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マスカレイドは血に濡れて

エアシューズのスカイランナー・ジェシカ

<マスカレイドは血に濡れて>

■担当マスター:物集一葉


「いつまで逃げるの」
 と、震える声で女が言った。
「さあ、どうだろう」
 花を飾る手を休めずに。クツクツと、冷たく渇いた声で、男が笑う。
 そこは、安宿の2階。暗い室内を古びたランプが仄かに照らす、粗末なベッドとテーブルがあるだけの寒々とした部屋だった。
 ただ、通りに面している、部屋に1つだけの窓。その窓辺いっぱいに飾られた水仙の花が一種異様な雰囲気を作り出している。
「ねえ、フランツ。こんな生活を続けていたって、いつか必ず捕まるわ」
「捕まりやしないよ。追っ手が来たら、全部、殺せばいい――お前の亭主みたいに」
 ほらまた、そんな簡単に、恐ろしい事を言う。
 青ざめた女が身震いするのを強引に引き寄せて、男は冷えた体を乱暴に抱き締めた。
「どうしたんだよ、アルマ。元はと言えばあの男が悪いんだ。だから殺してやったんだ。しかし惜しかったなぁ。もっと苦しむように、じっくりやれば良かった。まあでも、おかげでこうして一緒にいられる。なあ、アルマ。何が気に入らないって言うんだ。ああ、そうか」
 引き攣った笑い声を立てながら、異常に興奮した様子で話していた男が、不意に態度を一変させた。穏やかな声音で、優しく女の髪を撫ぜては指で梳く。
「退屈させたかい? でも、君は水仙が好きだったろう。俺の花壇をいつも褒めてくれた」
 かつて男は庭師であった。年の離れた夫の暴力に耐えるアルマに同情して、毎日のように花を届けてくれた。そう、あの日までは、優しい人だったのに……。
「ほらまた、そんな暗い顔をして。そうだ、ここに生首を飾ろうか。日も落ちたし、ちょっと出掛けて刈り取って来るのも楽しそうだ。けれど……なあ、アルマ、愛しているよ。君の血はさぞ綺麗だろうね」
(「ああ、私は怖い。この男が、心底恐ろしい。……夫を殺したように、いつか彼は私の首を刎ねてしまうのだろう」)
 びゅうびゅうと風の鳴く夜。安宿の一室に身を潜める逃亡者は二人。男は血の欲望に浸り、女は絶望に震えていた。


「――で、その男、フランツが実は、マスカレイドなんだ」
 そこで一旦言葉を切ると、エアシューズのスカイランナー・ジェシカは、集った面々の顔をぐるりと視線で一巡した。
 ある町で、貴族の男が惨殺された。犯人は被害者の屋敷に雇われていた住み込みの庭師だった。殺害方法が『生きたまま首を切り離す』という残酷非道な殺り口な上に、被害者の妻と犯人が実は不倫関係で、手に手を取って一緒に逃げたという。ちょっとした話題になった事件だ。
 『頼みたい仕事がある』と呼び出された先でジェシカが語ったのは、その逃げた二人の最近の様子と、猟奇殺人事件の真相とも言える、驚くべき事実であった。言葉の意味が全員に浸透したのを見計らって、ジェシカは話を続ける。
「で、だ。まあ、色々あって、偶然にもオレは犯人の居場所を掴んだわけだ。……マスカレイドの退治、引き受けてもらえねぇか」
 目線は鋭く、周囲を警戒してか、声を潜めて。
「気をつけろよ。マスカレイドは化け物みたいな力を使うんだ。普段のフランツは整った顔立ちをした優男だが、戦いになって仮面が現れると、一気に豹変しちまうぜ」
 腕に覚えがある者が数人掛かりで戦いを挑んで、ようやく互角に持ち込めるほどの強敵なのだと、ジェシカは真剣に言う。
「危険な相手だが……マスカレイドの討伐は、みんなにしか頼めねぇんだ」
 フランツを倒すだけでは意味がない。マスカレイド本体を倒さなければ、また同じような事件が繰り返されるだけだ。マスカレイドを本当の意味で滅ぼせる存在は、エンドブレイカー達だけなのだ。
「悔しいけど、マスカレイドになっちまったヤツは救えない。オレ達に出来るのは、もうこれ以上、罪の無い人間を殺させない事だけだ。――頼む、力を貸してくれ。例え、マスカレイドとの実戦は初めてだったとしても、みんなが力を合わせたら絶対に勝てるって、オレは信じてるぜ!」
 そこで、はっと気付いたように。
「そうだ、討伐は人目につかないようにやってくれよ。で、マスカレイドを倒せたら、さっさとその場を離れるんだぜ。――何でって、マスカレイドが消えても死体は残るじゃねぇか。ヘタをすると今度はみんなが殺人犯だって思われちまうぜ!」
 都市の人間は、マスカレイドの力を使って犯行を行っていたことは判らないだろう。
 ともかく、討伐は出来うる限り秘密裏に、そしてマスカレイドを倒したら早々にその場を立ち去るのが最善だろうと、ジェシカは強調した。
「なるべく目撃者を出さない為には、潜伏してる部屋に強襲するのが妥当かもな。戦闘が有利になるように囲んでから踏み込むとか、何か工夫するといいかも知れない。アルマが一緒にいる間は逃げる心配はないから、そこは安心していいと思う。……アルマが生きてる間は、な。オレの知っている情報はこれで全部だ。じゃ、後は頼んだぜ!」

