死体を商品化、メディアと医学界の倫理を問う----いかがわしい主催者と献体≠フ出所
小林 拓矢 こばやし たくや・フリーライター、片岡 伸行 かたおか のぶゆき・本誌編集部
この記事は週刊金曜日2008年1月18日号に掲載されたものです。従って一部現在の情況と異なる部分があります。また、文中の一部にも掲載時と異なる部分があります。
問われているのは人間の尊厳にどう向き合うか、その倫理観である。加えて法律上の問題も提起されてきた。前回の「南京大学の抗議声明」に続く「人体の不思議展」シリーズ第4弾。
世界各地で倫理・法律上の問題を引き起こしている人体標本の展示会。ドイツでは、開催をめぐって訴訟騒ぎが起こった。
だが日本では、実質的な主催者の「(株)日本アナトミー研究所」や「(株)イノバンス」とともに、開催地での主催者には地元新聞社やテレビ局が名を連ねる。2006年夏以降だけでも、河北新報社・神戸新聞社・高知新聞社・信濃毎日新聞社・大分合同新聞社・富山新聞社(北國新聞社の子会社)、テレビ局では札幌テレビ放送・毎日放送が主催している。
メディア・医学・教育界の責任
人間の尊厳や生命倫理に対する日本の新聞社やテレビ局の認識レベルがよく分かる。数々の問題点を報じるどころか、主催者に加わり死体の商品化≠ノよって一緒に金儲けをしている構図は見苦しいばかりだ。
医学界もまた同様だ。大分展でも富山展でも地元医師会・歯科医師会がずらりと後援に名を連ねる。
「『人体の不思議展』に疑問を持つ会」(刈田啓四郎代表)は「倫理上問題の大きい展示に医学者・医師がお墨付きを与えることは、いわば自分の首を自分で絞める結果になります」とホームページ上で警鐘を鳴らす。地元の教育委員会が後援していることについても「小中高の学校の生徒学生には、教育的な展示と思いこまれてしまいます。しかし、実は倫理的にも学術的にも、高度なレベルの標本ではありません」と訴える。
メディア・医学界・教育界の鈍感さとは逆に、人間の尊厳や倫理について真摯に考える団体も出てきた。
以前は同展を推奨した近畿高等看護専門学校(京都市)はその姿勢を改め、若田泰学校長自らが「『人体の不思議展』の倫理的問題について」という文書を06年12月20日に学生に向けて発表した。
「昨年(2005年)開催された『人体の不思議展』は、看護学生が身体について学習できるよい機会と位置づけて授業の一環として見学しました。/その後、皆さんにアンケートをとって感想を聞くことも行ないました。その中には、『倫理的にどうか』という感想を持った学生も見受けられました」
「ホンモノの人体を、研究者や専門家(を志すもの)だけでなく一般公開することは『人間の尊厳』を冒しているのではないかとの疑問があります。外国で加工作成され貸与されているもののようですが、はっきりしないことが多々あります。ビジネス目的に貸し出されて法的に問題ないのかという疑義もあります」
「本校としては、こうした批判的な意見に共感するところが大きいので、今後同様の展示について、学校としては推奨しないことを確認しました。また、過去数年間、批判的見地を持たずに学生のみなさんに見学を推奨したことについて、謝罪し反省するものです」
若田学校長はまた、同文書を収録した『近畿高等看護専門学校紀要』第七巻(2007年)で、今回の謝罪について「ひとつには学生たちや社会に対してで、十分な批判的見地を持ち得なかっ(ママ)ということ、またもうひとつは尊厳を踏みにじられたままにある『献体』された方たちへの無念さに思い至らなかったことについてである」と述べている。
国会議員も問題を提起
一方、本誌2006年9月15日号と今年2月2日号に登場した富永智津子氏(宮城学院女子大学教授)の問題提起を受け、法務省に問い合わせを行なった衆議院議員・秋葉賢也氏(自民党、宮城二区)は、「法務省から人体展についての判断は示されていないが、一般論として、国内で遺体を展示する行為は、刑法一九〇条(死体損壊罪)に抵触する可能性がないわけではない」と語る。
