「得点なき試合に勝ちたるためしなし」。学生野球の父・飛田穂洲(すいしゅう)の言葉だ。早慶戦で顧問をつとめる早稲田が慶応に4試合連続完封を喫した時の言葉という。どんなにがんばっても点が入らねば野球は勝てない▲わけても観客をいら立たせるのは、相手がエラーを連発するのに、いっこうにチャンスをものにできないチームだ。いわば典型的な負け試合のパターンで、もしも何かの拍子で勝つようなことがあれば「不思議の勝ち」ということになろう▲「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」--楽天イーグルス前監督の野村克也氏が持論を語ったのは「全員野球」を掲げた自民党の党大会でだ。勝っていた時代のおごりを指摘された自民党だが、今や「不思議の負けなし」の言葉をじっくりとかみしめるべきだろう▲「政治とカネ」問題や首相の指導力への批判でつまずく政府・与党に対し、ここは反攻の好機のはずの野党・自民党だ。だが各紙世論調査の示すところ、民主党の失った支持率を自党に取り込めていない。それどころか党内からは、離党者や新党結成発言が相次ぐありさまである▲党大会で谷垣禎一総裁は、過去の利益誘導型政治との決別を宣言した。その一方で採択された新綱領からは「小さな政府」の表現が削られ、小泉構造改革路線からの転換も示した。かといって両者に代わる「保守」の新たな立ち位置ははっきりしない。これでは得点にはほど遠い▲失策と拙攻が続く凡試合は観客に見放される運命だ。与党が失った支持層は、野党が受け止めぬ限り政治不信の闇に吸い込まれる。谷垣総裁にはチームの現状をぼやいている時間はない。
毎日新聞 2010年1月26日 東京朝刊