岩手県一関市の達古袋(たっこたい)小学校は全校児童34人の小さな学校だ。4人の6年生の一人、佐藤慧太くんはある日、教室に置いてあった一冊の本を手にした。開くとクマやアザラシなど動物写真がいっぱい載っている▲慧太くんはシートン動物記や椋鳩十の動物の話が大好きだ。見つけた本の題は「アラスカたんけん記」。「たんけん」という言葉も心を引いた。慧太くんは知らなかったけれど、著者は14年前に亡くなった動物写真家の星野道夫さんだった▲学生時代、アラスカのツンドラで先住民と暮らした星野さんは、狩猟によってほとんどすべての食をまかなう暮らしの様子を記している。植物の育たぬ地で、動物の肉も脂肪も少しも無駄にせず生きる糧とする話に慧太くんは引きこまれた▲裏山で遊びながら、アケビやキイチゴなど山の恵みをよく口にする慧太くんだ。おじいさんが農閑期の猟で捕ったキジやウサギを食べることもある。撃たれた獲物を見るとかわいそうになるが、みんなでその生命に感謝しながら余さず食べた経験とアラスカの話がぴたり重なった▲「ぼく達は、生き物の命をいただいて成長し、生き続けているのだ。自然の恵みを受けている大切な命。だからこそ、自分も、自分の家族も、友達も、周りの生き物も大切にしていきたい」。慧太くんの感想文は、第55回青少年読書感想文全国コンクールで毎日新聞社賞に選ばれた▲星野さんがアラスカの大地から授かった感動は、何十年もの歳月を越えて慧太くんに伝わった。「じゃ君も『たんけん』家になる?」。たずねると、「家で農業をしたいけれど、その合間になら……」。少し困った顔で答えてくれた。
毎日新聞 2010年2月6日 東京朝刊