池田信夫 blog

Part 2

あちこちで話題になっているIMFの論文をざっと読んでみた。日経の記事には「平時から4%など高めの物価上昇率を容認し金利水準も引き上げることで、金融危機のような経済ショック時の利下げの余地を広げることが望ましい」と書いてあるが、この記者は明らかに原論文を読んでいない(か英語が読めない)。論文にはこう書いてある:
Should policymakers therefore aim for a higher target inflation rate in normal times, in order to increase the room for monetary policy to react to such shocks? To be concrete, are the net costs of inflation much higher at, say, 4 percent than at 2 percent, the current target range?
[...]
Perhaps more important is the risk that higher inflation rates may induce changes in the structure of the economy (such as the widespread use of wage indexation) that magnify inflation shocks and reduce the effectiveness of policy action.But the question remains whether these costs are outweighed by the potential benefits in terms of avoiding the zero interest rate bound.
と書いており、むしろ高いインフレ目標には否定的だ。そもそもこの論文の重点はインフレ目標にはなく、今までのマクロ政策の基本的な枠組を再検討することにある。もっとも重要なのは、金融政策と銀行規制を統合して金融システムを安定させることをマクロ政策の重要な柱とすべきだという提言だ。これは従来のマクロ経済理論にプルーデンス規制などがまったく入っていない点を改めるもので、きわめて重要な論点だと思う。

もう一つは、今回のような「流動性の罠」では金融政策はうまく機能しないので、財政政策の役割を再評価している点だ。ただし裁量的なバラマキはまずいので、ルールにもとづいた自動安定化装置のようなしくみを平時からつくっておく必要があるというのが、ブランシャールたちの提言である。

金融政策については、「有事」における流動性供給の意味は大きいとしているが、インフレ目標については政策手段としてはありうるとした上で、懐疑的な見方をしている。FTによれば、金利操作を超える積極的な(非伝統的)金融政策についてブランシャールは
For decades, central bankers’ only tool has been the interest rate. Some economists have suggested these should be used more actively to “lean against the wind” of credit markets. But Mr Blanchard robustly rejected such an approach. “[This] strikes me as totally stupid,” he said.
と強く否定している。リフレ派には気の毒だが、ゼロ金利における現実的なマクロ政策は金融システムの安定化と財政政策しかないというのが彼らの結論である。

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コメント一覧

  1. 1.
    • yossy0346
    • 2010年02月15日 12:00

    池田先生に質問よろしいでしょうか

    >金融システムの安定化と財政政策しかない

    そりゃそうだろうなとは思います。一点確認ですが、上記の「財政政策」というのは「赤字財政で支える(=生産性の高くない人への生活保護)」ということでしょうか?

    生産性を上げるにしても中国の賃金が10分の1であれば10倍の生産性を持てということですが、そりゃあまりにも無理ですので「日本の普通の人」(中国人の10倍生産性のない人)には仕事がなくなります。
    それを防ぐには高額関税か財政出動(日本で仕事がない人に仕事を作る、または直接給付(どちらにしても生活保護))になります。

    しかし、中国が8%の成長率で完全雇用になるまでに25年。一方、日本の国債残高が日本国民の貯蓄残高を超えるまで6年。自民党の公共事業も民主党の直接給付も(直接給付のほうが安いのでしょうが)結果的には25年は持ちません。破綻は見えています。

  2. 2.
    • cccjad
    • 2010年02月15日 13:48

    どちらの説も、それなりに説得力はあるんでしょうね。でも、それを具体的な政策にするのが難しいのではないですか?

