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エレベーター  1F


 息苦しさに目が覚めた。

 起き上がろうと身動きした。 動けない。 なにか、生温かく硬いものにがっちり身体を固定されている。腕と足はなんとか動かせるけどやけに重く感じるし、いつものように起き上がれそうにない。 鉛のようなまぶたをこじ開けた。 何度がまばたきをした。 視界を覆いつくすのは、浅黒い肌色の壁。

 瞬間、わたしは悟った。 そして思い出した。
 どうやらわたしは、男に抱きかかえられて寝ているようだ。

 あわわわわわわ。
 やばいやばいやばいやばい。
 こりゃあやばいよ何やってんの、わたし。
 よりにもよって、この体勢はまずいよ!

 心の中では上へ下への大騒ぎだったけど、下手に動くのもためらわれて、わたしは嵐に怯える小リスみたいに縮こまった。
 もっとも、外見的にもキャラ的にもわたしは小リスとは程遠いんだけどね。あくまで例えよ、例え。

 視界は狭いうえに薄暗い。目だけをキョロキョロ動かす。 とりあえず太陽はすでに昇っているようだ。 遮光カーテンの縁から、うっすらと白い光が漏れている。 壁掛け時計が目に入った。 11時20分。 昨日が金曜日だったから今は土曜日のお昼前のはず。 さすがに丸1日寝込んで日曜日なんてことはないだろうし。

 年の功の冷静さなのか現実逃避なのか、わたしはつらつらとここ最近のことを思い返し始めた。

 3か月前、付き合って2ヶ月の彼がわたしの友人と同時進行で浮気をしていたことが発覚した。

 恋人と友人と自尊心を同時に失ったわたしは、「仕事が恋人」と古臭いキャリアウーマン気取りで競合プレゼンに精を出し、ガツガツ大口の契約をブン獲りまくった。
 その結果、社内での評価はウナギのぼり。 気難しい部長から「がんばってるな」なんて激励のお言葉までいただき、同僚男子たちからはますますビビられ、ついでに後輩の女子社員たちからは「ステキです」なんてお目々ウルウルされちゃう始末よ。

 ちなみに元彼は同僚でもあるんだけど、お偉いさん勢ぞろいの戦略会議でわたしが彼及び彼の部下をケチョンケチョンに叩きのめしたせいもあって、完璧にわたしに及び腰になっている。
 今となっては、なんであんな頭も心も弱い男と付き合ったりしたのか謎だわ。

 でもね、それでもやっぱり、好きだったんだ。
 優しい人だったし、一緒にいて楽しかったし。
 浮気がばれたときはすでにわたしの友達との関係は終わってて、わたしに真剣に向き合うことを始めた矢先だった。
 わたしが目をつぶって、彼との関係を再構築しようと歩み寄れたらよかったんだよね。

「いいや、そんなことするな。 スッパリ関係切って正解だよ。 終わってた関係が後になってバレるような男だろ? ただの間抜けだ。 お前の友達と浮気するようなクズ野郎とやり直そうなんて、考える必要もない。 ロクデナシだし、絶対に繰り返すし、確実に出世しない」

 うん、それもわかってる。
 優柔不断だし、コネ入社だからわたしより明らかに仕事できないしね。

「お前は悪くない。 元気出せよ。 お前はいい女なんだから」

 ありがとね。 お世辞とはいえ、ほんとありがとね。

 でもなぁ、この状況からどう抜け出そう。 まずは物理的な距離を確保したいところだけど、忍者じゃあるまいし、ここからするっと脱出するのは到底不可能だよね。
 悶々と考えあぐね始めた、そのときだった。

「おはよう」
 目線だけ上げると、そこにはひどく能天気で、アホみたいに愉快そうに笑う男がいた。
 カチンときた。
「おはようじゃないよ! 」
 わたしは男の顎に頭突きする勢いで顔を上げた。
「声でけーよ」
 盛大に眉をしかめた男が、わたしを至近距離からにらんだ。
「起きてよ離してよ!」
 密着していた胸と胸の間に腕を差し込み、力の限りに男を押しのけようと試みた。
「朝から元気だなぁ。 でももうちょっと声落とそうな、直海」
「馴れ馴れしく名前で呼ばないで!」
「はいはい」
 男は力任せにわたしを抱き締めた。 抵抗むなしく、厚い胸板に顔を押しつけられる。
「あのさ」
「ん?」
「わたしたち、した、よね?」
 念には念を入れて、一応確認してみた。
「うん、いっぱいしたな。 きもちよかったよな」
 こういうことは、間違ってもハキハキと答えてほしくないものだ。
「やっぱりしたよね」
「したなぁ」
 やけになごんだ雰囲気の中、男の顔が近付いてきた。 わたしはカメみたいに首を縮めた。男がわたしの額にほおずりした。 ヒゲがジョリジョリして、地味に痛い。
「あの、ヒゲ」
「あぁ悪い」
 あろうことか、男はわたしの額に唇をおしつけた。
 アレよアレ。 おでこにちゅう、ってヤツ。
 それから、男の大きな手がわたしの背中を優しくさすった。

 えぇと、あの。
 どうしてわたし、こいつの腕の中ですっかりまったりしているの?
 わたしたち、間違っても恋人とかじゃなかったよね?
 それ以前に、仲がいいってわけでもなかったよね?
 こういうのどかな雰囲気、最も似合わない関係だったよね?

「あの、あのですね」
 わたしはなけなしの勇気を振り絞って口を開いた。 ついつい敬語になってしまう。 身動きできないけど、心構えだけは正座だ。 恐る恐る、わたしは男に切り出した。
「ゆうべのことは、なかったことにしていただけないでしょうか。お願いします!」
「なんで?」
 即座に、低められた声が跳ね返ってきた。
「なんで、って、そりゃあ」
 わたしは気圧されて口ごもった。
「なんだよ。 なんでなんだよ」
 なぜか、ひどく悲しそうな顔をして、男はわたしの目をのぞきこんだ。 傷ついた瞳に正面衝突して、わたしは心臓をつねられたように苦しくなった。

 そんな顔しないでほしい。
 見慣れていないから、どうしたらいいのかわからない。


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