●マスターより

初めまして。シナリオに目を通して下さいましてありがとうございます。
物集一葉と申します。
皆様に楽しんで頂けるシナリオを運営していけるマスターになれるよう、頑張って参りたいと思っております。どうぞ、よろしくお願い致します。

<シナリオ補足>
今回の成功条件は『マスカレイドの討伐』です。
潜伏先の場所はジェシカが教えてくれるので、探す必要はありません。次の犠牲者が出る前に倒して下さい。
【マスカレイドについて】
●フランツ
体格は2メートルを越える筋骨逞しい巨漢となり、鋼の茨が全身を覆って、強固な鎧代わりになります。
両腕がそれぞれ、巨大なハサミ(園芸用の鋏に近い形状)に変化して武器となります。
●配下マスカレイド
戦闘になると、どこからともなく現れ、援護をします。
フランツが召喚するのは3体の配下マスカレイド(人型)で、全員が等しく仮面を被り、黒い服を着て、長剣で武装しています。
【その他】
やや戦闘寄りのシナリオですが、宜しければ依頼への意気込みや心情なども教えて下さい。お気持ちの一端が少しでも解るものなら、執筆の一助とさせて頂きます。
それでは皆様のご参加とプレイングを心よりお待ちしております。


<参加キャラクターリスト>


<プレイング>

プレイングは1週間だけ公開されます。

● アイスレイピアの魔法剣士・ラズネル(c00050)
■作戦方針
扉側・窓側から夜中に突入
配下を含む全員を倒す

■準備
目立たない服装
武器・顔を布で隠す

潜伏先の外、目立たない影等で待機
先行した人から内部の状況が書かれた手紙が来たら受け取り
内部の状態を把握する

■突入
ポリオーマの部屋から2階へ手引きをしてもらい
その部屋の窓から窓へ移動

軒や縁など、足場に出来そうな部分がある場合はそれを利用
無い場合は敵の窓の淵などにフック付きのロープを掛けて渡り
窓際で待機

扉側の突入に合わせて突入

■戦闘
配下の撃破を優先
配下撃破後はフランツへ

もし窓際にフランツがいる場合は作戦を一部変更し
フランツへ奇襲を掛ける

奇襲には氷結剣を使用
BSの有無に関わらず一撃を与えた後は
当初の予定通り配下へ標的を変更

戦闘方法は全敵共通
位置は前衛
まずは氷結剣を使用する
BS付与後は残像剣を使う

プラスワンが出た場合は
ダメージを受けている配下を優先し
敵の数を素早く減らすことを心がける

戦闘後は現場から速やかに逃走

● 剣の魔法剣士・ポリオーマ(c00762)
【準備】
目立つ色のマントを羽織る
フードを目深に被り顔を見せない
求められれば見せる
武器と長めのロープを目立たぬよう携行
宿入り前に逃走経路を確認

