さとうしゅういち

 菅直人・財務大臣が2月14日、テレビ番組で発言したことについての報道が、波紋を呼んでいます。
 たとえば以下のような記事があります。
 
 <菅財務相>消費税議論「3月から」 大幅前倒し意向 (毎日jp)
 2010年2月14日 20時07分 (2010年2月14日 21時15分更新)
 http://www.excite.co.jp/News/politics/20100214/20100215M10.047.html
 
 見出しを読むと、いかにも、「消費税だけ」を「今すぐ」上げるかのような印象さえ持ちます。
 週が明けてから、こうした記事のタイトルを真に受けた友人から、「民主党は公約違反ではないか?」という苦情をいただきました。
 衆院選で民主党候補に小選挙区では投票したという、日本共産党支持の友人からは「だから、民主党は駄目なんだ」とお叱り。
 わたしの中学・高校・大学の大先輩でもある谷垣禎一自民党総裁は、「公約違反だ」と噛み付いておられました。
 
 谷垣氏「公約破綻を自白」と批判 菅財務
 http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010021401000345.html
 
 しかし、みなさん、ちょっと待ってください。落ち着いてください。発言の中身は以下のようなものです。
 
 「所得税、法人税、場合によっては消費税、環境税の本格的な議論を3月には始める」
 
 すなわち、「まずは、所得税、法人税の議論をしましょう。そして場合によっては、消費税や環境税についても議論しましょう」これが菅さんの「真意」ではないでしょうか?
 そして、これは、実は「神野直彦・関西学院大学教授・政府税調専門会委員会委員長」の路線でもあるのではないでしょうか?

2

東大教授時代の神野さん(東大公共政策大学院HPより筆者キャプチュア)。彼の再分配重視路線が、菅発言の「真意」ではないか?


 ■新自由主義を一貫して批判した神野委員長
 
 現行の政府税制調査会は、与党議員と専門家委員会で構成されています。同時並行で議論を進めていくことになりますが、専門家委員会の委員長は関西学院大学教授の神野直彦さんです。彼が、委員の人選も任され、大沢真理さんら社会保障の専門家らが起用されています。
 
 わたしは東京大学経済学部3年生だった1997年度に財政学を当時は東大教授だった神野さんに習っており、彼の考え方はだいたいわかっているつもりですし、今も変わっていないと思います。
 彼の著書は以下です。
 
 Amazon.co.jp: 神野 直彦 - 和書: 本
 http://www.amazon.co.jp/s?ie=UTF8&rh=i%3Astripbooks%2Cp_27%3A%E7%A5%9E%E9%87%8E%20%E7%9B%B4%E5%BD%A6&field-author=%E7%A5%9E%E9%87%8E%20%E7%9B%B4%E5%BD%A6&page=1
 
 日本の財政については、1990年代当時でも、「国民の負担率は実はどんどん下がってしまっている。その原因が所得税の累進性の緩和などである」ということを明快に教えてくださいました。また、「財政危機は、社会の危機の鏡に過ぎない」というお考え方で、まさに今の状況にぴったりきます。
 基本的に、レーガン、サッチャー、中曽根をはじめとするネオコンないしネオリベラルに対する批判と、それへの対案を軸とした論考を多く出されています。
 
 とくに、産業が重厚長大型から、知識集約型に変化せざるをえない先進国では、セーフティネット(神野さんは「トランポリン」という言葉をむしろ好んでおられますが)を張ったほうが、大胆な挑戦もしやすく、かえって経済に活力も沸くと説いておられます。
 
 政府税調で議論されるとすれば、このような「神野的な文脈」での社会保障と一体となった税制改正ではないでしょうか?
 
 自民党の消費税引き上げは、単に「法人税、所得税を大手企業やお金持ち相手に減税してしまった上、経済が崩壊して税収が足りなくなったから、もっとよこせ」と、庶民から苛斂誅求するずさんな文脈のものです。それとは大違いの議論になると思います。
 
 ■まずは「法人税・所得税課税ベース拡大」めざすはず
 
 聞きたい:政府税調・専門家委委員長、神野直彦・関西学院大教授
 http://mainichi.jp/select/biz/news/20100204ddm008020022000c.html
 
 上記毎日新聞のインタビューに対して神野さんは、
 「今の税制の問題点は90年代以降、所得税、法人税の減税が相次ぎ、税収調達能力が低下したことにある。深刻な不況の中、税率引き上げは難しいとしても、所得税、法人税の課税ベース(対象)拡大はできる。景気が回復すれば、自然に税収が伸びる本来の姿を取り戻すべきだ。」とおっしゃっています。
 
 また、消費税については、「諸外国では公共サービスを豊かにするため増税するが、日本は公共サービスの縮小を含む行政の無駄を削らない限り増税できないという不思議な世論が形成されている。これは異様だ。」としています。
 
