長崎原爆資料館の展示
「虐殺」のヤラセ写真
編集委員 石川水穂
[1996年04月23日]
今月からオープンした長崎原爆資料館に展示されている“南京大虐殺”の写真の出所を追った。原爆の悲惨さを訴える資料館で「日本側の加害展示」まで必要なのか−と論議を呼んだ写真である。
問題の写真は「日中戦争と太平洋戦争」コーナーの1937年(昭和12年)の年表「12月/南京占領、大虐殺事件おこる」の下に展示されている。泣き叫ぶ婦人ら一般市民が兵隊に連行されるシーンだ。
実際に展示を見た上杉千年・元岐阜県立高山高校教諭によれば、この写真は昭和58年に上映された記録映画「東京裁判」(小林正樹監督)の中で南京事件を説明する際に挿入された中国側の宣伝映画「中国の怒吼」の一コマという。
確か、この映画は終戦50年の昨年、NHKの衛星放送で再放映され、録画したはず…。帰宅後、さっそく録画を見た。
問題のシーンは1分弱。冒頭に「これは南京事件を告発した中国側のフィルムである。映画『中国の怒吼』より」と字幕があり、「縛られて連行される男」「穴に埋められる男たち」など痛ましいシーンの中に、長崎原爆資料館で展示されている「泣き叫ぶ婦人…」の映像もあった。
公開当時、物議をかもした映像だったことを思いだした。
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月刊誌「諸君」昭和58年8月号の「映画『東京裁判』にモノ申す」という座談会で、渡部昇一・上智大教授らが挿入された南京事件の映像について「やらせではないか」と指摘。「プレジデント」同年9月号の「映画『東京裁判』への批判に応える」というインタビュー記事で、小林監督はこう語っていた。
「確かに、あれは中国=国民政府が南京事件を告発するためにつくった映画のフィルムであり、いわゆるやらせがかなり多いことも、最初からわかっていました」
「中国の怒吼」はスタッフが台湾へ再三、足を運び、苦労して入手したフィルムという。
小林監督の「東京裁判」は4時間37分。物議をかもしたシーンを除けば、米国立公文書館、国立国会図書館、外務省外交史料館などの一次資料に基づいた極めて客観的な記録映画である。
問題の映像を日本を守る長崎県民会議が追跡調査したところ、戦時中の昭和19年(1944年)、米国でも上映されていたことが分かった。
「ザ・バトル・オブ・チャイナ」(フランク・キャプラ監督)。日本では、「日中戦争」という題のビデオで平成3年、大陸書房から発売され、解説に、「アメリカ、ニュー・ディール時代を代表する映画作家フランク・キャプラ監督も、第二次大戦中は応召して陸軍省映画班の所属、国策に沿ったドキュメンタリーや宣伝映画を手がけている。この『日中戦争』もその一つ…中でも未だ問題となっている南京虐殺事件と覚しき処刑シーンは目を覆う」と書かれていた。
第二次大戦中、中国・国民政府と、それを支援する米国が反日宣伝のため、「やらせ」を交えて製作した映像であることは間違いないと思った。
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「日本側の加害展示」をめぐって、長崎市の対応は二転、三転した。
当初、市はスペースの関係でそのようなコーナーを設けるつもりはなかったとされるが、今年に入って、「原爆被害だけでなく、日本の侵略と加害の事実も示すべき」という一部市民の声をマスコミが大きく取り上げ、「南京大虐殺」の写真を展示することにした。それがどんな写真だったかは分からないが、長崎日の丸会や自民党市議団が抗議し、写真を「南京大虐殺」から「南京入城式」に差し替えようとしたところ、今度は中国側からクレームがついた。
3月25日、中国の人民日報は「長崎原爆資料館が圧力に屈し、南京大虐殺の史料を撤去」と報じ、27日、長崎華僑総会が「南京入城式の写真は認められない」と抗議、長崎の中国総領事館の「不快の念」も伝えた。
30日、伊藤一長・長崎市長は総領事館と協議し、再び「南京大虐殺」の写真を展示することで合意。それが今回、問題になった「泣き叫ぶ婦人」の写真だった。
南京事件などほとんど知らない市の職員が4月1日の開館を目前に控え、十分な検証もしないまま「やらせ映像」を大あわてで複写したのだろう。
