民主党の幹部らと親交がある京セラ名誉会長の稲盛和夫さんは会社を創業してまもないころ、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏の講演を聞く機会があった。テーマは「ダム式経営」というものだった▲ダムによって川が一定の水量で流れるごとく、事業にも「ダムの蓄え」のような余裕が必要という意味だ。その後、稲盛さんがよく使うようになった「土俵の真ん中で相撲をとる」という表現も、余裕の大切さを指摘する点で松下氏の教えと共通する▲土俵際に追い詰められ、苦し紛れに技をかけてもよい結果は得にくい。土俵の真ん中ならどんな技でも思い切ってかけられる。経営者は内部留保を厚くし、企業の安定度を測る指標である自己資本比率を高くしておく必要があるというわけだ(「稲盛和夫の実学」日経ビジネス人文庫)▲政治にあてはめれば、政権の「自己資本比率」とは内閣と党の支持率ということになるのだろう。高支持率を背に鳩山由紀夫首相が所信表明演説で「あの夏の総選挙の勝利者は国民一人ひとりです」と胸を張ったのはつい3カ月前のことである▲それが、いまは世論調査の数字が下降の一途だ。首相と幹事長という政権の2トップの「政治とカネ」の問題そのものに加え、釈明や撤回を繰り返す首相の「発言の軽さ」がダメージを一層深めている▲これでは、「私たちの変革の挑戦にお力をお貸しください」と言われても力の貸しように困ろうというものだ。実母からの資金提供問題で新事実が出てきたら議員バッジをはずす、と言った首相である。その覚悟を、古い政治体質と決別する行動の先頭に立つことで示してもらいたいものだ。
毎日新聞 2010年1月24日 東京朝刊