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反捕鯨の舞台裏[2009/3/28]

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反捕鯨の舞台裏

文・写真=岡崎哲(読売新聞社シドニー支局長)

 調査捕鯨船への体当たり、目に入ると失明する恐れのある酪酸入り瓶の投擲――。それが「非暴力で行う」と宣言された抗議活動の現実だった。2008年12月4日にQLD州ブリスベン港を出航して以来、南極海で日本の調査捕鯨船団に妨害活動を展開してきた米反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」が09年2月9日、ウェブサイトで今季の妨害活動「ムサシ作戦」の終了と「成功」を宣言し、抗議船「スティーブ・アーウィン号」は20日、TAS州ホバート港に戻った。来季もさらなる妨害活動を継続する方針だ。国際捕鯨取締条約に基づいた公海上での正当な活動を暴力で封じようとする「目的のために手段を選ばないテロリスト」(水産庁)の蛮行に、いまだ終わりは見えない。



豪州政府の「厚遇」

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スティーブ・アーウィン号の操舵室に立つポール・ワトソン船長(1月17日、著者撮影)

 1月17日、給油のためにホバート港に一時寄港するスティーブ・アーウィン号を取材しようと待ち構えた。港には「シー・シェパード」と書かれた黒シャツなどを着た100人ほどの人だかり。支援者や船員の家族、恋人らだ。小学生ぐらいの少年が着用していたTシャツには、過去にSSが沈没させたり、衝突したりした16隻の船舶の名称が誇らしげに並んでいた。
「グッジョブ ! 」「グッジョブ ! 」――。午後12時30分。髑髏マークの海賊旗を掲げた黒塗りの抗議船が接岸すると、一斉に歓声や拍手が巻き起こり、口笛が鳴らされた。日本から来た記者にとっては思わず後ずさりしたくなるような「アウェー」の光景である。
 港湾職員が船体をロープで固定するのを待って、入国管理や検疫、テロリスト潜入防止などの各任務を帯びた税関当局の検査官2人が船に乗り込んだが、1時間ほどで下船。かくして、豪州政府による船員全員の上陸許可はすんなり降りた。20日余り前の12月26日に、目視調査船「海幸丸」に船体を接触させたり、少なくとも15本の酪酸入りの瓶を投げ込む危険な行動を取ったにもかかわらずである。
「危険な物質の搭載や持ち込みは」と検査官の1人に尋ねたところ、「何の問題もなかった」とほほえむ。国際指名手配犯の乗船も念頭に「AFP(豪連邦警察)は来ないのか」とも訊いたが、「いや、(上陸に立ち会う)必要もない」と断言、そそくさと車に乗り込んで港を後にした。
 後で、20歳代後半とおぼしき「マルコム」を自称する男性船員は、記者の求めに応じていったん「腐ったバター爆弾」(SSは酪酸入り瓶を婉曲的にこう呼ぶ)を見せようとした。だが、しばらくして、「『記者に見せるな』とワトソン船長に言われた」と断ってきた。船内に隠してあることが前提の発言だった。税関当局の検査官は、酪酸入りの瓶を探そうとしなかったか、黙認したかどちらかである。

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日本の第2勇新丸右舷船尾に衝突した直後のスティーブ・アーウィン号(提供:(財)日本鯨類研究所)

 こうした税関の対応は、現政権の政治判断を反映したもので、いわば当然の結果とも言える。ラッド豪首相は2007年末の総選挙で「日本の捕鯨を国際法廷で訴える」と選挙公約に掲げて、政権を奪取。今年1月8日、ギラード副首相は、日本の調査捕鯨船に酪酸入りの瓶を投げ込んだSSの給油のための寄港について「豪州の港湾に入港するのは何の問題もない」と豪州メディアに語っていた。
 豪州の政界は、ほぼ挙党一致で「反捕鯨」になびいている。豪紙記者は「大規模な予算をばらまかなくても少ない資金ですぐに票に結びつくという側面がある」と指摘する。政治家と反捕鯨団体の結びつきもそもそも強く、「反捕鯨担当」の現環境相、ギャレット氏は、鯨肉の窃盗容疑でメンバーが逮捕された「グリーン・ピース」の元理事。さらに、キャンベル元環境相(自由党)は昨年1月、SSの国際諮問委員に就任するなど、野党との関係も強固だ。
 2009年2月20日になって、連邦警察はようやくスティーブ・アーウィン号を初捜索した。だが、「捜索は日本の当局の要請を受けたもの」と警察当局は明らかにしており、捜査がどこまで本気で主体性のあるものなのかは不透明だ。




