見は――
「あの、さ、ゆずゆず……」
「謝らなくていい。わたし、お前に汚されたい。それだけ」
 そう言って向けてくる視線は真剣で、僕の覚悟は竹刀程度で。そんななまくらで実践に臨むのが失礼に――
「今更、ここまで言わせて迷うなばか」
 叱られた。目の前には全裸の伏見柚々。白くて、細くて、アンバランスに胸が大きくて、髪の毛は両お下げが千々に乱れて、顔は僕の唾液でべったべたで、そんな彼女が部室のテーブルの上で仰向けに横たわって僕を待っていた。
 伏見は間違いなく経験は無いだろう。そんな綺麗な存在を、僕が今から汚そうとしている。
「××していいよ」
 叱られても躊躇う僕にそう追い討ちを掛けてくる伏見の声。僕の手を握ってくる伏見の手。何より、僕に向かって微笑んでくる伏見の瞳。
「××にならそうされてもいい。安心して。それに、お前も我慢するのか?」
 視線の先には僕のそれ。興奮し続けて固くそり立ったままの僕の性器。
 全裸になって一番恥ずかしいのは当人の筈、なのに冷静なヤツ。
「わかった。やるよ、ゆずゆず」
 言うと自身の性器を伏見のそれにあてがった。理性はクラクラで気持ちはドキドキで欲望はギンギンで、もう抗いようが無かった。
 立ったまま、テーブルに仰向けに横たわった伏見の腰と太ももを両手で固定して、自分の腰を少しづつ前に押し出すと、自分の物も少しずつ入って行って、途端に切っ先に強い抵抗が返って来て、少しだけ伏見が跳ねた。
「もう少し足を広げて……いくよ」
「……うん」
 今更拒否されても止まりようが無かったけど、そうとだけ社交辞令をして抵抗を無視して腰を前に押し出す。
「う……あ……はぁっ、はぁっ」
 テーブルの上にクロスでも敷いてあればそれを掴んだであろう伏見の指が行き場を失って僕の腕まで辿り着いて、痛苦の為かそのまま僕の肌に爪を突き立ててくる。
 でもそれは、今の僕にとっては現状から更に興奮させる一材料に過ぎなかった。
「ゆずゆ、ずっ」
「んっ……んんんぅぅ!!」
 僕が名前を呼んだのと、僕の物が伏見の最奥まで到達したのと、伏見がそう声を押し殺したような悲鳴をあげたのは、ほぼ同時だった。


「は、はいった、の?」
 息遣いがぜぇぜぇとすっかり粗くなった伏見がそう訊いてきた。腕が震えてて、手は僕の腕を握り締めてて、瞳は不安げに僕を見上げてて、それが堪らなく可愛かった。
「入った……今のゆずゆずが、凄い可愛い」
「口に出すな、ばか」
 怒られた。そんな顔で怒られても可愛さが増すだけなのに。あぁ、ダメだ。
「動かすね」
「え……あっ、ぅあっ、いたっ、っっ!!」
 答えを聞く前に抽挿を開始した。僕が抜き差しする度に、伏見の胸が大きく前後に揺れて、伏見は片手を僕の腕から離して口元を指で押さえていた。噛んでいるのかもしれない。その、声を出すまいとする仕種が更に僕に火をつけていた。本当に何でそんなに可愛いんだろう。
 もっといじめたくなってくる。
 もっと色んな表情を見たい。いつもは絶対に見れないだろう伏見の表情。可愛いから見たい。
 見て、僕だけが知ってるって悦に浸りたい。
「うっ、はっ、はぁぁ、く、う、んんぅ、んっ」
 そんな声を、発する度に恥ずかしがって赤くなるゆずゆずの顔。
 普段どおり。いや、口元を押さえている分だけ余計にくぐもって、いつも以上にノイズのように聞こえる伏見の声。
 うん。可愛いから許す。
 そう即決した。
 白い肌はいつの間にか桜色に染まってて、頬は恥ずかしさから真っ赤っかで、手は力の入れすぎで蒼白で、どれもその部位を維持するのに必死でなりふりも無い状態なのに。
「凄い熱いな。ゆずゆずの中」
「う、うるさい。ばかっ」
 涙で潤んだ茶色い瞳だけは、僕を捉えて離す素振りもない。
 頬にべったり貼り付いた伏見の栗色の髪。指先で頬を撫でて離してやると、くすぐったそうに息を漏らす伏見。息を漏らした瞬間に締め付けを増す伏見の中。全部ひっくるめて僕をドロドロに溶かしに掛かってくる。
 伏見をもっと近くで感じたくて顔を近づけた。腕も肩の下から頭を抱えるように回すと、伏見も僕の頭に腕を回してきて、互いに吐息を感じられるまで近づいた。どちらともなくキスをして、そのまま抱き合って身体が密着すると、伏見の身体の蠢きがそのまま伝わってきた。
 その快感に負けて、僕の下腹部の更に下辺りから、何だかぞわぞわした物がこみ上げてくる。
「ゆずゆず、ゆずゆずっ。ゆずゆずゆずゆずゆずゆず、ゆずゆず!!」
 思わず名前を呼んだ。ドロドロに溶けそうな結合部の抽挿も、呼ぶ度に間隔が狭まっていた。
「あ……××。××、××。××っ、××!!」
 呼応するようにそんな声が聞こえて、伏見の腕に籠められた力が増した。抱き合うというよりしがみつかれるようになって、そんな体勢が更に僕を刺激して――
 ――そして、僕は射精した。


