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鳩山内閣の金看板「政治主導」の実があがるよう、人事の権限や組織を整備する。そんな狙いを込めた二つの法案が国会に提出された。
一つは国家公務員法改正案だ。
各閣僚が、優れた人材を省庁間の垣根を超え、民間人も含め、これまでの地位にこだわらず選びやすくしようという内容だ。審査を通った官民の適格者を候補者名簿に並べ、その中からふさわしい人物を閣僚が選ぶ。
首相と官房長官が、内閣全体の視点から、目玉人事を直接指示することもできる。事務次官が局長や部長に「格下げ」になることもある。
人事権者は閣僚だが、普通は次官が決め、閣僚が指図するのは例外的。そんなこれまでの「常識」が覆る。
もう一つの政治主導確立法案にも、首相や閣僚を支える政治任用の民間人スタッフの配置を盛っている。
政治主導も適材適所も、当然の原則であり、両法案は一歩前進といえる。
なぜ政治主導が日本の民主主義にとって大切なのか。
自民党政権下では、族議員と官僚が手を結び、首相や閣僚の思うようにならないことがしばしばあった。官僚が事実上の政策決定から根回しまで、政治家が果たすべき役割をこなす。政策より根回しが得意な官僚が出世するといったいびつな構造も生まれた。
民主党は違った姿を描いてきた。官僚は政策づくりの能力を蓄え、選択肢を示すことに専念する。その決定や合意形成は、首相や閣僚が担う。そんな役割分担と協力のあり方である。
政権交代後、閣僚ら政務三役は官僚任せにせず、政策立案や調整にあたっている。族議員が消え、後ろ盾を失ったせいか「官僚の抵抗」という言葉も聞かない。その点は評価できる。
しかし、問題点も見えてきた。
政治主導を意識するあまり、政務三役が電卓をたたいたり、官僚の領分にまで手を出す現実が散見される。官僚が意欲をそがれ、「指示待ち」に陥る弊害が指摘される。宮内庁長官に対する小沢一郎幹事長の言動のような、いたずらに威圧的なふるまいが官僚を萎縮(いしゅく)させてしまう光景も見られる。
不慣れな面もあろうが、現状を見ると、政治家は官僚を使いこなしているのか、政治家の資質はどうなのかといった疑問がぬぐえない。
政治主導の仕組みができたとしても、それが実効をあげるかどうかは首相以下の「運用」にかかる。問われるのは制度を使う政治家の力量である。
異論封じや情実人事は論外だ。適格性審査や任免の基準を明確に定めておく。格下げする時には理由を明示する。公正を保つ工夫が不可欠だ。
「官治」を脱するのはいいが、ルールなき「人治」はいけない。必要なのは、民意を踏まえた「法治」である。
男子フィギュアスケートの高橋大輔選手が銅メダルを獲得した。この種目で日本人初の五輪メダリストだ。
フリー演技では、フェリーニ監督の映画「道」の音楽に乗せて喜怒哀楽を鮮やかに描き出した。力強く、華麗なステップが象徴する高い技術と豊かな表現力が観客を魅了した。
スピードスケート男子500メートルの長島圭一郎、加藤条治両選手の銀、銅に続く日本勢のメダル獲得だ。重圧をはねのけた健闘をたたえたい。
高橋選手は一昨年、右ひざの靱帯(じんたい)断裂という選手生命にもかかわる大けがをした。だが、手術と厳しいリハビリで克服し、リンクに戻ってきた。この試練が、国際大会でなかなか勝てない「ガラスのエース」の心身を鍛えた。
フィギュアスケートは長く、欧州と米国が優勢だった。しかし、近年はアジアの層が厚くなり、日本もこの五輪にシングル男女とも上限の3人枠いっぱいの選手を送り出している。
靴ひもが切れるアクシデントを乗り越えて滑りきった織田信成選手は7位。日本選手でただ一人、4回転ジャンプを成功させた小塚崇彦選手は8位。堂々たるものだ。
国別のメダル数も気にはなるが、よく見れば、バンクーバーの銀盤には国境を超えた花が咲いている。
ペアにロシア代表として出場した川口悠子選手は愛知県出身。理想のスケートを追い求めてロシアに移り住み、国籍を取得した。惜しくもメダルはのがしたが、会場では彼女を応援するロシアと日本の国旗が揺れた。
アイスダンスの日本代表は、父が米国人、母が日本人のキャシーとクリスのリード姉弟。その妹のアリソンも同じ種目に出場する。パートナーと同じ国籍をとり、グルジア代表として。両親が日本人の長洲未来選手は女子の米国代表である。
リンクサイドにも国境はない。
浅田真央選手を指導するのはロシアのタチアナ・タラソワ氏。織田、安藤美姫両選手らを教えるのは元ベラルーシ代表のニコライ・モロゾフ氏だ。
そんな中、高橋選手を支えたのは、日本人が中心の指導陣だった。全体の指導は中学時代からの恩師である長光歌子さん。ショートプログラムはアイスダンスの元全日本選手権者、宮本賢二さんが振り付け、2002年のソルトレーク五輪4位だった本田武史さんもジャンプを教えた。選手だけでなく、指導者の層も厚くなった。
海外へ活躍の場を広げる人もいる。元五輪選手で世界女王の佐藤有香さんは、9位になった米国代表アボット選手のコーチとして五輪に参加した。
注目の女子は大会終盤にある。日本選手の活躍に期待しつつ、人々が国境を超えることで、より大きく開くスポーツの花を楽しもう。