【宿】
偽名・偽住所を使用
通りに面した2階の部屋を確保
良い部屋が無ければ袖の下を使って交渉
暫く窓辺に腰掛け確保した部屋を外に知らせる
機を見て手紙を外に落とし宿の構造・間取り・宿泊状況・勤務体制を仲間に知らせる

【夜間】
部屋から通り及び宿内を警戒・監視し機を見て侵入の合図
窓からロープを垂らして侵入を手引き
ロープは脱出時にも使えるよう準備

【不測事態】
突入前にアルマに危機を認めた場合
大声で味方に伝えると共に突入
持ち得る力の全てを使いアルマを護る

【戦闘】
当初配下を担当

初撃は急襲的に十字剣
残像剣を多用した戦闘

味方と協力し配下を撃破
爾後フランツ組を支援
的を絞らせない

【離脱】
手頃な体格をした配下の遺体にマントを被せておく
既に自分が顔を見られている場合は遺体の顔を潰す

● 扇のデモニスタ・リンナ(c00977)
【心情】
壊れたモノが欲しいなら止めないけど、
人様のモノを壊すのは良くないわ、生命も、亡骸も。
アルマはまだ生きている、奪われてはいないから、助けたい。

【準備】
ノアリィさんの部屋へロープで、窓から宿に侵入。
闇色のマントを被り、銀の髪は纏めて被ったフードに隠しておきます。
武器(扇)は外には見えない様に袖の中で持って行動します。

【戦闘】
アルマ、ジェーンの後ろからフランツを攻撃。
デモンフレイムを主に使用。
配下との戦闘組が危ない場合はプラスワンの効果を狙って流水演舞に変更。
プラスが出た場合、配下を標的に含めます。

主に戦闘はフォローで、少し下がった所から全体に気を配りたいです。
相手は4体、動きによっては翻弄されてしまいますからね。
…後は、アルマがフランツに殺されたりしない様に。

討伐後は速やかにその場から撤収。
出来る限り姿は見せない様に。

【後処理】
アルマはその場に放置。
自警団さんに保護してもらいましょう。

● 大鎌のデモニスタ・アルマ(c01016)
・作戦
決行は夜。
フードにて顔を隠しておき武器はローブの中に。
前もって宿に潜入していた方々の合図を受け宿に入り部屋へと向かう。
もし宿屋の人に声を掛けられてしまったら「宿泊している賞金稼ぎ仲間に会いに来た。話だけしたらすぐ出ていくよ。」と言いそのまま進んでいく。

合流し準備が出来たら合図と共にフランツのいる部屋へとドアより突入。
アルマが近くにいないようならフランツに対しデモンフレイムで先制攻撃を与える。

・戦闘
アルマの保護を優先し彼女を巻き込まないよう攻撃は慎重に行う。
保護確認後から遠慮なくバンバン攻撃していきます。

後衛の離れた場所よりデモンフレイムにてフランツを狙う。
基本的に狙う部位は胴体ですが、狙えるようなら腕や武器を狙います。

もし配下マスカレイドなどに接近された場合は大鎌の黒旋風にて対応。
大鎌で薙ぎ払う。
もし防御が必要な場合は大鎌で防御します。

・戦闘後
アルマをその場に残し即撤退

● 扇の群竜士・クルイ(c02015)
【準備】
もし出来そうならば宿のチェック(主に戦闘終了後の逃走経路のチェック)等がしたい
(少しでも怪しまれる危険等があるならば却下)
フードを被り顔を見せない
武器を目立たぬよう携帯


【宿】
通りに面した2階の部屋を仲間に確保してもらう


【夜間】
仲間の用意したロープを使い窓から侵入

【戦闘】
配下を担当

基本は後衛からの遠距離攻撃
近寄られた場合は近距離攻撃に変更

基本ダメージが低いのでどちらかと言えば時間稼ぎをする予定
アルマや彼女を護る味方に敵が向かったなら優先して攻撃
その次にはダメージを受け傷ついている敵を優先して撃破
(味方への援護等>敵の撃破)
配下を倒せたならば対フランツ組を支援


