<断ち切られた絆>
■担当マスター:Raven
鋭く空気を切り裂く音が、薄暗い部屋に響く。
男は部屋の壁に手をつき、屋敷の主人に背中を向けて立っていた。もうどのくらいこうしているだろう。衣服は破れ、日焼けした肌には痛々しい傷が付けられて、傷口から赤い血が流れている。
「服従したまえ。それが君の仕事なのだから。……大事な家族に、楽な暮らしをさせてやりたいのではないかね」
男の主人は痩せた身体を震わせて楽しげに笑うと、まるで子供に言い聞かせるように言った。その腕は身体に対して不自然に長く、醜く盛り上がった筋肉によって強力な一撃を繰り出す。顔は仮面で覆われていて、歪んだ笑みをも隠していた。
残る力を全て振り絞れば、この場からは逃げられるかもしれない。そう思った男だったが、主人の言葉でぐっと拳を握り締める。男には愛する妻が、そして可愛い子供がいた。決して裕福ではなかったから、少しでも良い暮らしをさせてやりたいと噂を頼りにこの屋敷にやって来たのだった。
大きな皮鞭が振るわれる度に、ひどい痛みが男を襲う。細い皮を束ねて作られた鞭には、先端に尖った骨が付けられていて、それが獲物の肌を捕らえて裂く。
幾度目かの鞭が振り下ろされた後、男はついに耐え切れなくなって床に倒れ込んだ。途切れそうになる意識で、それでも必死で愛する者たちの顔を思い出そうとする。震える腕を力の限りに伸ばしてみても、家族には届かない。
涙が一粒、男の頬を伝う。けれどそれは床に吸い込まれて、すぐに見えなくなった。
「マスカレイド事件の情報を見つけたんだ。ちょっと聞いてくれるか」
エンドブレイカーたちを前に、トンファーの群竜士・リーは口を開いた。
「先日、腹空かせた犬が死体を掘り起こしたんだ。数え切れないくらい傷があって、そりゃ酷いもんだったらしい。で、身元を辿ってみると、……」
リーは一度言葉を切る。言うべき言葉を選ぶように押し黙り、ため息をもらす。
「結構稼いでる商人のおっさんがいるんだが、犠牲者はこいつに雇われてたって話だ。しかもこのおっさん、マスカレイドになってる。良い給金を出すって話を餌にして、人を招き入れては殺す。
……ったく、ひどいことしやがる」
俯いてリーは呟くが、思い出したように顔を上げて続ける。
「さらにまずい事に、殺された男の奥さんが屋敷に乗り込んだ。そりゃ普通は、一体どういう事だって真実を聞きたくもなるさ。気持ちは分かる」
だが一人で乗り込んだところで何が出来るわけではない。話を聞くどころか捕らえられて、同じように殺されてしまうのがおちだ。
「奥さんが殺される前に、マスカレイドを倒してくれ。今も出稼ぎ先を紹介してるから、騙された振りをして屋敷を訪ねてみるといいんじゃないか」
割の良い出稼ぎの話があるからと屋敷に出向いたのは一人や二人ではない。そして入った人間は多くても、誰一人として帰って来る事はなかった。
死体に残された傷跡からすると、犯人であるマスカレイドは鞭を武器として使っているようだ。一撃で致命傷にはならないが、それも何度か当たれば確実に体力を奪っていくだろう。
主人は常に数人のマスカレイドを従えており、それぞれが剣を持って武装している。
「最後に俺から一つ。今回のマスカレイドは社会的な地位があるからな。無事に倒したら、スマートに屋敷から脱出してくれ。でないと俺たちが捕まっちまう」
集まった一人一人の顔を見ながら、リーは注意を呼びかける。
「これ以上犠牲者を出さないためにも、今こそエンドブレイカーの力が必要なんだ! それじゃ、十分気をつけてくれ!」
●マスターより初めまして、Ravenと申します。マスターとして皆様と一緒にエンドブレイカーの世界を盛り上げて行けたらと思っておりますので、これからどうぞ宜しくお願いします。 戦闘時には剣を持った人型の雑魚マスカレイドが3体出現。 主人は強靭な両腕で鞭を使って攻撃してきます。 出入り口は、正面と裏口の二つ。まだ生きている人々(犠牲者の妻を含む)は屋敷の一室に捕らえられています。 |
<参加キャラクターリスト>
