名前かたられ「強い怒り」! 南京大学が抗議声明

この記事は週刊金曜日2007831日号に掲載されたものです。従って一部現在の情況と異なる部分があります。また、文中の一部にも掲載時と異なる部分があります。

 

小林 拓矢 こばやし たくや・フリーライター、片岡 伸行 かたおか のぶゆき・本誌編集部

 

外務省(上海総領事館)に文書送付

看板は偽りだった。「人体の不思議展」主催者によって、中国人の人体標本に協力しているかのように宣伝されてきた中国・南京大学が「一切関係ない」とする抗議声明を出した。新聞社やテレビ局などの主催者側、医学界や自治体などの後援団体はこの事実をどう受け止めるのか。

 

南京大学国際交流所(鄒亞軍所長)から日本国駐上海総領事館(隈丸優次総領事)宛に、今年32日付で一通の文書が送付された。

 

日本のメディアと関係機関への通報を要請

「数年来、日本国内で『人体の不思議展』が開かれており、主催者側は『南京大学の研究施設の協力の下で、中国人の検体遺体を人体標本にしたもの』と説明しているという。

 

 2003年に我が大学はこの報道に注意を払い、しかも厳しい声明を出した。『南京大学はこの展覧会とは一切関係がない』という声明である。それから数年が経ち、再びこの類のニュースを耳にし、我が校は深い遺憾の意を表する。ここにおいて私は南京大学を代表し、再び次の声明を出す。

 

『人体の不思議展』と南京大学とはいかなる関係もない。南京大学は人間の遺体を標本に使い、商業主義を目的としたいかなる活動にも反対する。主催者側が南京大学の名義を借用してこうした展覧をしたことは驚くべきことだ。我が校はこの種の行為に強い怒りを示す。

 

 貴領事館が我が校の声明および態度を日本の関係メディアおよび機関に通報してくれることを切に望む」

 

 本誌2006915日号では、同年夏に仙台市で開かれた「人体の不思議展」を主催した河北新報社が、展示されている人体標本について「南京大学の研究施設から貸与」(同年626日付)と紹介したことを報じた。『河北新報』の記事は虚報だった疑いが濃厚だ。

 

 各地の展示では「中国政府の出資する研究機関」「江蘇省教育委員会の協力」などの表記もあり、今年722日に終了した長野展では「標本は中国の研究機関が、同国内で献体登録された遺体から製作」(『信濃毎日新聞』07526日付夕刊)とぼかした表現になっている。しかし、これまで公に喧伝した「南京大学」との記述が詐称なら主催者側はその事実を認めて当事者に謝罪するとともに、実際にはどこの機関が協力し、献体および献体後の展示を承諾した文書が存在するかどうかなど数々の疑問に答えるべきだろう。

 

「南京大学の名誉を侵害する行為です」

 南京大学の異例の声明は、本誌からの情報と質問がきっかけになった。そのため、上海総領事館宛の文書のコピーが後日、本誌編集部にも送付されてきた。取材班は中国南京市にある南京大学を訪れ、文書を出した同大学国際交流所の鄒亜軍所長に面会を申し入れた。

 

 鄒所長は、同大学で当日開催される討論会前のわずかな時間を割いて取材班に対し「情報をいただき感謝している。質問書をもらって検討した結果、上海総領事館に文書を送付することにした。貴誌にも同様のものを送付した次第です」と話し、「担当の副所長から話を聞いてほしい」と言い残して足早に会場に向かった。

 

 代わって対応したのは从副所長と程序科長。

 

「展示の主催者や後援団体などの構成を初めて理解し、驚いています。展示の仕方や規模なども知って、あらためて怒りを感じました」

 

 そう切り出した从副所長は、南京大学の名をかたり、「中国人の人体標本」を大規模に公開展示している日本の主催・後援団体に対して憤りを隠さず、「私たちがこのような商業的な展示に協力するはずがありません。南京大学の名誉を侵害する行為です」と強い口調で語った。また、「主催者側は公開展示によって大きな利益を上げており、南京大学が利益の一部を得ているのではないかと誤解される恐れもあります」とし、「このまま放置しておくのは大学にとって不利益になる」と判断。今回の声明につながったという。