黒塗りの船の中に

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スティーブ・アーウィン号(奥)の入国審査に訪れた税関当局の車両(1月17日、ホバート港で、著者撮影)

 国営ABCテレビのクルーと話していた「ジョン」を名乗る広報担当者に、記者の乗船を頼んでみた。だが、「これまで日本メディアの乗船例はない」とあっさり拒否された。豪メディアは当然、乗船例があるそうだ。そこで、ワトソン船長が船体左舷から降りてきたのをつかまえ、「豪メディアはこれまで中を公開してもらったそうだが、ぜひ私も」と直談判。豪メディアのカメラが回っている最中だったのを気にしたのか、渋々認めた。
 しばらくして、「マルコム」氏が現れ、公開は「『正当な活動』の理解を深めてもらうため、初めて日本のメディアに許可された」と恩着せがましく言われた。
「マルコム」氏に連れられて迷路のような船内の奥へ奥へと足を踏み入れ、一眼レフで記録を始めると、「船内見取り図」を撮った直後に削除を命じられた。その中には公開できない部分があったようだ。カメラのモニターをのぞき込まれ、削除が確認できるまで足止めされた。

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スティーブ・アーウィン号の談話室の額に掲げられた日本の調査捕鯨船「第二勇新丸」の救命衣の断片(1月17日、著者撮影)

 船底付近に至ると、タタミ20畳ほどの談話室が広がっていた。奥の壁に掲げられた額の中に「第二勇新丸 共同船舶株式会社」との文字列を見つけ、思わず足が止まった。2008年1月15日に、豪州人ら乗員2人がボートで接近の末、不法侵入した調査捕鯨船「第二勇新丸」で入手したという、引き裂かれたかのようなオレンジ色の救命衣の一部だ。日本側に拘束される2人の写真も誇らしげに飾られており、「マルコム」氏は悪びれた様子もなく「勇敢な行為を記念するものだ」と説明した。あたかも “戦利品” のような丁重な装飾だった。
 隣接するキッチンをのぞくと、皿の上にハンバーグのような固まり。目を凝らしていると、「マルコム」氏は「我々は肉や魚、動物性蛋白質は一切摂取しない『ビーガン』だ」という。「ビーガン」は、菜食主義者の中でもとりわけ厳格に卵や乳製品を含む一切の動物性蛋白質を避けることで知られる。「乗員45人が全員ビーガンで、蛋白質は豆腐などから摂取する」という。クジラだけでなく、あらゆる動物の殺生が船員全員の禁忌であるからだという。本来は、世界中に「動物の殺生禁止を訴えたい」そうなのだが、反捕鯨に焦点を絞っているのは「クジラの方がメディアの注目を浴びやすいからだ」とのこと。だが、これまでにSSが、人間たる日本人捕鯨船員の命を危険に晒してきたことを考えれば、こうした考えが矛盾を来していることは言うまでもない。




日本人船員との面会

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今季、スティーブ・アーウィン号に乗り込んだ唯一の日本人船員「かおり」さん。覆面に使っていたバンダナを取り、背後からの撮影に応じた(1月17日、スティーブ・アーウィン号船内で、著者撮影)