 僕自身を伏見の中で迸らせた瞬間、何もかもが伏見に吸い上げられていくような錯覚を覚えた。
 ひとしきり欲望を吐き出した僕の肉棒はびくびくとまだ興奮していて、その痙攣の度にそれを包んでる伏見の身体はぶるぶると震えていた。
「××、終わった?」
「ああ。痛かった、だろ」
「うん。……痛かった」
 顔のすぐ横でそれこそ耳に息が掛かりながら声がする。僕も伏見もぐったりして、抱き合ったままテーブルの上で横になった。さすがに抜かなきゃマズいと思って伏見から自身を抜くと、伏見の真っ白な筈の太ももは、伏見の純潔の赤い血と僕の吐き出した不潔な白い液体とでメチャクチャで、今更ながらに罪悪感がこみ上げてきた。
「でも、こうしてると気持ちいい」
 抱き合って、伏見が頭を僕の肩に預けてくる。
「……ごめん」
「謝るくらいなら、もっと抱き締めろ。ぎゅぅぅぅって」
「へ?」
「お前にそうされると、凄く気持ちいいから」
「あ、あぁ」
 罪悪感も手伝って言われた通りにする。ぎゅぅぅぅぅうっとだな。ぎゅぅぅぅっと。
 抱きつくも抱き締めるも通り越して締め上げるに近いくらいに力を籠めると、伏見がなんだか嬉しそうに息を漏らすのが聞こえて、僕の後ろに回した伏見の腕も僕を締め付けてきた。
「××。××してる」
 改めて、そんな声が聞こえた気がした。


 それから暫く二人で横になったまま抱き合っていて、下校時刻も大概に過ぎかけたので服を着て帰宅の途についた。部室備え付けのティッシュと手洗い場の水道である程度は綺麗にはなったが、校庭に出たらどうにも今までやってた事が恥ずかしくなって、二人して赤くなって下を向きながら歩いた。手は繋いだままだったけど。
 あれ、僕嘘つけてない?
 伏見がすっかり薄暗くなった校庭で、灯火を頼りに手帳をかざしてくる。
「お前は」『御園さん』「の」『事は』『好きなのか』「はてな」
「好き? あぁ、勿論××してるさ。世界で一番」
 嘘だけど。あ、やっと元の調子になった。
『御園さん』「を」『大事に』「ね」
「それと」『今日の事』「は」『秘密』
「それと」『二号でいい』
「え……あぁ」
「じゃ、××。また明日また明日また明日!!」
 ぱっと手を離すと、恥ずかしさが頂点に達したのかこちらを少し振り向いただけで伏見は慌てて走り去って行く。どこかのはぐれメタル並みだったからそっちの意味で二号か。大概に、嘘だけど。
 僕も家路についた。まーちゃんにバレたら撲殺どころの騒ぎじゃ無いなぁとか思いつつ、感謝とか罪悪感とか思慕とか興奮とか動揺とか歓喜とか自己嫌悪とか達成感とかで頭をごちゃごちゃさせながら。