【離脱】
顔を隠し素早く逃走する

【最後】
「……やりすぎたんだよ、あんたは……」
などと呟き空に浮かぶ月を見上げます。

【口調】
仲間は呼び捨て
通常会話時には言葉の最初と最後に・・・が付く
戦闘中は普段と口調、言動が違います
(純粋な戦闘狂です)

● 竪琴の魔曲使い・ノアリィ(c03173)
ロープや変装用の衣装を用意しておきます。
事前に通りから宿の窓の花を探し、目標の部屋を確かめます。
厚化粧と体の線を隠す衣装で扮装し、偽名で件の宿に部屋を取ります。
鬱陶しいから、という理由で、通りに面しておらず窓が人目につきにくい位置の部屋を希望します。
昼間に逃走経路を確認。外の仲間と情報交換や打ち合わせをしておきます。
夜になったら人目や音に注意しながら仲間を宿内に誘い込みます。武器は預けておいてその時受け取ります。
深夜にフランツの部屋を強襲します。
突入後は後衛として敵と味方前衛との間に位置。敵から10m以上離れます。
遠距離攻撃で牽制しつつアルマさんを確保、敵から攻撃されないように保護します。
まず配下から攻撃。仲間と攻撃対象を重ね早期に数を減らしていきます。
配下がいる間は誘惑魔曲で状態異常狙い、本体のみになったらディスコードで攻撃重視。
倒した後は窓からロープで降りて逃走。急いで町から離れます。

● 鞭の魔法剣士・アーバイン(c03784)
水仙の花言葉はうぬぼれ、自己愛、エゴイズム。彼は彼女の為にという自己陶酔の果てに闇に落ちたのかもしれない。せめて安らかに眠らせてやろう。

ポリオーマ(c00762)と同行し、フランツ達の隣の部屋にて待機する
鞭は袋に入れておく

待機中もしフランツが単独行動した場合、ひそかに尾行をする
殺人等しそうになった時のみ捕縛撃で攻撃をする。

夜、指示があり次第ノアリィ(c03173)が取った部屋へ静かに行き、フランツの部屋への突入の合図をする

私はドアから突入する
入ったらすぐにフランツとアルマの間に入り、2人を遠ざける
配下のマスカレイドに注意しつつ、それらから離れるように彼女を護衛
フランツからは常に塞がる様に立ち回りをする

ある程度安全が確保されたら配下のマスカレイドから捕縛撃で攻撃する
全滅したらフランツに

終わったらアルマには我々の事を口外しないように、フランツは暴漢に襲われ我々やアルマは逃げ出したのだと口裏を合わせてもらおう

● 大剣の城塞騎士・ノエル(c04432)
■目的
マスカレイドを倒しアルマを救出する

■用意
口元をマフラーで隠しフランツが泊まっている部屋の入り口から突入

■戦闘
・最初に<ワイルドスイング>でフランツを吹き飛ばしアルマから引き離す

・可能ならアルマを庇いつつ【盾】効果の期待できる<ディフェンスブレイド>で先の攻撃を捌きつつ<ワイルドスイング>を使用し配下から倒す

・配下が片付いたら、後方にアルマを任せフランツに取り掛かる

●対フランツ
鋏の攻撃に注意しつつ<ワイルドスイング><ディフェンスブレイド>で攻撃

「お前はただ彼女を自分のものにしたかっただけだ」
凛とした声で低くそう告げる

■事後
強盗の犯行に見せかけ、アルマを促し現場から立ち去る

アルマは安全なところまで送り届ける
「あなたはもう自由だ。これからは幸せなエンディングを自分の手で掴み取って欲しい」

● 暗殺シューズの群竜士・ジェーン(c05264)
【心情】
最悪のエンディングは叩きつぶす。
それで何もかもが良くなるとは思わないけれど、
痛みを抱えてでも生きていかなければならないから。