また、「同展で使用されているプラストミック人体標本について、主催者側は生前の意思に基づく献体によって提供された、と説明している。しかし、人体プラストミック標本にして国内で展示することは、個人の尊厳や刑法が規定する死体損壊罪の保護法益に鑑みて、検討する必要があるのではないか」と同展の問題点を指摘した。
主催会社代表をめぐる黒い人脈
問題のある展示会を主催する「(株)日本アナトミー研究所」および「(株)イノバンス」とはいかなる会社か。
札幌展(2007年4月28日〜7月1日)より、新しく「イノバンス」が主催となったが、所在する東京都港区芝のビルの同じフロアにはそれまでの主催者「日本アナトミー研究所」がある(文京区から移転)。イノバンスの代表取締役は安宅克洋氏。同氏は日本アナトミー研究所のスタッフだった。研究所の母体だった「メディ・イシュ」は業務を縮小し、同じく港区芝に移転している。
日本アナトミー研究所の代表・北村勝美氏は、番組制作会社「インプットビジョン」の代表でもあった。06年9月、テレビ朝日のチーフプロデューサーが制作費の架空請求で懲戒解雇されたが、この人物と関係の深い北村氏はこれを機にテレビ制作から撤退したといわれる。
今年に入り、インプットビジョンは「ストレージ・ビジョン」を設立(1月9日)。北村氏は代表取締役会長である。同社は東京地裁から破産宣告を受けたコンピュータ関連機器メーカー「アドテックス」から一部の事業を継承した。このアドテックスを舞台にした事件が新聞紙上を賑わしたのは07年2月のことだ。「事件屋」とも呼ばれる前田大作氏(当時の日本スポーツ出版社社長)と指定暴力団山口組弘道会傘下の元組長といわれる下村好男氏がアド社経営陣に加わっていたが、共同通信は両氏を「『乗っ取り屋』ともみられていた」と報じた。同年2月に両氏は民事再生法違反の容疑で逮捕。北村氏はいわくつきの会社事業を両氏から継承したことになる。こうした人脈と「人体の不思議展」はどこかでつながっているのか。
A氏の証言
人体標本162体の出所は依然不明だが、新華社系の週刊誌『瞭望東方』(03年11月26日付)の記事で南京市公安部の調査として人体標本への関与が指摘された元大学教授・A氏が重い口を開いた。昨年の仙台展まで監修委員だった人物だ。
「南京には2001年と02年に計3回行った。日本解剖研究所の北村勝美代表の依頼を受け、人体標本作製に関わる解剖学的な指導のためだ。訪れたのは南京市街地から車で一時間以上走った郊外にある南京蘇芸生物保存実験工場。地名は覚えていない。広い敷地に平屋で大きな建物が建っていた。献体登録証のようなものは見ていないが、工場のスタッフが『江蘇省の教育委員会の指示でやっている』などと話していた」
「日本解剖研究所」は「日本アナトミー研究所」と同一と思われる。北村氏は「解剖学的な指導」を依頼し、医学界との関係を強めたようだ。
南京大学が同展と「無関係」との抗議声明を出したことや、南京市公安部の調査にA氏とB氏(同じく監修委員)の氏名が出たことを伝えると、A氏は驚いた口調で言った。
「それは初めて聞いた。私はもうあの展示とは関わりがない。そもそもY氏が(南京市に)行くはずだったのに、代わりに行ってくれと言われて私が行っただけ。私の名前は出さないでほしい」
Y氏とは、人体展監修委員であり、一時期まで積極的に宣伝役を担っていた養老孟司氏と思われる。
報道機関や医学界を抱え込み、数々の疑惑や問題のある人体標本の展示会を開く、不透明かついわくつきの会社組織。人体標本を輸入した当初からの主催者「日本アナトミー研究所」と一体の「イノバンス」は本誌の取材申し込みを無視したままだ。