● 剣のスカイランナー・レイル(c00075)
● 剣の群竜士・リエナ(c00273)
● 杖の星霊術士・ロア(c00645)
● 竪琴の魔法剣士・リーシャ(c01056)
● 杖のデモニスタ・ボロン(c01219)
● 暗殺シューズの星霊術士・エミリオ(c02422)
● エアシューズのスカイランナー・ルカ(c03125)
● トンファーの群竜士・リリュウ(c04211)
<プレイング>
● 杖の星霊術士・カタリナ(c00034)
【潜入】
潜入グループの一人として潜入するわ。他の皆と共に、夕刻ごろ、裏口から屋敷に潜入する予定よ。
【下調べ】
屋敷に潜入する直前に、屋敷の周囲や正面、裏口など事細かく調べておくわね。潜入後も、調べられれば囚われている人の閉じ込められている部屋などを調べるつもりよ。
【戦闘】
囮班の5人と合流したら戦闘開始よ。主に【マジックミサイル】を使って遠距離から攻撃を仕掛けるつもり。誰かが一撃で倒されるというところなら【星霊スピカ】での回復を行うつもりだけど、そうならない限りは行わないわ。可能な限り攻撃を続けるつもりよ。まずは雑魚から片付けていくつもり。雑魚を全て倒し終えたら主人との戦いに行くわね。
【脱出・人質の扱い】
全てのマスカレイドを倒し終えたら裏口からすみやかに脱出よ。人質に危害が加えられていない場合は人質は無視するつもり。危害が加えられそうな場合はそのマスカレイドを狙うことをやってみるわ。
● 剣のスカイランナー・レイル(c00075)
【心情】「絶対に許せん…必ず壊してやる…」
【準備】昼間だと目立つ可能性があるので、夕刻〜夜に作戦を実行する。また夕刻の内に撤退できるように努める。屋敷周辺の下調べを行う。出入り口のチェック等。あまり目立たないようにする。囮組みと潜入組みに分かれる。自分は潜入組みに回る。役割は囚われている人達の場所を確認、その後囮組みが先にマスタレイドと接触しているので、合流し戦闘に入る。感情は囮組みと潜入組み毎で活性化し、連携を図れるようにする。
【戦闘】下っ端から攻撃して行く。逃げられないように最深の注意を払いながら戦闘を行う。近接でバンバンアビリティを使って積極的に攻撃を行う。GUTSの残り値には注意する。
【戦闘後】「これで…奥さんだけは救えたのか…」囚われた人達は救出せずに速やかに裏口から退散。まとめてでは無くバラバラに。
● 剣の群竜士・リエナ(c00273)
◆事前
夕刻前に全員で目立たないように屋敷周辺の下調べ
(裏口の位置や周囲のひとけ、見張り役の有無)
◆行動
潜入組:
囮組が訪問した後、裏口から潜入
調べる場所は捕らえられている部屋。
部屋の特定をするだけで、
捕われている人は開放しない。
◆分担(潜入組)
カタリナ、ロア、レイル、ボロン、私
◆戦闘
主人が雑魚を盾にして逃げないように
私が引き付ける
攻撃を受ける時は自分の急所(心臓、頭)のみ
当たらないようにして戦う。
フェイントに蹴りを多用する。
隙が出来ればなるべく急所を狙って剣で切る
「・・・あなたには怨みはないけど、私は悲しいエンディングは見たくない・・・ただそれだけ・・・」
主人撃破後、まだ雑魚がいるようなら
剣は右手のほうだけの一刀流から二刀流にし、
すばやく終わらせる
◆事後
気づかれない程度に1階の窓から逃走。
その後、酒場で合流。
そしていつものように寝る
◆呼称・口調
名前呼び捨て・ほとんど無口
● 杖の星霊術士・ロア(c00645)
■流れ
皆で話し合った作戦通りに行動するの。
夕方になって【囮側】が館に入ったら、わたしは【進入側】で潜入。
屋敷内の、特に人の捕らえられてる部屋を調べなくっちゃだわ。
逃げる時の為に窓や裏口の場所も覚えながら進むけれど、何より見つからないように注意。
曲がり角を曲がる時や扉を開ける時は慎重にならないとね。
あ、でも囮役だって心配だもの、主人と囮役の所へはできるだけ急いで行くわ。
合流次第に戦闘開始の予定ね。
倒したらもちろん、すぐ逃げるのよ!