【準備】
闇の中で発見しにくい黒いマントを着用。
黒い布で顔を隠すように口元を覆う。
不測の事態に備え、宿屋の周囲を把握しておく。
ポリオーマさんの手紙にかかれた宿の構造、間取り
宿泊状況、勤務体制をしっかりと頭に入れておく。

【突入】
侵入の合図と周りの仲間の侵入開始を確認。
その後ロープで、ノアリィさんの部屋へ窓から宿内へ侵入。
仲間とタイミングを合わせてフランツの部屋へ突入。

【戦闘】
フランツを目標とする。

最初はダッシュ+竜撃拳をフランツに使用。
その後はアルマや後衛の仲間を庇うように立ち、
竜撃拳で対応。

フランツをその場に釘付けにし、
注意をひき続ける事に専念する。

【撤収】
速やかな撤収が行われるように、
仲間の撤収作業をサポートする。
人に目撃されないように気をつけて撤収。

<リプレイ>

●夜を待ちわびて
 粗末な家屋が雑然と建ち並ぶ一角にある古い安宿。その窓から舞い落ちた手紙に気付いたのは、アイスレイピアの魔法剣士・ラズネル(c00050)だけだった。
 暗色にくすむ冬の夕刻である。通りを行き交う人影はまばらで、彼が道端から紙片を拾い上げるのを、誰も気にも止めなかった。ラズネルが路地裏に身を寄せると、自然と仲間が集まって来る。
「首尾は上々です」
「標的と我々以外の泊り客無し。主人は老翁で1階奥にて就寝……」
 暗殺シューズの群竜士・ジェーン(c05264)が、渡された紙片の文字を低い声で読み上げた。その他、簡単な間取り等も記されている。情報の全てを頭の中に叩き込むと、扇のデモニスタ・リンナ(c00977)の掌で用済みの紙片が黒炎に包まれた。
「アルマ……出来ることなら無事に助けてあげたいものだ」
 同じ名の女性に妙な符合を覚えつつ、大鎌のデモニスタ・アルマ(c01016)が言う。どこか得体の知れぬ空気を纏う彼だが、言葉は本心のようだ。
 竪琴の魔曲使い・ノアリィ(c03173)は、物憂げな瞳で古宿の窓を見上げた。遠目からでも解る山と飾られた水仙の花。あの部屋にマスカレイドが居るのだ。
 その窓から1つ離れた窓辺に立つ人影――剣の魔法剣士・ポリオーマ(c00762)は、仲間達の姿を見送ってから、派手なマントを早々に脱ぎ捨てた。
「手紙は届きましたか」
 部屋の片隅から鞭の魔法剣士・アーバイン(c03784)が訊く。
「ええ、確かに。……隣に動きは無いようですね」
「このまま夜まで、何事も無ければ良いですが」
 手馴れた仕草で鞭を磨きながら、ふと、視線を窓へ投げて。
(「水仙の花言葉は自惚れ、自己愛、エゴイズム。彼は『彼女の為に』という自己陶酔の果てに、闇に落ちたのかも知れない……」)
 思考は誰に語る事無く胸の奥に沈めて。アーバインは愛用の鞭を眺めて息を吐く。
「願わくは……今宵の闇がより深くあるよう」
 夜を待つ。

