2010-02-15
『あすか』騒乱 鉄道ファンはなぜ列車を止めたか
鉄道ファンが列車止める JR関西本線 - MSN産経ニュース
asahi.com(朝日新聞社):「撮り鉄」線路に侵入 快速電車、30分間立ち往生 - 社会
迷惑鉄ちゃん:「あすか」目当てで線路侵入 1万人に影響 - 毎日jp(毎日新聞)
暴走鉄道ファン、列車止める…線路脇で撮影 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
「人に迷惑をかけるような輩はファンと呼べない。善良な鉄道ファンである私も迷惑だ(キリッ」というエントリが廃止前の葬式鉄のごとく乱立しているが、そんな当たり前のことを鉄道ファンが言っても「俺はいいファンであいつらとは別ですからね」アピールにしかならない。マニアはマニアにしかできない分析を提示すべきである。
結論から述べる。
福知山線事故によるJR西日本のイベント自粛により、『あすか』ヘッドマーク*1掲示がレア化。
久しぶりのHM掲示が告知され、イベントに飢えていた地元組に加え、しばらく離れていた復帰組、高速1000円を利用した遠征組も殺到した。
そして、数年以上前やJR東日本基準の緩いマナーをベースに行動した結果、2007年末から厳格化されたJR西日本の新基準に接触して列車を止めるに至った。
退去拒否は擁護の余地なき悪質な往来妨害行為であるが、『線路立ち入り』自体は、マナーを守って(もしくは、マナーは悪いがルールには触れないよう)行動したつもりが、厳格化されたルールに抵触したものと考えられる。
非常識なマニアの行為と切断してしまっては再発を防げない。JR西日本は厳しくなったのだと新基準を周知する必要があるのではないか。
『あすか』本体ではなく、イベント自粛でレア化したヘッドマークが目的
線路立ち入りの前に、善良なファンも含めて大集結した理由から説明しておこう。
JR西によると、この日は団体用の貸切電車「あすか」(6両編成)が同線を走行。山間の川沿いを走る同駅周辺の線路脇には、普段見ることができない車両を撮影しようと多くの鉄道ファンが集まり、
これ間違い。『あすか』は電車ではなく、客車だ。
普段ならこのツッコミは単にマニアが重箱の隅をつついているに過ぎないが、今回に限れば重大である。なぜなら、6両編成に含まれない0台目こそが肝だから。
客車は動力を持たないので、機関車が先頭に付いて牽引する。
「あすか」をヘッドマーク付きDD51がけん引|鉄道ニュース|2010年2月15日掲載|鉄道ファン・railf.jp
この『鉄道ファン』誌web版の見出しを見れば分かるとおり、ファン注目のポイントは『あすか』ではなく、「ヘッドマーク付きDD51がけん引」なのである。
珍しいお座敷客車『あすか』の撮影に集まったというのはちょっと違う。『あすか』はそれほど珍しくない。『あすか』が機関車に純正HMを掲出して走るのが著しく珍しいのである。機関車がメイン・客車は添え物と捉える嗜好は結構メジャーで、純正HMを掲示していれば、組み合わせの価値は跳ね上がる*2。
『あすか』はJR西日本主催のイベントでしか純正HMを掲出しない。団体が借り切って走らせる場合には付けない。ところが2005年の福知山線事故以来、JR西日本は関西地区でのイベント主催を自粛してきた。鉄道ファンはイベントに飢えていたわけである。今回はJR主催のイベントに準じるものであったらしく、純正HM付での運転となることが『鉄道ダイヤ情報』誌上で予告されていた。5年ぶりなのかは確認していないが、とにかくかなり久々の純正HM掲出運転であった。
さらに、『あすか』もそろそろ老朽化が進み、今回を逃すと次の純正HM付運転はもうないかもしれないという観測もあった。
このためファンがこぞって撮影に訪れ、普段の『あすか』運転時の数倍は集まった。
ややこしい話だと思うので、ラフに言おう。
前にも長らくなく、後にもないかもしれないヘッドマーク付での運転だった。この機会を逃せない、ということで異常に集まった。そういうこと。
たった一度の機会と思って集中したのだから、処方箋としては、零度にするか百度にするか。つまり、もう今後一切何も一度たりともイベントを行わないか、今後も幾度も行うと思わせて分散させるかだ。
しかし脅すわけではないんだが、これに懲りて以後イベント中止とでもなれば、まれにイベントが打たれた時には是非とも詰め掛けておかなければならないのだとマニアは学習しますよ。
何度か機会が用意されるのなら、これほどまとまって詰め掛けはしない。マニアに都合が良すぎて言いにくいのだけど、こちらがましな解決法だと思う。
JR西日本の撮影禁止が撮影者を濃縮した
JR西日本は2007年末以降、人身事故防止のためとして、東海道本線にフェンスを設置した。はっきり言えば撮影禁止措置である。肩〜頭の高さぐらいまでの高さだったフェンスがさらに上方に延長されているのですね。JR西日本の基準では、敷地に侵入しなくても、フェンス際で撮影すると危険であると。
このため沿線で撮ることが困難になり、ホームの端から撮影するのが常道となっている。ところが、撮影に適した駅のうち、現在岸辺駅がホーム工事中のためホーム端に立ち入り禁止である。
こうして撮影地が著しく限られた結果、特定の駅や区間への集中を招いた。
もっとも、集中を招いたこと自体は今回重大な問題になっていないので、この件に関して結論めいたものはない。
ただ、JR西日本は鉄道写真撮影に厳しい、という点は伏線として覚えておいていただきたい。
駅では、ファンのマナーに改善が見られた
全体を見通せているわけではないので推論になるが、駅ではどうやらファンのマナーはましな方だったようである。
