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| エレベーター 6F |
なーんだ。
高塚にはしっかりバレていたのか。
わたしって、満足に遊び人を気取ることさえできないのね。
女子力不足もここまでくると笑えるわ。
なーんて、嘘。
恥ずかしくて、情けなくて、もう消えてしまいたい。
全部なかったことにしたい。
両手で力いっぱい、高塚の胸を押した。 あっけないほど簡単に腕がほどけた。
そのまま跳ね起きて、ベッドから飛び降りて、高塚の前からいなくなりたかった。 でも、床に足を下ろしたものの、立ち上がることができなかった。 昨晩の酷使のせいで、わたしの身体はまったく使い物にならなくなっていた。
背後から伸びてきた2本の腕が、再びわたしを捕まえた。 背中に硬い胸板がぴたりとくっつき、首筋に鼻先が押し当てられた。 わたしにはもう、抵抗する気力は残っていなかった。
「なんで、酔ってないってわかったの?」
高塚の腕の中でうなだれたまま、わたしは聞いた。
「お前、ハンパない酒豪なんだろ? ワインボトル3本開けてもシラフだったって、佐伯が言ってた」
耳の真後ろ、すぐそばで静かに低められた声がそう答えた。
「はは、ネタ元は佐伯だったんだ。 参ったなぁ」
佐伯はわたしたちの同期だ。 高塚とは中学から大学まで同級生で、プライベートでも親しいことは知っていた。 でも、まさかそんなところから情報漏洩するなんて想定外だ。
「なぁ、なんで酔った振りなんかしたんだよ」
「高塚と、したかったんだ」
「それだけ?」
わたしは小さくうなずいた。
1度だけでいいから高塚の恋人気分に浸りたかったんだ、なんて少女趣味なことは言えなかった。 本当はこのままずっと高塚とくっついていたかった。 でも、これ以上は本格的に離れられなくなりそうだったので、わたしは高塚の腕をほどこうとそっと手をかけた。
「いいこと教えてやろうか?」
わたしの動きをはじき返すように、高塚の明るい声がわたしの耳をさすった。
「俺はお前のこと、最初はすごくムカつくヤツだと思ってた。 態度も言うことも、俺はお前にはすごく感じ悪かっただろ?」
「うん、そうだね」
耳元で、高塚の困ったような苦笑いの気配がした。
「いつも俺の提案やプレゼンに厄介な質問ばかりしてきて、そのうえ態度もツンツンしてかわいげねーな、って忌々しく思ってた」
「うん、そうみたいだったね」
わかっていたことだ。
でも、いざ本人の口から聞かされると、ようやく乾いたかさぶたをひっぺがされたように心が痛くなった。
「でも、だんだん、お前がすごく頭がよくて、男受け狙いで媚びたりしない、本当に優しくて気配りできるやつなんだってことがわかった。 そうしたら、もうダメだった」
ダメ? なにがダメなの?
「お前に嫌われてることはわかってたよ。 でも、自業自得とはいえしんどかった。
それまでの悪い印象をどうにかして変えたかったけど、お前は俺が来るってわかってる場所やイベントには来ようとしなかったし、社食とかで会っても俺とは目も合わせなかった。 俺のこと、避けてただろ?」
わたしは答えることができなかった。 無言で毛布をたぐりよせ、バリアでも作るみたいに身体の前でだきしめた。
「つらかった。 お前と仲直りしたかったけど、周りの目が気になって近づけなくて、変な意地もあって素直になれなかった。
ほかの子と付き合ってみたり、とにかく仕事しまくったりしたけど、誤魔化せなかった。 ニューヨークにいたときも、ずっとお前のことが頭から離れなかった。元気にしてるかな、とか、付き合ってるやつがいるのかな、とか、考えずにはいられなかった。
もう無理だった。 限界だった。
だから、帰国したら、バカにされても笑われてもいいから自分の気持ちを伝えよう、って決めたんだ」
高塚はするりとベッドから降りると、わたしの足もとにひざまずいた。
わたしの両手を取り、まるで女王陛下に仕える騎士のようにわたしを見上げた。
「くだらないプライドでお前に嫌な思いをさせて、すまなかった。 本当にすまなかった」
わたしの膝に額をくっつけそうな勢いで、高塚は頭を下げた。
突然足もとにひざまずいたり深々と頭を下げたりする高塚に呆気に取られ、わたしはしばし何も反応できずにいた。
しかしハッと我に返ると、みっともなく慌てふためいてしまった。
「ちょっとやめてよ! 顔上げてよ! いいの、本当に気にしないで。 それならわたしだって、態度きつくてごめんね」
「いや、お前は悪くない。 というか、本題はそれじゃないんだ」
高塚はまっすぐ私を見つめた。
わたしの体温は一気に40度まで急上昇した。
「藤井直海さん、あなたのことが好きです。 俺と、付き合ってください」
冗談じゃないよ。 なんのジョークなの。 どうせ男友達と企画した性質の悪いゲームなんでしょ。 わたしをハメようったってそうはいかないんだからね。
わたしの頭の中で、目の前の男に対する罵詈雑言が沸き上がっては、すぐに消えた。
真剣な熱っぽい黒い瞳に捕まったら、目の前の男を何もかも信じてしまいたくなった。
わたしってほんと男に甘いなぁ。
すっぱだかの女にボクサーパンツ一丁の男なんて、ロマンチックのかけらもない状況なのにね。
頭がくらくらする。 心臓がうるさい。 目元が熱い。 海の中で目を開けたみたいに視界がぼやけて、心なしか高塚がおろおろしているように見える。 皮膚の硬い指先が、わたしのまぶたに遠慮がちに触れた。
「わたしは最初から健志のことが好きだった。 ずっと、ずっと好きだったんだよ」
人生が安全で確実なエレベーターならいい。
その気持ちが、まるっきりすべてなくなったわけじゃない。
でも、あんなちっぽけな箱の中で生きていたら、きっとお偉いオッサン主催のパーティーと同じくらい、内容も先の展開もわかりきった退屈な人生しか過ごせないよね。
それなら、多少しんどくたって自分の足で歩くほうが100万倍楽しい。
その先に本物の幸せがあるならなおさらね。
そうでしょ?
エピローグ
蓋を開けてみれば、健志はわたしの双子みたいなヤツだった。
朝型の生活リズムも、応援している野球チームも、好きな音楽や作家も、服の趣味も、料理の味の好みもばっちり同じ。 俺たちやっぱり運命だ、とか恥ずかしいことを言われたけど、内心同じことを考えていたので否定はしないでおいた。
そして、健志は意外性のカタマリでもあった。
「ねぇ、そろそろ」
「もうちょい」
「明日も仕事なんだからね?」
「あぁ、やっぱりきもちいいなぁ。 最高。 直海、愛してる」
あんたが好きなのは、わたしじゃなくて、ソレなんじゃないの?
毎回毎回終わるたび、健志は赤ちゃんのようにおっぱいに顔をすりすり寄せてくる。 職場ではクールにエリートぶっているけど、健志は実は、救いようのない甘えん坊なのだ。
こんな腑抜けが愛しくてたまらないんだから、わたしも大概救いようがない。
どうやら、健志には身も心もすみずみまで捕食されてしまったようだ。
どうしよう。 この男、ほんとかわいいなぁ。
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