皆バラバラに逃げるつもりなの。
わたしは一階の窓から逃げるつもりでいるけれど、裏口が近ければそこから逃げるかな。
■戦闘
敵を逃がさないよう注意、戦闘場所の出入口や窓を塞ぐ位置に意識して立つ。
仲間が大きな怪我をした場合は星霊スピカで回復、
基本的にはマジックミサイルで雑魚優先に攻撃。
戦闘終了後に怪我をしたままの仲間がいた場合は、
逃げられるよう回復をしてから逃走する。
● 竪琴の魔法剣士・リーシャ(c01056)
囮役としてエミリオさん達と潜入する。
採用試験の際は病気の妹の手術代を稼ぐため竪琴を演奏しながら旅をしていたがこちらで仕事をしたくなったという。
戦闘の際は基本ディスコードで戦うが、場合によっては残映剣で応戦する。雑魚を相手にしている間に主人が逃走する可能性があるので入り口や窓を封鎖しつつ戦う。ディスコードで主人をメインに攻撃していく。
敵を倒したら囚われている人たちはそのままにして速やかに屋敷の裏口から脱出する。酒場で皆と合流する。
● 杖のデモニスタ・ボロン(c01219)
・事前
屋敷に入る前の日中に、周辺調査をしよう。調査項目は、正面口と裏口の確認、屋敷の規模から潜入調査に要する時間の確認、囚われの人々が閉じ込められた部屋の特定だな。
近寄り過ぎると疑われそうなので、なるべく遠目からの確認に留めるよ。確認後は、潜入役と相談しようか。
・役割
夕刻過ぎに、俺は囮役として正面から屋敷に入るよ。
他の皆と一緒に行くので、俺だけが危険な目に遭う事はあるまい。
名目は「私は旅の者。この町に滞在するにあたって先立つ物が必要なので、この屋敷の稼ぎ話に乗る事にしたのです」そんなところだろう。
相手が牙をむくまで敵対はしない。出来れば潜入役が合流するまでは戦いたくないんだが。
・戦闘
まず、雑魚マスカレイドから倒そうか。他の人が攻撃している者へダメージが集中するように攻撃しよう。
主人のムチ攻撃は要注意だったね。怪しげな行動に出ないよう警戒しておくよ。いざと言う時は攻撃するつもりだ。
● 暗殺シューズの星霊術士・エミリオ(c02422)
【口調】
一人称ゎ僕。
二人称ゎさん付け。
基本的にですます調。
【心情】
僕達にしか出来ない事だから頑張って行こうね。
【準備】
昼間に屋敷周辺の地理や出入口の位置、周囲の状況等を下調べしておく。
【作戦】
夕方以降に作戦開始。
入口から仕事探しに来た名目で入る『囮組』。
裏口から潜入する『潜入組』。
僕は囮組。
言い訳は『母がもうすぐ赤ちゃんを産むみたいだから、当分仕事出来ないので僕が手伝う事にしました。収入がいいと聞いたので、此方に来ました。』という感じ。
緊張した調子で、ゆっくりと理由を話す。
怪しまれない程度に室内への出入りが出来そうな扉や窓等を把握。
【戦闘】
敵の逃走防止の為、出入り出来そうな場所を背にし、突破されない様にしつつ、戦う。
遠距離攻撃組が一斉に雑魚1匹を集中して撃破。
敵に陣形を立て直される前に、仲間の数人が商人に接近。
僕は商人を集中的に狙う。
回復は仲間任せ。
【脱出】
各自バラバラに夜闇に乗じて脱出。
● エアシューズのスカイランナー・ルカ(c03125)
【潜入】
作戦開始は夕方以降。オレは囮組として正面からみんなと屋敷に入る。
一緒に囮として入る人たちの後ろでちょっとおどおどした感じでいる。
もし万が一来た理由を聞かれたら「お母さんが病気で、その薬代のために来ました」「なんでもしますのでお願いですから雇ってください」とでも返しておく。