 もともと、日本人船員が最低1人乗船していることは把握していた。そこで、乗船前、カメラを構えてしきりにワトソン船長の降船の様子を撮影していた東洋人風の男性船員に「日本人か」と尋ねたら広東語を操る中国人とのことで、「日本人は乗船していない」という。が、これは乗船してすぐウソだと判明した。
 船内で「マルコム」氏に日本人に会わせてくれるように頼み、しばらくすると「顔の写真撮影なしで、匿名を条件に受ける」との返事。再び、談話室に案内されると、バンダナで覆面した小柄の黒髪の日本人女性が1人、ソファにちょこんと座っていた。
「20歳代の『かおり』、ということにしてください――」。おどおどした口調で、記者を警戒している様子だった。日本人記者が船内に入ったことは既に把握していたようだった。メンバーから「日本人記者がうろついているから気を付けて」と注意を受けていたのだという。ゆっくりと、生い立ちから尋ねていくと、「久々に日本語を話せてうれしい」と漏らし、緊張が解けたのか、徐々に冗舌になっていった。
 学生時代から環境問題に関心を持っていたが、友人の誘いを受けて2005年末にメルボルンに入港していたSSの抗議船を見に行ったのが始まり。ボランティアとして関わるうちに「クジラの窮状に気付き、積極的に(SSの)活動に関わるようになった」のだという。
「かおり」さんによると、07年2月の妨害行為で、警視庁が国際刑事警察機構(ICPO)に国際手配を要請した英国人のダニエル・ベバウィ容疑者も「今季も乗船中」で、「入港の際に税関に名簿も提出したが何のお咎めもなかった」という。豪州政府が今回の入港に際しても、本気でSSの危険行動を取り締まる気がなかったのは明白だ。
 酪酸入りの瓶を投げつけるなど危険な行為が続いていることを踏まえ、「反捕鯨を主張すること自体、個人の自由。だが、主張は言論でなすべきであって、暴力に訴えるべきではないのでは」と尋ねると、「口先だけの抗議では効果がない。世の関心を引くには(手荒な手段も)仕方ない」と、自らの主張の実現のために暴力が正当化されると受け取れる回答だった。「環境テロリスト」と呼ばれることには、「我々を “武器” を使って破壊しようとしている日本政府こそがテロリストだ」と反論した。
 身元を隠す理由については、「顔がバレると両親に迷惑をかけてしまうからだ」という。「シー・シェパードに関わるな」「クジラという言葉をもう聞きたくない」と両親に訴えられても、「クジラを救いたい」「日本の捕鯨は間違っている」と家を飛び出した「かおり」さん。「実は、パパには『早く心を改めて帰ってこい』と言われている」と聞き、日本で「かおり」さんの帰りを待ちわびているであろう両親の姿が目に浮かび、胸が痛んだ。当の本人は「両親こそ分かってくれないし、聞く耳を持ってくれない」と繰り返していた。




カルト団体

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スティーブ・アーウィン号を出迎えに来た少年のTシャツにはシー・シェパードが撃沈した船舶などの名称がずらり(1月17日、ホバート港で、著者撮影)

 10年前に取材したカルト団体が脳裏をよぎった。岐阜支局に勤務していた1999年にオウム真理教のメンバーを取材して感じたことと、「かおり」さんらSSの若い船員たちと話して感じたことが重なる。メンバーのほとんどが20歳代の若者だという点、理想に燃え、自身の理想追求のためには現行の法体系、社会秩序を無視してウソや暴力の行使も正当化する点だ。それに、その結果、非難されると一層社会からの疎外感や被害者意識を募らせ、次の攻撃的な行動につながっていると見受けられる点もだ。
 かつて捕鯨船を爆破したり、体当たりで撃沈させたりして、逮捕されたこともあるワトソン船長を信じて従う若者を、ある日本政府関係者は「 “教祖様” のマインド・コントロール下にある」と指摘した。派手な活動をすれば、より世界の耳目を集め、寄付金が集まるとばかりに活動をエスカレートさせている船長だ。若い船員たちがその呪縛から解き放たれる日は果たして来るのだろうか。





プロフィル ◆ 岡崎哲(おかざき・てつ)
大分県由布市出身。2007年、米ミシガン大学大学院修了(フルブライト奨学生)。
1997年、読売新聞中部本社入社。岐阜支局、社会部を経て、2004年から東京本社政治部で小泉政権下の首相官邸や外務省を担当。英字新聞部や国際部を経て、08年4月から現職。
共著に『いとしの介助犬アトム』(中央公論新社)、『トヨタ伝』(新潮社)

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