●突入
 凍えそうな冷気が身を切る深夜。闇と静寂に沈む廊下に立った、大剣の城塞騎士・ノエル(c04432)はマフラーの下で深呼吸を繰り返した。ともすれば死の恐怖に竦みそうな己を心中で叱咤して。
「(大丈夫、きっと上手くやれる。もうあの時のようにはならない)」
 柄を握る指の震えはすぐに消えた。開いた双眸に強い光を宿して一歩を踏み出す。
 扉が剣の一撃に吹き飛び、7人は一気に室内へと雪崩れ込んだ。咽せ返る程の甘い花の香にリンナが紅玉の瞳を不快そうに眇める。仄かなランプの灯りでも窓辺に立つ人影は容易に判別がついた。青年――フランツは整った顔立ちに驚愕の表情を浮かべて此方を振り返った。
「何事だ、いったい……っ!?」
 言葉は硝子の割れる音に掻き消された。衝撃に四散した花を蹴散らして窓から侵入したのはラズネルと扇の群竜士・クルイ(c02015)だ。完全なる奇襲だった。ラズネルが躊躇わず一閃させた氷刃は的確にフランツの背を貫いていた。
「……人の幸福を脅かすあなたに、ハッピーエンドは無いと思って下さい」
「は、ははっ…… 面白い事を言うじゃないかぁああ! 」
 冷然と告げられた言葉に返し。歓喜にも似た表情で狂うたように笑う、笑う。異様な妖気が噴き出すのを感じて剣を引けば、膨れ上がった巨体を鋼の茨が覆い、両腕は大鋏へと変貌を遂げた。そして左胸に浮かぶ、白い仮面。
「マスカレイド……!」
「ひゃははっ! 良いねぇ、手下まで出て来やがった!」
 解いた髪を振り、別人のような表情でクルイが喜ぶ。
 まるで闇が凝結したかのように、忽然と3体の敵が増えたのだ。等しく同じ仮面を被る異形たちは言葉もなく、手にした長剣で襲い掛かって来た。水流纏うクルイの扇がヒラリと舞って、迸る奔流が敵を押し返す。
「邪魔をするならお仕置きが必要だな……」
「会場は狭いんだ、上手く踊ってくれよ」
 不機嫌そうに床を叩いたアーバインの鞭が空を切って強かに打ち据え、優雅に剣を構えたポリオーマの横薙ぎの剣技が闇を切り裂いた。

●マスカレイドに終焉を
 剣戟の音は闇を震わせ、鮮血が壁に散った。激闘の合間を縫って、ノアリィはベッドの上で身を竦ませる女性――アルマへと手を伸ばす。
「ここは危険よ。早く、こっちに!」
「……!」
 恐怖のあまり言葉を無くした女性は痩せ細った腕を伸ばし、必死にノアリィの手を取った。
「その女に触るなぁああああ!」
 その光景に、マスカレイドが激昂した。闇を鮮烈に照らして飛来する黒炎が幾度も体に弾けるのも構わずに、一直線にノアリィへ向かう。
 させまいと床を蹴ったジェーンの正拳突きが間を割って直撃した。反撃は痛烈な大鋏の一撃だ。肉を断つ音と共に脇腹が裂け、血飛沫が飛ぶ。
「……この痛みが、私を癒してくれるのです」
 しかし、彼女は痛みを堪え、戦いを楽しむかのように薄く微笑んだ。今や部屋に充満するのは生温い血の香りだけだ。
「おっと、ここから先には行かせないよ」
 ポリオーマが配下の進路を塞ぎ、鮮やかに駆け抜けたラズネルが氷刃を振るえば、敵の足元は白く凍って。
「今!」
 好機を逃さず闇に銀光が閃く。残像伴うポリオーマの華麗な剣技が一撃の元に斬り伏せたかと思うと、目視すら叶わぬ早業で引き戻した刃が、的確に仮面の中央を貫いていた。
 戦場に響き渡る竪琴の音。奏でる旋律に合わせて陽炎の如く揺らめくノアリィの魅惑的な歌声は、敵の動きを鈍らせ、切ないメロディが激痛となって体を蝕む。逃れるように移動した先、縦横に振った剣がクルイを真横から直撃した。鮮血を払って、振り向いた顔が壮絶に笑う。
「ってぇな……。これくらいで落ちるか、甘ぇんだよっ!」
 肘打ちで体勢を崩し、無造作に突き出した拳が仮面を粉砕した。
「ひゃははっ! 世の中生きるか死ぬかってなぁ?」
 その背後から襲いかかろうとした配下をノエルの大剣が薙ぎ払い、吹き飛んだ所にアーバインの鞭が巻き付いたかと思うと、猛烈な勢いで締め上げた。鈍い音と共に四肢が曲がり、ひび割れた仮面が四散する。
「畜生、畜生、邪魔しやがって! 俺がアイツの為に、どれだけ!」
「く……っ!」
 独りマスカレイドと対峙し続けたジェーンの首をとうとう、狂乱の大鋏が捉えた。ギリッと食い込む刃に斬り落とされるかと背筋が凍った刹那、アーバインの鞭が巻き付き、更に大剣の一突きが閉じかけた刃を阻む。藍の瞳が凛と見据えて。
「……お前はただ、彼女を自分のものにしたかっただけだ」
「違う!」
 マスカレイドが咆え、水平に薙ぎ払ったノエルの熾烈な一撃が、鋼の茨を抉った。
「燃えてしまえ」
 身の内より湧き出る力を炎に変えて。大鎌を掲げたアルマの指先を伝って躍り出た漆黒の炎が連続して爆ぜ、逆巻く炎が巨体を焦がす。
「……サヨナラ」
 もはや哀れむように、リンナの撃ち出したギガントフレイムが大鋏を吹き飛ばし、ふらりと傾いだ怪物をジェーンの『竜』纏う拳が叩き伏せた。
 舞うように反転した彼女の腕が一閃、胸の仮面を粉々に打ち砕く!
 断末魔の悲鳴を上げて、飛び散った仮面が消え去った後、床に倒れ伏したのは傷だらけの青年だった。故意か偶然か、まるで花を差し出すように。伸ばした腕の先にはかつて愛した女性がいる。
 呆然と立ち尽くす彼女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