あとは潜入班が来るまで時間を稼ぐ。
【戦闘】
自分の前にいる雑魚マスカレイドにダッシュで接近し、スカイキャリバーで攻撃。
飛んだとき、天井を使って加速できるならそうする。できなければ普通に。
倒した後は遠距離からソニックウェーブで援護。
【逃亡】
作戦終了後は速やかに撤収。
戦闘した部屋の窓、そこに窓がなければそこから一番近くの窓から逃亡。
もしそこが2階以上であれば、壁のでこぼこなどを上手く使い、地面への着地は衝撃を緩和するために転がる。
あとは物陰に隠れたりスカイランナーしか通れないような道を全力疾走すし、酒場へ急ぐ。
● トンファーの群竜士・リリュウ(c04211)
昼間に怪しまれぬよう屋敷を下調べする
夕頃、此方は仲間と合流、囮役として正面から
此方は腕にすぐ解けるよう包帯を巻き「元は冒険商故に手近なモノがこれだった。愛着もあるのでコレで代用している」とトンファーを添え木代わりとして持ち込む
冒険商であったが怪我で外に出れず、繋ぎの仕事が欲しいと相談を持ち掛けつつ、その怪我をした出来事やそれらしい冒険譚を語って潜入役との合流まで主人を引き止める
戦闘では雑魚を先に相手にするが、主人の逃走を視野に入れる
GUTSの高さを活かす
いつでもリエナの抑えを支援できる位置に挟まる
竜撃拳の竜呼吸で鞭・剣のマヒに備えられる
またブレイクの影響もない
それ以外は前衛として、時に他の者の壁になろう
脱出時囚われの人物は置いていき、裏口から出、怪しげのないよう堂々と…しかし姿を暗がりに紛れさせて去る
その後、すぐ足の付かない第三者を通じて通報…彼等が屋敷から早期に救出されるように気を配る
<リプレイ>
●宵闇に紛れて人々が夕食の支度を始める頃、エンドブレイカーたちは例の屋敷を訪れた。
屋敷は大きな割にはひっそりとしていて静か過ぎるくらいだ。それでも扉を叩くとすぐに従者が出て来て、出稼ぎの事でと告げると屋敷の一室へ通された。
「私は旅の者。この町に滞在するにあたって先立つ物が必要なので、この屋敷の稼ぎ話に乗る事にしたのです」
「母がもうすぐ赤ちゃんを産むみたいだから、当分仕事出来ないので僕が手伝う事にしました。収入がいいと聞いたので」
あらかじめ用意しておいた台詞を杖のデモニスタ・ボロン(c01219)が淀みなく口にすると、隣にいた暗殺シューズの星霊術士・エミリオ(c02422) が緊張した様子でそれに続く。ボロンは幼い頃から放浪生活を送っていただけあって、さまざまな人間と出会った経験がある。初対面との人間にも上手く接する事が出来た。
「お母さんが病気で、その薬代のために来ました」
「まだ遊び盛りだというのに大したものだ。そして、あなたは?」
エアシューズのスカイランナー・ルカ(c03125) の答えにうなずき、案内役の従者は竪琴の魔法剣士・リーシャ(c01056)に話を聞いた。
「なるほど、妹さんの手術とは大変でしょう。……分かりました。雇い入れる方には主人と直接面談して頂く事になっておりますので、此方へどうぞ」
「あの、リエナさん。ちょっと眠そうだけど、大丈夫?」
「……ん、平気」
一方その頃。杖の星霊術士・カタリナ(c00034)たちはボロンたちと離れ、別行動をとっていた。 同じ班である剣の群竜士・リエナ(c00273)にそっと小声で話しかけてみる。恐らくこの先戦いが待ち受けているのに、リエナには緊張感ではなく眠気が勝っているように見えた。
「見つからないようにしなくちゃ」