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小林監督の「東京裁判」は、裁判自体の無効性を主張したブレークニー弁護人の弁論も大きく取り上げている。
「(広島、長崎に)原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認した者がいる。その人たちが裁いている」
だが、中国・人民日報は昨年夏、「広島、長崎への原爆投下は日本の侵略行為がもたらしたもので自業自得」という論評を掲載し、今も地下核実験をやめようとしない。
隣国とはいえ、国際常識を逸脱した共産党独裁国家の理不尽な内政干渉に屈した長崎市の前例が現在、政府で建設を検討中の「平和祈念館」(厚生省)、「アジア歴史資料センター」(総理府)の展示に踏襲されないことを願うしかない。
(いしかわ・みずほ)
首相 長崎原爆資料館の写真など
真偽調査を指示
[1996年06月25日]
橋本龍太郎首相は24日の政府・与党首脳会議で、今年4月に開設された長崎原爆資料館に展示中の南京事件関連のビデオと写真が実写でないと指摘されている問題に関連、外務、文部など関係省庁に真偽を調査するよう指示した。
これは同日午後の首脳会議で参院自民党の村上正邦幹事長が「日本人が悪いことしかしていないという主張が展示に貫かれている。これを見た青少年たちは日本に原爆が落とされて当然だと思ってしまう」と指摘。首相は「展示されている写真の正否の判定は難しいが、事実関係を確認し対応したい」と述べ、同資料館を含む各地の「平和博物館」の展示写真の真偽などを調査することを約束した。
長崎原爆資料館をはじめ「平和博物館協議会」に加盟する同種の「平和博物館」は、全国に8カ所ある。
問題となっている長崎原爆資料館の「日中戦争と太平洋戦争」のコーナーでは、「日中戦争」と題する約2分間のビデオと、このビデオから接写した「虐殺直前、連行された中国の人びと」の写真が公開されている。
その後の学者らの調査では、ビデオは当時の米軍が日本のニュース映像などを入手して製作した反日宣伝映画「ザ・バトル・オブ・チャイナ」の一部と判明し、市民団体などが展示から除外するよう求めた。
長崎市は、この映画の基となった映像の撮影者や撮影場所は未解明のまま、今月4日からビデオと写真は「ザ・バトル・オブ・チャイナより引用」と出典を明示したうえで展示している。
同資料館運営協議会は、実写でない場合には長崎原爆忌の8月9日までに、すでに出版されている信頼性の高い写真に差し替える方針を近く決めるが、市議会側の反発が予想され、決着のめどは立っていない
「南京大虐殺」やらせ?ビデオ
長崎市 関係者の処分を検討
[1996年07月13]
長崎原爆資料館に「南京大虐殺」の実写でない写真が展示された問題で、長崎市の伊藤一長市長(50)は13日までに、行政側の責任を認め、関係者の処分の検討を始めた。自民党市議団の申し入れに答えたもの。
自民党市議団の佐藤忠団長によると、11日に行った市首脳への申し入れで、展示された「南京大虐殺」の写真、映像をめぐる行政と展示資料の搬入に携わった企画会社、丹青社の責任を明確にするよう求めた。さらに機構改革による原爆資料館の管理体制にも見直しを迫った。
市側は伊藤市長のほか、江口圭介助役(58)、横尾英彦出納長(58)が対応。江口助役ら資料館にかかわった職員ら数人から、給与返上などの申し出があり、処分を検討していることを伝えた。結論は今月中に出される見通し。
市では企画会社、丹青社にも謝罪を求めており、さらに原爆資料館の運営のトップの館長を来年4月から課長級から部長級ポストに格上げし、被爆者行政と平和行政を分離することも検討を始めた。
佐藤団長は「われわれの再三の指摘にもかかわらず、真実ではない写真を有料で展示してきた責任は重い」と指摘。市の対応について「通常、土木工事で事故を起こすと指名停止など厳しい処分になるのに、なぜ丹青社の場合、謝罪文だけで収めるのか」と疑問を投げかける。今後の対応によっては、百条委員会による追及も辞さない構えで「市民にもきちんとわかる形でペナルティーを科してほしい」と求めている