 翌朝、僕はまーちゃんと一緒に校門を潜っていた。晴れてまーちゃんも勉学に勤しめる為の体力を取り戻したからだ。どこまで勤しむかは不明だけど。
「ねーねー、みぃきゅぅぅぅん」
 登校中なのにも関わらず「らぶらぶ」なスキンシップを試みてくるまーちゃんに、「どうしたのまーちゃーん」とベタベタにひっついてバカップルを体現は勿論しない。人目くらいは気にしたいものである。
 校庭の中ほどまでそれでも腕を組んだり手を繋いだりで傍から見たらバカップル一直線なスキンシップのままで進むとふと一人の人影が視界の隅に引っかかる。
 栗色の髪を両お下げにした色白の肌。その痩躯に不釣合いな膨らみを制服に押し込めた胸部。
 伏見柚々だった。
「みーくんにとって、いちばん大事なのはわたし。だよねー」
 避けようが無い、とは言え気まずいタイミングだなと思った。まあ、嘘だけど。
「そーだねー。一番きゃわいいのはまーちゃんだと思うよー」
 相槌を打ちながらもう一度目を泳がせると、柚々はまーちゃんの死角から僕にコッソリ近づいてきて、他人の振りを貫きながら僕のポケットに何か入れて、また遠くに戻って行って僕を観察する作業に戻った。
 まーちゃんに気付かれないように手を突っ込んで中身を確認すると、手帳の切れ端だった。幾つかの文章と「正」の大群。その中で僕に伝えたい文章だけ乱雑な丸で囲ってあった。
『二号でいい』『いつでも味方』『あまり気にするな』の上に『読んだら即破棄!!』が殴り書きで書き足してあった。僕が目を通したのを見届けると、伏見は軽く微笑して少しだけ合図して僕の視界から消えた。
「みーくん。なによそを見てるの?」
 不機嫌になったのか僕を問い質すマユ、もといまーちゃん。
「いや、あまり見つめ過ぎるのも失礼かなと思ってさ」
「むー、ちゃんと目を見て言ってなーい!! こっち見ていうのだ!!」
 途端にむぎゅぅぅぅとほっぺを両手でキャッチされ、強引にまーちゃんの方に向かされる。僕のナイスと自画自賛な弁解は速攻で打ち消されたようだった。
「さすがに人前だし」
「関係ない。みーくんはまーちゃんだけのものなんだから、わたし以外は見なくていいの」
「あぁ、わかってるよ。まーちゃん。僕はキミだけのものさ」
 嘘だけど。スラスラ口に出せる自分をまた少し嫌いになった。
 ポケットの中には手帳の切れ端と伏見の言葉。僕を××と連呼し××してると言ったゆずゆずの言葉。
「うみゅうみゅ。それでこそみーきゅんなのだー」
 いつか好物だと言った鶏の、それこそ丸焼きでも存分にご馳走したいなと思いながら、まーちゃんにバレないように僕はその紙切れをこっそりごみ箱に捨てた。


                                     完

あとがき


 ここまで読んで頂きありがとうございました、利一です。

 本来なら型月系なのですが、諸事情あって(?)只今絶賛大ハマり中の「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」、略して「みーまー」のSSを書きたいと思ってしまって。
 まーちゃんサイコー!! とか言ってたら何故かゆずゆずに溶かされたんですね。もうメロメロに。で、五巻読了時点でこれは行くしか!! とか思っちゃってあとは流れるままでした。

 mixiを始めてから殆ど更新すらしてないこのサイトですが(というか今回もmixiの日記じゃ納まらないので此処を使った、というのが本音なのですが)またいつか更新される時には来て頂けると幸いです。

 mixiから来て頂いた方にはある意味「黒歴史」的遺産な場所ですので、まことに申し訳ないのですがホーム他へは「ブラウザで戻る」を使って頂けるようお願いします。

 ここまで目を通して頂き、本当にありがとうございました。

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