二人の会話を耳にしたのか、杖の星霊術士・ロア(c00645)も頷く。逃げられそうな場所を探すが、窓や扉はどれも内側から自由に開けられるようで特に問題はないようだ。
「夕刻の内に終わらせられるといいが」
窓の外では薄闇が忍び寄り、少しずつ辺りは暗くなってきた。なるべくなら夜になる前に終わらせたいと剣のスカイランナー・レイル(c00075)は内心思うが、それは難しいかもしれない。
しばらく屋敷の中を歩き回っていると、まだ生きている人々が囚われている部屋を見つける事が出来た。今は此処で解放するのはとても簡単だが、騒ぎになってしまえば事件の犯人である主人を取り逃がしてしまうかもしれない。他に変わった情報も得られず、レイルたちは部屋の位置の確認を済ませると、他のメンバーと合流するために移動し始めた。
●警鐘
「元は冒険商故に手近なモノがこれだった。愛着もあるのでコレで代用している」
ゆったりとしたソファーに腰掛け、トンファーの群竜士・リリュウ(c04211)たちは主人と一見和やかな雰囲気で話をしていた。
「ふむ、……しかしこれから働こうという時にそんな怪我をしていて大丈夫なのかね」
リリュウが添え木代わりに持ち込んだトンファーを気にすることもなく、主人は椅子の肘掛けに腕を乗せてりんびりと訊ねる。全員が合流するまで時間を稼がなくてはならないと、冒険商として体験した事やどうしてこんな怪我をしたのかと、面白おかしく装飾をつけて語った。本当かどうかも分からない冒険譚を主人は気に入り、微笑しながらしばらく耳を傾けていたが、いくつか話を聞いたところで飽き始めた。
合流するまでの時間はほんの少し足りなかったようだ。
「面白い話を聞かせてもらったね。感謝しよう。それじゃ、私はそろそろ失礼……」
主人が言い終わらぬ内に扉が開かれ、隣の部屋から一人の血塗れの男が転がり込んで来た。十分に食事を与えられていないのだろうか。身体は痩せて目には力がない。ぼろぼろの衣服が辛うじて肌を隠しており、首には犬や猫につけるような皮製の首輪がつけられている。鈍い銀色の鎖が首輪から垂れて、男が動く度にじゃらりと床を打つ。主人の足元にすがり、怒りとも恨みともつかぬ言葉をぶつけ始めた。
「あぁ、私の玩具が箱から出てきてしまったようだ。申し訳ない。すぐに片付けよう」
腰から細身のナイフを抜き取ると、主人は何のためらいもなく男の胸に刃を突き立てる。あっという間の出来事、リーシャたちは止める事も出来ずに呆然とした。
「……そうやって、罪も無い人たちを弄んだのですか」
沈黙を破りボロンが静かな声で言うと主人は男からナイフを抜き取り、芝居がかった仕草で肩をすくめる。
床に倒れた男は、もう動かない。胸から流れ出た血がゆっくりと広がって、淡い色の敷物を鮮やかな赤に染め変えた。
「君は面白い事を言う。罪を犯さぬ人間など本当にいるだろうか。あぁ、いや。実のところその答えなど私にとってはどうでも良いのだ。私は……」
仮面の男は笑う。低く、そして高く。
「――殺したくてたまらない。ただそれだけなのだから」
主人の手から滑り落ちたナイフは、床に落ちて小さな音を響かせた。
まるでそれが合図だったかのように、場の空気は張り詰めたものに変わる。もはや戦いは避けられない。どこからともなく現れたマスカレイドを従え、主人はエンドブレイカーたちと対峙した。
「黒き炎にその身を焦がせ!」
力のこもった言葉と共にボロンの放った炎がマスカレイドを焼く。主人につき従っていた一人は苦痛に低くうめくが、まだ倒れはしない。