 まったくそのとおりです。「サービスを充実するために」増税すべきなのです。
 
 ただ、自民党が余りにも「金持ち優遇」「庶民サービスカット」をしすぎたために、増税へのアレルギーが出来てしまったということは言えるでしょう。何しろ、子どもの貧困率は、再分配前より再分配後のほうが大きいのが日本です。いかに日本が「お金持ちの負担は軽く、庶民サービスは充実していないか」が良くわかります。
 
 さらに神野さんは、「福祉や子育てなど公共サービス充実のため、国民全体で等しく負担を分かち合うという理念であれば、消費税も有力な選択肢になる。友愛型の社会を目指すなら、消費税と所得税を税収の両輪とし、環境税などで補完する仕組みが望ましいのではないか。」ともおっしゃっています。
 
 一方、「日本が米国型の『小さな政府』を標ぼうし、公共サービスを最小限に抑えるというなら、高所得者の課税に重点を置いた所得税中心の税制を築き、消費税自体を廃止する選択肢もあり得る。」とし、「どういう社会を目指すのか、将来ビジョンをまず明確にすることが必要だ。」と結論付けています。
 
 菅さんが、神野さんを税調委員に任命し、委員の人選も任せたわけです。今後の議論の方向性としては、おそらくは以下になるのではないでしょうか?
 
 1.まず、所得税、法人税の課税ベースを拡大する。
 その上で、
 2.「大きな政府」にするのか、「小さな政府」にするのか、選択肢を示す。それぞれの政府のあり方とセットで消費税や環境税のあり方も示す。
 
 ■「サービス小+庶民負担大」からの脱却めざす「菅・神野コンビ」
 
 簡単なイメージ図を描けば以下のようになります。

1

イメージ図。現政権(菅財務大臣)は2010年度は、負担小・サービス大でやむなしと考えているが、将来的には、大きなサービスとセットの大きな税負担を考えているのではないか?自民党が招いたのは、「庶民にとって大きな負担」と「小さなサービス」だった。(作図・さとうしゅういち)


 旧政権(自民党)には財政や経済を巡って、大まかに分けて2つのグループがありました。
 「サービス小&負担小」の竹中平蔵さん・中川秀直さん(上げ潮派)がいた。彼らは、とにかく、お金持ち・大手企業を優遇することで、経済を活性化し、それを元手に税収を伸ばして財政を再建しようとした。
 一方、「サービス大&負担大」を建前とする与謝野馨さん、谷垣禎一さん(増税派)がいました。彼らは増税とある程度大きな政府をセットとしている。
 
 ところが、実際には、大手企業を優遇しても、庶民に恩恵が及ばなかった。アメリカへの輸出でなんとか好況を演出していたが、そのご利益が庶民に及ばないまま、アメリカ経済が崩落し、財政も悪化したのです。
 結局、双方の悪いところを組み合わせた、庶民にとっては「負担増&サービス小」という領域の政治を自民党は行なったのです。
 
 そこで、民主党を中心とする政権は、左上の「負担小&サービス大」でしばらく景気回復を図る。その間は、特別会計の埋蔵金などを活用する。しかし、今のままの税制では、税収が少なすぎる。
 そこで、「右上」の「負担大&サービス大」に移行するために議論をしよう、としているのではないでしょうか?
 その「負担大」の中身も、まずは「法人税、所得税」からであり、その後、「環境税、消費税」も議論の対象になるというわけです。これが菅さんの描いているイメージではないでしょうか? 
 
 2010年度は、国民経済を回復させつつ、その後はきちんとしたセーフティネット再建や産業政策と組み合わせて税制を議論する。その場合は、まず、課税ベースを拡大し、余裕のある企業やお金持ちから頂く。そういう生産的な議論を国会でしようではありませんか。
 
 ■議論の環境をぶっ壊したのは誰か?
 
 いかにも菅さんが「消費税増税を短兵急に急いでいる」がごとく報道するマスコミ。「ほらみろ、公約違反だ」と大喜びする野党第一党の自民党さん。ちょっと待っていただきたいと思います。
 
 だいたい、橋本龍太郎内閣のときに、消費税を増税しつつ、健保負担を1割から2割に引き上げた自民党の罪は重い。そして、その「橋本改革」を、景気が後退するまでは持ち上げ続けたマスコミの罪も重い。
 消費税を増税したのに、医療が後退した事への不信感はかなりのものです。生産的な議論ができなくなる原因を作ったことへの反省をしていただきたいと思います。
 
 税制調査会
 http://www.cao.go.jp/zei-cho/index.html
 

◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
 広島瀬戸内新聞ニュース
 http://hiroseto.exblog.jp