「ネッカチ」と呼ばれるバンダナの巻き方を先輩から教わる男性(右)=大阪市内、矢木隆晴撮影
お好み焼きの材料が書かれたレシピを見る男性=大阪市内、矢木隆晴撮影
男性は訪れた中井社長と1時間半、向き合った。刑務官の立ち会いはなかった。
「どうして刑務所に入ったん?」。ずばり聞いてきた中井社長に、男性はこれまでの半生を洗いざらい話した。幼いころに両親が離婚。父親が事故死した後、親類に育てられた。高卒後はとび職や飲食店などで働いたが、長続きしない。ギャンブルに大金をつぎ込んで借金を重ね、妻子とも別れた。仮釈放されても、行くあてはなかった。
そして、「失ったのは信用。頑張っている姿をみせる最後のチャンスやって思います」と決意を語った。
翌日、内定となった。
中井社長が刑務所内での採用募集を思い立ったのは、出所後の受け皿がないことが再犯の引き金になりやすいという話を、PFI刑務所の運営にかかわる企業から人づてに聞いたことだった。
自身も中学卒業後、丁稚(でっち)奉公に出て苦労を重ねてきた。事業を拡大させるなかで人を雇いたくても、大学や高校の新卒業生から見向きもされない時期があった。人に頼まれて非行少年を採用し、店長に育て上げたこともある。
刑務所での募集について、社内では「客商売。イメージが悪くなるのでは」と反対する意見もあった。千房は今、海外1店を含め64店を展開している。従業員約700人のうち正社員は162人。不景気で売り上げが落ち、高校の新卒採用を抑えているなかでの採用に疑問の声も出た。
しかし、中井社長の思いは強かった。「法的に罪を償ったらリセットしたろうよ。過去は問わない。今とこれからが大切や。この採用が成功したら後に続く企業も出てくる。受刑者に夢と希望を与えたいんや」と押し切った。同じ刑務所の別の男性も内定し、仮釈放を待っている。
「頑張って、自分で稼いだ給料で生活する普通の暮らしがしたい」