ほぼ半数の人数を潜入組に裂いているため、合流するまではどうしても苦戦を強いられてしまう。少しずつ、だが確実にマスカレイドたちに追い詰められていた。竪琴を操り不協和音を奏でては敵を追い詰めていたリーシャだったが、主人の繰り出す鞭の一撃を受けてしまった。鋭い痛みがリーシャを襲う。
「己の欲のために命をもてあそび、光ある未来を奪ったのか。帰らぬ人を想って泣く誰かの存在など、考えもせずに。そんな事、許されるはずがない……ッ」
青き瞳に赤い怒りをにじませ、リーシャは拳を握りしめる。ふと顔を上げると、殺された男の死体が目に入った。無念だっただろう、やりきれなかっただろう。しかしどれだけ涙を流して嘆いても、死んだ者が生き返る事はない。この光景は、間違いなく現実だ。なら、やるしかない。
「心配無用です、無事に倒せますよ」
再び立ち上がったリーシャを振り返り、ボロンが力強く励ます。
「ごめんなさい、ちょっと遅れました!」
屋敷を調査していたカタリナたちがちょうどその時、部屋にたどり着いた。
「大丈夫よ。皆、一緒に帰るんだから。ちょっと待って。今、回復を……!」
ロアは回復のために星霊スピカを召喚する。淡い光が重力を感じさせない動きでふわりと飛んでいき、星霊がリーシャの傷を優しく癒した。完全には癒しきれなかったが、戦うには十分だろう。
騒がしい室内で敵を目の前にしながら、リリュウは目を閉じ息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。身体を流れる竜を十分に感じ、つま先から指の先まで行き渡らせる。寄せては返す心の波が次第に凪いでいった。敵を倒す。心にあるのはそれだけだ。余計な雑念は捨て去り、マスカレイドの腹部に思い切り突きを叩き込む。重なるダメージに耐え切れなくなったマスカレイドは膝からがくりと崩れ、死体も残さず消え失せた。
●仮面の男
部屋に残る敵は、主人と従者の二人だけになった。
「……あなたには怨みはないけど、私は悲しいエンディングは見たくない……ただそれだけ……」
室内はぴんと張った糸のような緊迫感があったが、リエナのまとう空気はそれとは少し違うものだった。同じ時間が流れているというのに、いつもと同じような調子だった。けれどやはり両目には研ぎ澄まされた鋭い光を宿し、逆手に持った剣を振るう。
「逃がしはしないよ!」
エミリオは部屋の扉近くに立ち、敵の逃走を警戒していた。見るとロアやリーシャも同じように警戒しているようだった。三人は窓の近くから離れないようにしているが、幸い敵に逃げ出す意思はないようだ。
「絶対に許せん……必ず壊してやる……」
悲しいエンディングは壊さなければならない。レイルはエンドブレイカーとして決意を込め、口の中で呟くとすっと剣を構えた。鍛錬の結果を発揮するのは今だ。素早く縦に剣を振るい、間髪入れずに横に大きく薙ぐ。ぐらりと揺らいだマスカレイドに、カタリナがとどめの一撃を放った。
「天に代わってお仕置きよ」
そして残るは、主人ひとり。
「終焉を終焉させる為に――」
どんな敵でも、絶え間ない攻撃を永遠に受け続ける事など出来はしない。疲労と苦痛の色を濃くしていく主人に対し、エミリオは呟く。あるいは独り言であったのかもしれない。どちらにしろ、この惨劇を終わらせなければならないという想いがあるのは間違いない。
「幼子よ、私を倒そうというのか。その小さな身体で」
