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| エレベーター 2F |
高塚はわたしの同期だ。
エリート商社マンの標本模型のようなヤツで、今年の4月にニューヨーク支社から栄転帰国した、いわゆる出世頭。
うちの会社の超精鋭部隊、経営戦略本部のエース。
悔しいけど、プレゼンも交渉も、いまだにこいつには勝てる気がしない。
面長の顔は、悪くはない。彫刻刀で削ったみたいに頬が引き締まっている。キリッと跳ねた眉と目尻が切れあがった目が、すこしばかり獰猛な狼を思わせる。 いまどき珍しい野性的な顔立ちだ。 でも、それぞれのパーツの位置がいいのか、全体的には涼しげでスッキリして見える。引き締まった口元は、意外と品がいい。
仕事ができて見栄えも上々、とくれば、当然もてる。
社内の女の子とそういう関係になったって噂は聞いたことがないけど、わたしが知ってるだけでも、確か2、3人は彼女がいた。 ここしばらく彼女ネタを聞かないけど、きっとうまくやっているんだろう。
わたしはなぜか入社当初からこいつに目の敵にされていた。
まだいたいけだった新卒のわたしは、「高塚くん(当時は慎ましく、くん付けで呼んでいたのよ)に何かしてしまったのかな」って気に病んでいた。 でも、だんだん子供じみた高塚の皮肉攻撃やケンカ腰の態度に嫌気が差してきて、いつからか完璧に無視するようになった。
そうしたら自然と高塚もわたしに構わなくなった。
入社9年め。
31歳のわたしたちは、同期以上でも以下でもなかった。
それ以外の関係には、なりえないはずだった。
はずだったんだけどなぁ。
昨日、わたしは週明けにクライアントに提示する資料と見積書を完成させるため、日付が変わる直前まで粘っていた。ひとりぼっちのフロアは照明が落ち、わたしのデスクライトとパソコン画面だけが無機質な光を放っていた。
どうせ次の日は休みだと思うと、わたしはついつい女を捨てて仕事に走ってしまう。 キャラ演出のはずの古臭いキャリアウーマンが、本格的に板につきつつあるようだ。
もっとも、わたしがどれだけ粘ったところで、閉館時間には従わなければならない。
警備員さんにせかされ、わたしは荷物を抱えていそいそとエレベーターに乗り込んだ。 急いで歩かなくても、12時35分発の三鷹行き最終各駅停車に間に合う時間だった。
エレベーターを待つ間、つい考えてしまった。
人生がエレベーターならいい。
行きたいフロアのボタンを押せば、すいすいそこまで連れて行ってくれる。 多少の待ち時間はあるけど、そんなの安全性の対価と思えばさしたる問題にはならない。
地図を読み間違えることもなければ、行きたい道と正反対の道に進まざるをえないような無様な事態にハマることもない。
調子に乗って急上昇することも、その反動で急降下することもない。
そうやって、今自分がどのあたりにいるかもフロア表示できっちり把握できて、安全で調整された正しい速度で行ったり来たりできたらいい。
高い電子音とともに、エレベーターが現実を従えて到着した。
普段の癖で、ついつい姿勢を正してしまった。 背筋を伸ばして胸を張る。
もうあんな時間だったら、だらだら猫背になってたって誰も咎めやしないのにね。 習慣って本当怖いわ。
その滑稽な姿勢のまま乗り込むと、バチンと、もろに先客と目が合った。
高塚だった。
「お疲れ」
「お疲れさま」
ほんのすこし緊張した。 高塚と2人っきりになるのは、本当に久しぶりだった。 わたしは不自然にならないよう、扉近くにいる彼と対角の位置になる反対側の奥の壁にへばりついた。
「いつもこんな時間?」
高塚の声は低いのによく通る。
「ときどき」
「来週のS社の競合プレゼン、お前出るの?」
「うん」
「まとまった?」
「うん、なんとかね」
居心地が悪かった。 斜め前から高塚の視線が刺さって痛かった。 まるで品評会に出品された珍獣にでもなった心地だった。
高塚の容赦ない視線が、いたたまれなかった。
「そう」
会話が途切れた。 沈黙が気まずい。 空気が重い。
チラリ、と横目で高塚を盗み見た。
いつもどおり、チャコールグレイのコートがバッチリ決まっていた。 日付も変わろうかという時間まで残業していただけあって、表情はさすがにちょっとくたびれていた。 でも、三十路越えのサラリーマンとは思えないくらい若々しく覇気があった。
黙っていればかなりの男前なのになぁ。 でもしゃべるとダメ。 本当にキツいんだもん。 わたしに対してだけ。
「藤井、お前大丈夫か?」
「は?」
藪から棒に、高塚が口を開いた。
思い切り、視線がぶつかった。
「やたら疲れてないか? 飯ちゃんと食ってるのか?」
慢性的な寝不足と眼精疲労がたたったのかもしれない
だから、視神経が正常に機能していなかったに違いない。
このとき、高塚がものすごく優しくわたしを見つめているように見えてしまった。
あいつの眼差しが、ものすごく心配そうで、いたわり深いように感じてしまった。
思い返せば、この幻覚が諸悪の根源だったんだ。 きっとそうだ。
「うん、ご飯は食べてる。 でも、ちょっと大丈夫じゃない」
うろ覚えだけど、たしかこんな情けないことを口走ってしまったように記憶している。
「そう。 俺もいろいろ大丈夫じゃないんだよね」
「え?」
そのとき、エレベーターが1階に到着した。 「開」ボタンを押す高塚が、目線だけで「早く出ろよ」とわたしを促した。
「ありがとう。 じゃあ、おやすみなさい」
わたしはめんくらいつつもそそくさと先にエントランスホールに出た。 早く高塚から離れなければ、と速足かつ大股で歩いた。
ところがもともとのリーチの差だろうか、高塚はいとも簡単にわたしに追いつき、平然とわたしの真横を歩き始めた。 えっ、と思わず声を上げてしまってから、わたしはうつむいて口をつぐんだ。
高塚はそんなわたしに構う様子もなく、硬い横顔からはなんの感情も読み取ることはできなかった。
社屋を出ると、真冬の夜風がわたしの足の間を吹き抜けた。 と、そのとき、唐突に高塚がわたしに向き直った。
「なぁ、藤井。 飲みに行こう」
「今から?」
「うん」
「電車なくなるよ」
「いいじゃん、別に」
高塚はわたしを見下ろして笑った。 まるで、学生時代からの気安い友達のような口調だった。 わたしは怯んだ。
よくない。 いいはずない。
わたしは阿佐ヶ谷に住んでるの。 12時35分の三鷹行に乗らなきゃ帰れないの。 タクシーなんか使ったら、どんだけお金がかかると思ってるのよ。 3年間もニューヨークにいたくせに、あんた何にも変わってないのね。 これはわたしに対する新手の嫌がらせなの? バカなんじゃないの。
でもなぜか、わたしは高塚に反論ひとつ言えなかった。
「いい店知ってるんだ」
「ふぅん。 どこ?」
「神楽坂」
「じゃあ飯田橋か。 中央線ならまだ大丈夫だね」
「行ける?」
「うん、行く」
駅までの短い道すがら、終始、高塚はやけに嬉しそうな顔をしていたように思う。
わたしは親の後ろを歩くカルガモの子供みたいに、高塚の半歩斜め後ろを歩いた。 なんとなく、隣に並ぶのははばかられた。
今ならわかる。
認めたくはないけどね。
多分、後ろめたかったんだ。
この時点ですでに、わたしは高塚とこうなることを期待していたから。
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