竹下和男の良書との出会い
第10回: 本当の頭の良さとは?
智謀湧くが如し ―――
秋山真之会編 「提督秋山真之」
  「秋山真之(あきやまさねゆき)」は、日露戦争の勝敗を決した日本海海戦の連合艦隊先任参謀である。日露戦争は、大国ロシアに対して東洋の一島国日本が国の興亡を賭けて戦い、のるかそるか、紙一重で辛くも勝利した戦いであった。

 そして、ロシアのバルチック艦隊を撃滅した作戦のほとんどは、秋山真之のすぐれた頭ひとつから案出されたものといわれている。秋山はまた海軍兵学校入学から卒業まで首席で通したほどの秀才であったが、あまり勉強しているのを見た者はいなかった。

 「この軍事天才の頭の中はどうなっているのか?」はだれしも関心を抱くのではあるまいか。彼の頭の働きをしめす一例として、彼の試験勉強法が本書に紹介されているので引用してみよう。

 「いくら本を読んでも、それを悉く暗記してしまうことはできない。その要所要所をうまく掴んで、それを頭の中にいれてゆく。秋山真之はそうした所に多分の天分があった。

● 試験問題などは、過去5年間の試験問題を通覧すれば、出そうな問題は大体見当がつくもんだ。必要な問題は、どの試験官でも大抵繰り返して出すもんだ。

● 平素から教官の説明ぶりや、講義中の顔付きに気をつけていると、その教官の特性がわかるから、出しそうな試験問題はほぼ推定ができるよ。

 後輩が秋山からもらった試験問題には、鉛筆で答案の要点がみな記入されていた。その記入法が、実に簡潔で要を得ていて、とうてい凡人には真似ができないものだった。」

 彼の頭は、百科辞典を丸暗記するようなものではなく、膨大なデータを物凄い集中力で読破し本当に重要なエキスだけを抽出して頭に叩き込み、必要な時はいつでも取り出せる様に出来ていたらしい。

 海軍兵学校を首席で卒業し米国に留学した彼は、「海軍戦略」や「海上権力史論」で有名な軍事研究家アルフレッド・マハン大佐に軍事研究法のコツを直接伝授してもらう幸運を得た。それは、

● 過去の戦史を陸海ともに徹底的に調べ、その勝敗の原因を究明すること。

● 古来から現在までの信頼できる軍事書を研究し、その中から疑い得ない法則を発見すること。

の2点であった。

 日本に帰った彼は、中国の孫子をはじめ、西欧の有名な軍事書など軍事と名のつくものは、悉くこれを読破し、更には馬術・弓術のような武芸書まで抜け目なく眼を通し、その極意を会得して兵学に応用しようとした。

 明治32年頃、偶々胃腸を害して入院していた彼を見舞った小笠原長生子爵が、家伝の兵術書を5〜6冊置いて行った。その中に「野島流海賊古法」という写本があった。これを読んだ彼は、「実に有益な本だ。あれを活用したら立派な戦術ができる。」と言って、要点を以下にまとめた。

● 水軍の根本主義とする所は、常に我が全力を挙げて敵の分力を撃破するに存する事。

● 常に長蛇の陣をもって基本陣形となせる事。

 
 更に、彼は武田信玄と上杉謙信の戦いを研究し、「車掛りの戦術」に着目した。実に、日本海海戦の2大戦術、「丁字戦法」は前者を、「七段構え」は後者を、実戦に応用したものであったのだ。後年、彼は海軍大学校で生徒にこう述べている。

 「戦史・兵書より得たる所を自分にて種々様々に考え、考えた上に考え直して得たる所こそ実に諸君の所有物で、…… 特に、兵術は口で言い、筆で書いたものでない活術で、各自の研究自学により会得する外はないのだ。

 秋山の軍事上の功績として、軍事レベルを「戦略」・「戦術」・「戦務」に分けた事が挙げられる。3者はややもすれば混同されがちであったのを明確に定義づけたのだ。

 「戦略」: 戦争の全局に対して考察するもので、軍の配備など根本問題を扱う。囲碁でいえば、布石に当たる。

 「戦術」: ずっと局部的で、敵軍との交戦に当たり、いかなる計画により、いかなる隊形で闘うかという多分に技術的性質をもつ。囲碁でいえば、局部局部における手筋や定石を指す。

 「戦務」: 戦略・戦術の実施を支援する事務的方面の総称をいう。

 秋山の著作としては、海軍大学校の講義のため書かれた、「海軍基本戦術」・「海軍応用戦術」・「海国戦略」・「海軍戦務」があり、雑誌記事や講演をまとめた「海軍少将秋山真之・軍談」等がある。

 わが国も、小泉政権が誕生し再生日本にむけて国民の期待は大きい。実業界では、インターネットを活用したビジネスが輩出しているが、秋山真之のように西欧の物真似でない日本独自の戦略産業が産まれてくるのを是非期待したいものだ。

 最後に、私は、個人的好みで恐縮であるけれども、横のものを縦にするような輸入書籍翻訳型の人物にはあまり興味がわかない。図式的だが、(A:日本文化)と(B:外国文化)を衝突させ両者を昇華して(C:Aを下敷きにした全く新しい文化)を創出した人物が大好きだ。

 例えば、植物学の「牧野富太郎」、粘菌学の「南方熊楠」、物理冶金学の「本多光太郎」、経済評論家の「高橋亀吉」、英語の「斎藤秀三郎」、ドイツ語の「関口存男」、数学では、「藤森良蔵」、現代では、南極越冬で有名な「西堀栄三郎」、仮説実験授業の「板倉聖宣」等々である。

 今後、これらの人々を紹介する機会もあろうかと思うのでご期待下さい。


本書は、昭和9年、岩波書店発行、現在は絶版であるが、相当数出版されているので、古書店、古書展示会、インターネット等でこまめに探せば入手の可能性は高いと思います。

  
竹下和男
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竹下和男著
『天才と本質』
歴史に確かな業績を残した20人の知恵

アーカイブス出版編集部刊 1575円
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