傷付いた身体を片腕で庇いながら、主人は仮面の下で不敵に笑む。仕立ての良い服はところどころ破れて裂け、胸には十字の形をした大きな傷が血を流し、濡れた布地が赤黒く変色している。
「覚悟っ!」
他のメンバーから比べれば確かに、生きた時間は少なく世界を知らないかもしれない。けれど、立派なエンドブレイカーなのだ。エミリオは戸惑う事なく、床を蹴って走り出し主人に蹴りを繰り出す。その軌跡から放たれた衝撃波が、主人に致命的な痛手を与えた。
「まだ……まだ死んではおらぬ! この快楽を手放すなど出来るものか。生き続ける限り、私は全てを傷つけ全てを殺そう……!」
元は綺麗に梳かれ整えられていた髪も、今は埃や血に汚れている。髪を大きく振り乱すと室内に響き渡る大声で主人は叫んだ。
――トントン、と場に不似合いな軽快な靴音が突然響く。
それはとても楽しげであり、今から鬼ごっこでも始めそうな、そんな感じさえあった。
風のように軽く駆け出したルカの身体は、エミリオの横を縫うように通り抜けて襲いかかる。しなやかな肢体を存分に使って高く飛び上がり、空気を切り裂くような短い音をさせて、主人の頭上からエアシューズを振り下ろす。ずっと顔を覆い隠していた主人の仮面に小さなひびか入り、やがて硝子のように粉々に砕け散った。
「地獄で反省しろよ」
ルカの一言さえ、仮面の男には届いていないだろう。
最後の瞬間。ルカを見た主人は相も変わらず薄笑いを浮かべていたが、その素顔はどこか穏やかで満足げにも見えた。
●帰還
「感傷に浸っている時ではありません。逃げますよ」
きらきらと輝きながら仮面の破片は溶けるように消え、主人の死体だけが残された。これで終わったのだという達成感に包まれていた一行だが、ボロンの声ではっと我に返る。こうしてはいられない。騒ぎを聞きつけて人がやって来れば、捕まえられるのは自分たちの方だ。顔を見合わせてお互いの無事を確かめると、急いで離れるべく動き出した。
「風のようにさっさと逃げるんだぜ!」
外へ続く窓を開き、ルカは颯爽と外へ飛び出す。一階にあるこの部屋から逃げ出すのは難しくない。軽業を得意するスカイランナーならば尚更だ。戦いを終えた身体は確かに疲れていたが、生気に満ち溢れた金色の瞳は少しも曇ってはいなかった。
「……」
囚われた人々は気にかかるが、今はとにかく逃げなければならない。そうは分かっていても、リリュウは振り返りしばしの間沈黙する。自分ができないのなら、他人の力を借りるしかない。彼らがなるべく早く救出されるようにと心に留め、裏口を選んで屋敷から脱出した。
「これで……奥さんだけは救えたのか……」
元凶を倒した今、恐らく屋敷の中にいる人々は救えたはずだ。安堵のため息をつくと、レイルは剣を握りしめていた手をゆっくりと開いて視線を落とす。今までに積み重ねてきた経験に、また一つ新しいものが増えた。これからも剣を振るい前へ進むために、この記憶はきっと役立ってくれるに違いない。軽く拳を握ると、裏口へと急いで向かった。
「っ……、いた……」
他のメンバーが脱出するのを見送り、ロアも窓枠に手をかけて乗り越えようとするが、首の後ろに痛みを感じ手を伸ばす。先程の戦いで怪我でもしてしまっただろうか。しかし手は滑らかな肌に触れるだけで、傷口も血もない。ロアは思い出す。自分がいかにしてエンドブレイカーの力を手に入れたのか、スカードと呼ばれるその起源を。癒える事のない傷はこの先もこうやって痛むのだろう。そしてその度、思い出すに違いない。寂しげな顔で微笑むと長い髪をなびかせ、ロアは屋敷を後にした。