●救いの手
 ポリオーマは冷静かつ素早く、現場の状況を整えた。配下の遺体に自身のマントを羽織らせ、フランツ殺害犯人へと仕立て上げる。これで自分達が追われる可能性は低くなるだろう。唯一の目撃者となってしまったアルマへは、ノアリィがこう諭した。
「今夜の事は誰にも話さず忘れなさい。貴女は恐怖で何も見ていなかった。それでお終い。また、日の当たる場所に戻れるのよ」
「何にせよ、自警団には必ずあなたの潔白を説明して、ね?」
 まだ、壊れてはいないのだから。どうか生きて欲しいと、淡く微笑むリンナ。
「……水仙には『愛に応えて、私の元へ帰って』という言葉もある」
 無残に踏み拉かれた花の中から、比較的無事だった一輪を手にアーバインが言う。悲劇に終ってしまった愛でも、どこかに救いがあった筈だと。
「ま、好きにするといいさ。君はもう、自由だ」
 悪魔を象るフードの隙間から垣間見える唇が、笑ったように見えた。
「さて、さっさと撤退しよう」
「……ええ、急ぎましょう」
 様々な感情が去来する瞳で、一瞬だけアルマの顔を見詰めたジェーンが踵を返す。歩み去るエンドブレイカー達の背中を、涙に震える声が追いかけてきた。
「助けてくれて、彼を止めてくれて、ありがとう……」

 事前に調べておいた逃走経路を辿るクルイは、ふと立ち止まって天を仰いだ。
「……やりすぎたんだよ、あんたは……」
 ここからは見えない月を思う。そう、どうせなら、血の様に濡れた赤い月が良い。
「綺麗な人だったのに、残念」
 何が、とは言わず。フードから零れ落ちた銀糸の髪を払って、リンナは小さく吐息を零す。夜空も見えぬでは気分も晴れない。ただ、妙に疲れた体に、真冬の夜風が心地良い。
「愛でも何でも、行き過ぎたものには悪意が宿る……ということでしょうか」
 もう随分離れた所で、物思いに沈んでいたラズネルがぽつりと呟いた。
「さあ、どうかしらね……」
 嫣然と微笑むノアリィは思う。もしマスカレイドという存在がなければ、悲劇は起こらなかっただろうか、と。
「――私達は、成すべき事を成しましょう。せめて、生きている人達が幸せになれるように」
「下手をすれば自分が犯罪者だ……。しかし、世の不条理を見過ごせない」
 それが我々のプライドなのだろうなと、肩を竦めるポリオーマ。
 彼らが、消される運命にあった命を救った事もまた、確かな事実なのだ。
「……どうか、幸せに」
 紅のマフラーが風に翻る。遠く離れた町を振り返り、ノエルは祈らずにはいられなかった。
 ここから先、彼女が自分の手で、幸せな未来を掴み取ってくれるようにと。
 やがて、夜が明ける。
戻るTommy WalkerASH