    インフレだって抑制できるか分からないし、財政政策も公共事業中心に逆戻りするのは世論が許さないでしょう。
    まあ民主党に対しては、日本経済は社会実験の場ではないんだから、広く意見を聞いて慎重に対応してもらいたいです。

  3. 3.
    • 池田信夫
    • 2010年02月15日 14:15

    ちなみに「勝間応援団」の矢野浩一氏は、私がボールドで引用した部分をこう訳しています:

    <それらのコストが「ゼロ金利制約に陥らないようにする」という潜在的な利益よりも重要なのかについては疑問だ>

    これだと「インフレのコスト≦利益」と読めるが、原文は

    the question remains whether these costs are outweighed by the potential benefits

    これは「潜在的な利益がコストよりも重要なのかについては疑問だ」と訳すのが正しい。つまり「コスト≧利益」という意味。リフレ派って経済学がわからないだけじゃなく、英語もできないんだな。

    http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20100215/p1

  4. 4.
    • minourat
    • 2010年02月15日 15:35

    興味深い記事を紹介していただきありがとうございます。

    論文の結論では、 安定した需給ギャプとインフレが究極的目的であるとのべています。 ただし、 4%のインフレを2%のインフレと比較したときの損得勘定についてはよくわからないとのことです。

    FTの記者は、著者に直接インタビューしたようですので、 FTの記事の内容が著者の本音に近い気がします。

    論文では、 不況時の安定化政策として、 課税の累進率の強化、、 社会保険支払いの拡大、 低所得者への減税および一次金の給与、などを提案しています。

    みなさんは、 論文の提案をどうおもわれますか?

  5. 5.
    • taguidobu
    • 2010年02月15日 21:20

    はてなの「屋上の狂人」氏blogの記事から

    http://mathdays.blog67.fc2.com/blog-entry-1016.html
    →Financial Timesの記事を引用して、池尾つぶやき、池田記事を批判しているけど、この数学教員?氏はIMF報文を見てないのかな。結論を見ると、池尾、池田さんの述べていることで相違ないのだが。

    関連記事
    野口悠紀雄-金融緩和してもデフレは克服できない
    ──今こそ必要なデフレの経済学(1)
    http://diamond.jp/series/noguchi_economy/10058/

  6. 6.
    • live_ponpoko2
    • 2010年02月16日 17:14

    ↓のインタビュー記事を読む限りでは、ブランシャールは4%インタゲに懐疑的であるとか強く否定しているわけではなく、そのコストがベネフィットを上回るか否か考慮する価値がある、といいたいみたいですよ。強くはないですが、一つの政策として勧めていると言っていいでしょう。

    At the same time, it is clear that achieving credible low inflation through central bank independence has been a historic accomplishment, especially in several emerging markets. Thus, answering these questions implies carefully revisiting the list of costs and possible benefits of inflation. Nevertheless, it is worth considering whether these costs are outweighed by the improved policy maneuverability that would be available in times of crisis from having slightly higher inflation.

    IMF Explores Contours of Future Macroeconomic Policy
    http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2010/INT021210A.htm

  7. 7.
    • live_ponpoko2
    • 2010年02月16日 18:52

    後半のFTの↓の記事における"these"というのは、interest rates のことですよ。別に非伝統的金融政策を否定しているわけではないです。金利だけでなく、もっといろいろな手があるよ、と提案しているわけです。

    The paper suggests giving central bankers “cyclical regulatory tools”, including bank capital ratios to limit or expand leverage, liquidity ratios to regulate liquidity, loan-to-value limits to control domestic mortgage borrowing and margin requirements to have some control over equities.

    For decades, central bankers’ only tool has been the interest rate. Some economists have suggested these should be used more actively to “lean against the wind” of credit markets. But Mr Blanchard robustly rejected such an approach. “[This] strikes me as totally stupid,” he said.

  8. 8.
    • ikuside5
    • 2010年02月17日 02:00

    論文等における「インフレ目標」をどのように解釈するかが問題なのではないでしょうか?
    「平時のある程度のインフレの状態」という目標と、
    昨今の日本のようなデフレの状態から「非伝統的な金融政策」を駆使してそこからインフレを達成するという目標は、
    方法として別種のことであるということかと思いますので。
    そもそもこの論文自体がゼロ金利制約時の金融政策の提言ではないと思いますし。むしろゼロ金利になったら金融政策がきかないので気をつけようということですよね?

  9. 9.
    • minourat
    • 2010年02月17日 15:07

    > "these" というのは、interest rates のことですよ.

    そのようです。 次の記事を読むともうすこしはっきりします。

    http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704337004575059542325748142.html

    この記事もインタビューにもとずいて書かれていますので、 要点が論文より簡潔にまとめられています。

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