【主張】平和祈念館
予算の凍結は当然の措置
[1999年08月19日]
展示計画の偏向性が指摘されていた東京都平和祈念館の建設について、東京都は来年度の予算計上を断念した。財政難もさることながら、戦争に対する一方的な見方を植えつけるような今の計画は白紙に戻した方がよい。凍結は当然の措置である。
この計画はそもそも、昭和20年3月10日の東京大空襲で亡くなった10万人の霊を慰めようという趣旨でスタートした。しかし、展示内容などについては、議会や都民にほとんど知らされないまま、作業が進められた。そして、一部の都議がこれに気づいたときは、当初の趣旨とはかけ離れ、『軍事都市・東京』が空襲を受けるのは当然の報いであるかのような展示計画ができあがっていたのである。
遺族の心情を踏みにじった「許しがたい密室行政だった」と言わなくてはならない。その後、都側も反省し、青島幸男前知事の私的諮問機関「東京都平和祈念館建設委員会」で修正案を出したが、『軍事都市・東京』という造語は消えたものの、依然、アジアでの“侵略”が強調され、空襲容認論自体は変わらなかった。委員のメンバーが偏っていたこともある。
特定の歴史観にとらわれず、素直な気持ちで東京大空襲の犠牲者を悼み、その歴史をありのまま伝えるには、どんな展示が適切なのか。戦後、焼け跡の中から懸命に立ち直った都民の努力も忘れてはならないだろう。平和祈念館の建設計画については、東京都は諮問委員の刷新も含め、一から出直すべきである。
ただし、空襲犠牲者の遺族のもう一つの願いである慰霊碑の建立計画は、祈念館とは別に、早急に進めてほしい。歴史観など入り込む余地のない問題だからだ。東京大空襲の犠牲者の名簿も、沖縄戦や広島・長崎の原爆の犠牲者に比べ、ほとんど整理されていない。この犠牲者名簿の作成も、祈念館の建設に先立ち、急ぐべき課題だ。
近年、歴史教科書の正常化運動をきっかけに、全国各地で戦争の偏向展示を是正しようという動きが相次いでいる。長崎原爆資料館は「長崎の原爆展示をただす市民の会」の指摘を受け、南京事件の信ぴょう性に乏しい写真など百七十六カ所の展示を差し替えた。大阪国際平和センター(ピースおおさか)でも、府民パワーによって、事実と異なる残酷写真が撤去された。
写真や映像を通して、日本の暗いイメージをことさら強調して子供たちに刷りこもうとする特定の政治勢力の動きに歯止めがかかったものと受け止めたい。われわれは今後も、こうした是正運動を支援していきたい。
【産経抄】
[2000年01月19日]
大阪の「ピースおおさか」(正しくは大阪国際平和センター)といえば、ニセ写真展示などで問題の博物館で知られている。小欄も悪口を書いてきたが、こんどはどうやら筋を通してくれた ▼この23日、市民団体が「ピースおおさか」で「20世紀最大の嘘(うそ) 南京大虐殺の徹底検証」という集会をひらく予定をたてた。ところがそれに対し、在阪の中国総領事館が「施設を貸すな」と管理者の大阪府と大阪市に申し入れてきたのだという
総領事館のいいぶんは「集会は歴史を否定し、事実をわい曲する」というものだが、ご承知のように歴史の認識の仕方は国により、民族によって多様である。光のあて方によって“事実”なるものもまた必ずしも真実ではない。南京事件も研究者によってさまざまな見方をされている ▼従ってその市民団体の主張や見解もそれなりに尊重されなければならず、公共の施設を使用する権利をもつ。表現の自由は封殺されてはならないのである。だがそれにもまして重大な問題は、中国総領事館がそういう行為は内政干渉になることをわきまえていない点だろう ▼じつは前にも同じような問題が起きた。平成8年3月のこと、「長崎原爆資料館」で在長崎の中国総領事館が“南京大虐殺”の写真を展示することを要求し、長崎市長はその圧力に屈して検証もしないまま「泣き叫ぶ婦人の連行写真」を出した ▼ところがそれは、戦時中の中国側の宣伝映画『中国の怒吼(ど こう)』の一コマ、つまりやらせの写真だったのである。中国側の主張は主張として理解するが、「施設を貸すな」とは横車もいいところだ。筋を通した「ピースおおさか」の姿勢は至極当然である。