約430万人の利用者を抱えたPHS事業者のウィルコムが18日、会社更生法適用申請に追い込まれた。NTT系、電力系がPHS事業から撤退する中で、唯一の事業者として残ってきたが、携帯電話との顧客争奪競争で後れを取り、重くのしかかる最新の設備投資負担に耐えきれず、ついに自力再建が不可能になった。ウィルコムは医療現場などで使えるPHSの優位性を活用して再建を図る構えだが、日々進化する携帯電話との競争は厳しく、再生への道のりは厳しい。
PHSは日本発の通信規格として誕生した。固定電話なみの通話品質がありながら、基地局の設置コストが携帯電話に比べて安価な分、通話料が比較的安いのが利用者には魅力だった。1997年度にはPHS・携帯電話の利用者の6人に1人がPHS利用者だった。しかし、携帯電話の技術革新と競争の激化で、通話料などの優位性は薄れ、現在の携帯電話利用者は1億人超なのに対し、PHSはウィルコムの424万人のみで大きく引き離された。
NTTドコモが08年1月にPHS事業から撤退した後、最後までウィルコムが単独で市場に踏みとどまったのは、法人契約が全契約の4割に達していたことが一因だ。特に医療機関などでは固定的な利用者を確保。PHS事業で得た資金で、次世代の収益の柱になる高速通信サービス「XGP」を支える計画を立てたが、個人利用者のPHS離れは止まらず、資金面で行き詰まった。
今後、ウィルコムの再建は企業再生支援機構とソフトバンクなどの支援企業によって進められることになる。現在、最有力視されている再生案は、ウィルコムをPHS事業と将来性のあるXGP事業に分割し、支援機構はPHS事業に100億円余りを融資。ソフトバンクと投資ファンドのアドバンテッジパートナーズはXGP事業にそれぞれ3分の1程度を出資するという内容だ。
久保田幸雄社長は会見で「携帯電話と違う需要は存在し、今後も開拓できる。環境保護の流れのなかで低消費電力というPHSの特徴を生かせるのではないか」と述べ、携帯電話と競合しない需要が開拓できると説明。ソフトバンクがXGPの全国展開に強い意欲を示していることも明らかにして、再建は可能との見方を強調した。
しかし、通信業界に詳しいアナリストの横田英明氏は「経営破綻(はたん)によるイメージ低下で新規顧客の獲得への影響は避けられず、経営再建は厳しい道のりになるだろう」と指摘する。
ウィルコムは、官民共同出資の企業再生支援機構の支援を受ける見通しだ。機構の幹部は、「公益性が高く、利用料の固定収入が見込めて事業の再生可能性も高いため」と支援の理由を説明する。PHS端末は出力が小さいため、携帯電話が使えない病院で利用できることや、PHS利用者が424万人もいて、サービスがなくなれば混乱が避けられないことを考慮したとみられる。
しかし、1月19日に支援決定した日本航空に続く大企業への支援に、地方金融機関から「支援対象の考え方があいまい。もっと地方の中小企業にも目を向けてほしい」との不満もくすぶる。機構は昨年10月、政府と民間金融機関が、それぞれ100億円を出資して設立した5年間限定の株式会社。景気回復が遅れている地方の中小企業の支援が当初の目的だった。
民間企業を公的資金で救済することには、国民からの批判も根強い。通信事業は総務省が規制する許認可事業でもあり、「行政の失敗の尻ぬぐいではないか」との指摘もある。今回機構は、支援を融資のみの「側面支援」にとどめ、出資を決めた日本航空とは違う対応を取る。それも「公益性、支援の必要性、再生可能性のバランス」(支援機構関係者)を検討した結果だ。
ウィルコムの前身である旧第二電電(DDI、現KDDI)子会社のDDIポケットは、日航会長に就任した稲盛和夫・京セラ名誉会長が実質的な創業者だ。支援案件に、民主党の小沢一郎幹事長に近いとされる稲盛氏が立て続けに関与することへの批判が出る可能性もあり、機構は支援の基準を明確にすることが求められそうだ。【秋本裕子】
ウィルコムのPHSや高速通信「XGP」のサービスは、経営が破綻した後も従来と同じように提供される。加入者は契約済みの従来通りのプランと端末でサービスを利用できる。
NTTドコモの通信網を借りて提供している法人向け第3世代携帯電話事業も継続する意向だ。
また、再建の段階でもしPHSとXGPの2事業が別会社になっても、ウィルコムと利用者の契約は、同じ条件で新会社に引き継がれる見通しだ。
ウィルコムは利用者からの問い合わせに応じるフリーダイヤル(0120・921・156)を開設している。【望月麻紀】
94年11月 DDI(現KDDI)がDDIポケット地域会社9社を設立
95年7月 PHSサービス開始
00年1月 地域会社9社を「DDIポケット」に統合
01年6月 定額データ通信サービス「エアーエッジ」導入
04年10月 米投資ファンド・カーライルが買収
05年2月 ウィルコムに社名変更
07年7月 加入件数465万件。ピークに
09年9月 事業再生ADR申請
10月 高速通信「XGP」サービス開始
10年2月 東京地裁に会社更生法申請
毎日新聞 2010年2月18日 22時00分(最終更新 2月19日 2時28分)