余録

　カトリックの昔からの信仰では、さまざまな職業や人の活動はそれぞれ守護聖人に守られているそうだ。何と政治家にも守護聖人はいて、「ユートピア」の著者トマス・モアがそうだという。彼は英国で政治的迫害により殉教したとされているからだ▲となればスケートの守護聖者もいて不思議でない。こちらはリドビナという中世オランダの聖女だそうだ。１５歳の時にスケート中に転び、胸に重傷を負った。その後修道院に入り、病苦を耐えての宗教的献身ゆえに聖人に列せられたという▲ではそのスケートの守護聖女のどんな心遣いのおかげだろうか。競技途中の整氷車のトラブルで１時間以上も進行が遅れたスピードスケート男子五百メートルである。バンクーバー冬季五輪の日本勢初のメダルは、そのリンクで快走した長島圭一郎選手の銀、加藤条治選手の銅であった▲４年前のトリノ五輪では同じ種目に出場しながらメダルには遠かった２人だ。それはサラエボ五輪以来６大会続いていたこの種目での日本のメダル獲得の途絶も意味した。そのトリノで苦杯をなめた両選手による五百メートルのメダル奪還である▲長島選手は社会人になってから才能を一挙に開花させた遅咲きタイプ、加藤選手は高校からトップ選手として輝き続けた天才肌と評される。対照的な２人は共に「金」を逸した悔しさを口にしながらも、「お家芸」復活を世界に印象づけた▲氷上の守護聖女はスケートの栄光を守るため時に手の込んだ試練を選手に与えるようだ。一度突き放し、自力での復活を求める試練にみごと応えた男子短距離陣である。日本のスケート陣全員の心に火をつけるメダルになればいい。