 

広がる反対の動き

 南京大学の声明に上海総領事館および日本の外務省がどのような対応をしたかについては後述するが、この間、全国各地で「人体の不思議展」への反対の動きが広がっている。

 

「過去と現在を考えるネットワーク北海道」代表の小林久公さん(札幌市在住)は今年326日、札幌展(428日〜71日)の後援取り消しの申し入れを札幌市教育委員会に提出した。札幌展はSTV札幌テレビ放送と「イノバンス」が主催し、高知展(同年120日〜311日)まで主催していた「日本アナトミー研究所」の名が消えたが、後援には依然として地元医師会や自治体が名を連ねる。

 

 申入書では、

 

1、展示物になることを献体者本人は納得しているのか

2、標本がすべて中国人であることの法律的あいまいさと人種差別の問題を考えるべき

3、展示が興味本位の見世物になっていることは倫理的に大きな問題

4、死体が金儲けの道具になっている

5、人体標本は日本アナトミー研究所が中国の死体加工場より輸入しているが、生命倫理はおろかビジネス倫理にもとる

6、主催者に名を連ねるマスコミは人権無視の展示に加担するのではなく、この問題の告発こそジャーナリズムの役割

7、日本医学会・日本医師会など医学界の責任は大きい。インフォームド・コンセントがあったかどうか疑わしい標本を展示公開することは、医学研究に不可欠な被験者や献体を申し出ようとする人の信頼を得ようとするにはマイナス

8、後援する自治体も公共の観点から責任があり、倫理的にも深く考慮すべき

――などとしている。

 

 北海道消費者運動同盟(梶田清尚代表)も札幌市(上田文雄市長)に後援取りやめを申し入れ。申し入れ書では、本誌の報道で日本看護協会などが後援を取りやめたことを受けて、「『私の原点・人を大事にする』を掲げる上田文雄市長をトップリーダーとする札幌市が、こともあろうにこのイベントに?後援?団体として名を連ねることは、市民に対する許しがたい裏切り」として「速やかな取り止め」を申し入れた。また、「標本が中国人であれば、731部隊の生体実験を想起させ、日本と中国の歴史的な問題にも波及することは必至」と問題点を訴えている。

 

 札幌市と同市教委に同様の申し入れをした「『人体の不思議展』に疑問を持つ会」代表で、元東北大学教授(医学博士)の刈田啓史郎さん(仙台市在住)は、今回の南京大学の声明についてこうコメントする。

 

「仙台市民が、間違った情報をもとに『人体の不思議展』を見ていたことになり、大変遺憾です。主催者に抗議するとともに、後援団体などにその事実を知らせていきたい」

 

外務省は対応せず

 南京大学の声明を受けた上海総領事館がどのような対応をしたか。

 

 本誌は外務省報道課宛に88日付で「質問書」を出した。回答は同月20日にあり、「特段の行動はとっていません」というものだった。

 

 その理由として、上海総領事館は「当該FAXが送付されてきたため、南京大学側に対しその意向、担当者を確認する目的で連絡を行いました。先方からは、南京大学としての主張は既に『週刊金曜日』側にお伝えした、貴館には公的機関に対する手続きとして通知したまでであり、何らの対応を求めるものではない」との回答を得た、としている。

 

 前述したが、南京大学から上海総領事館に宛てられた文書の最後には間違いなくこう書かれているのだ。「貴領事館が我が校の声明および態度を日本の関係メディアおよび機関に通報してくれることを切に望む」

 

 中国語に直すとこうなる。

 

恳请贵馆将我校上述声明及度向国有媒体和机构通谢谢!」

 

 上海総領事館の回答には釈然としないものがあるが、ひとまず置く。

 

 それにしても、人体標本の出所も詐称、献体かどうかも疑問視されている展示に対して、それを追及するはずのメディアが主催側に回っていていいのだろうか。同展は大分・富山など地方新聞社などが主催して各地を巡回、9月からは大阪で開かれる。

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