昨年11月、リバイバル『つるぎ』というブルートレインの復活運転があった。一般には報じられなかったが、この時、駅では撮影の邪魔だからすっこめという罵声大会、大阪近郊の北方貨物線では線路立入と、著しく荒れた。
これではもうJR西日本はイベントを行ってくれないのではないか、という問題意識が、関西地区の鉄道ファンの間では語られていた。『つるぎ』騒動で、綱紀引き締め・自重の必要性が強く認識されたと言ってよい。
今回、50人ほどが集まった駅では、白線黄線からはみ出した撮影者をファンが注意して引き下がらせる様子が見られた。エゴのぶつけ合いの罵声大会にならず、運行の妨げになるからという注意を鉄道ファン同士で行って統制できる程度には、マナーが守られていたといえる。
駅間の撮影地でも、北方の再来を招けば今度こそイベントがなくなるという危機感を持ったファンはいたものと思う。が、そちらは、統制が取れなかったのだろう。
このような事件が報じられると「鉄道マニアには自浄能力がないのか!」という話になるが、『つるぎ』→『あすか』を見る限り、改善はあった。残念なことに、及ばなかったところもあったわけだが。
遠征組・復帰組とJR西日本の規制強化が食い違った
いよいよ立ち入りの問題に入る。
山崎付近と新今宮付近でも起きたのだが、報じられている河内堅上〜三郷・高井田〜河内堅上はいずれも関西本線沿線の撮影地だ。大阪近郊でありながら渓谷っぽくなるところである。
今回関西本線沿線での撮影者から聞くのが、高速1000円でやってきたらしい遠方ナンバーの車が多かったということ。そして、普段見ない顔が線路に接近しすぎていたということ。
まず、旅の恥は掻き捨て的な発想があるだろう。地元では状況も分かっているし、同業者(同好の士のことね)やJRに悪いマニアとしてチェック入れられると何かと困るので、比較的おとなしく振舞う。遠征組はそうではない。この差がまずある。
しかし、それだけではないように思える。遠征組はここ2年ほどのJR西日本の厳しさを知らないのではないか。だって、5年前の福知山線事故以来、撮りに来る対象がなかったんだから。同様に、関西在住であっても、最近(イベントがないので)撮っていなかった復帰組は、直近のJR西日本の厳しさを知らない。
JR西日本の基準は、国鉄時代や現在の他社の基準より厳しい。上越線では許容される範囲の線路接近が、関西本線では許されない。他社と言っても一部民鉄やJR東海(新幹線)など厳しい場合もあるが、少なくともJR東日本は結構緩めである。遠征組や復帰組の感覚ではセーフの範疇に入る位置取りが、JR西日本新基準ではアウトであり、その新基準を体得している地元組も「あいつら接近しすぎ」と感じたわけだ。
(追記)「JR東日本は基準が緩いから云々」というのは外から見た捉え方であって、遠征組はJR東日本(あるいは他の地元JR)の基準が緩いなどとは知覚しておらず、単にいつも通りに行動したと考えられる。
厳格化されたJR西日本の新基準を復帰組と遠征組は知らなかったので破ってしまった。
これが事件の根本だと思われる。
河内堅上〜三郷間(推定)。
(追記)ブコメによればこの画像の中心では条件に合わないそう。
高井田〜河内堅上間。
『立ち入り』が起きたのは2箇所とも橋の袂で上下線の間であるようだ。
(追記)高井田〜河内堅上間はこの地図の位置。河内堅上〜三郷間は不詳。
「上下線が分かれているから、間に入って撮ろう」というのは、割と普通の考えだ。
が、JR西日本の新基準では、NGである。
ケース1 JR西日本と3人(?)の退去拒否
3人(報道によっては4〜5人)が線路に立ち入っており、さらに退去も拒否した、と報じられている。これは擁護の余地がない。退去の拒否は、もうマナーの問題でなく、ルールの問題。それも、法律の問題。
ケース2 JR西日本と上下線間立ち入り
『立ち入り』そのものは、国鉄・JR東日本基準を踏まえて行動したマニアと、厳しい新基準を用いて判断したJR西日本の、不幸なすれ違いであったと考える。
いや、こと安全に関する限り、鉄道事業者の見解が正しい。列車を止めた時点でマニア側に抗弁の余地はない。
だが、抗弁の余地を認めないのと、奇人変人のやらかしたことと処理して説明をつけずに葬ってしまうのは、全然違う。説明がつけられるのならつけるべきだ。
1件は、橋の付け根すぐ脇、保線作業員用の退避スペースのすぐ後ろに三脚立てて撮影を試みていた。
物理的な意味で『線路際』である。間違いなく、線路に近すぎて危険であったと思う。
けどね。退避スペースの後ろってことは、列車に接触しない位置ではあるんだよ。JR東日本エリアのSLみなかみ号などの作例を見ると、それぐらいの位置で撮られたものはままある。中には動画だってあるから、望遠での撮影を見誤ってるわけじゃないよ。JR東日本は苦々しく思っているだろうが、緊急停止したりはせず、とりあえず看過している。
非常識には違いない。が、国鉄・JR東日本基準で許される(ルール違反だが取り合わずに看過される)と判断した位置取りをしたら、JR西日本新基準に抵触した(ルール違反で咎められた)、という話ではある。
もう1件は、上下線の間にいくらかスペースがあり、そこで撮影を試みていた。こちらは物理的な意味の『線路際』『立ち入り』ではない。線路に並行する道路ぐらいには離れられる。ただそこは線路との間に柵が存在しない場所で、おそらく鉄道用地に含まれ、現在のJR西日本基準ではやはりNGである。
ここ(だと思う)、以前にも上下線間への『立ち入り』で列車を止めたことがある。だから、よく分かっている地元組は、NGだと学習できている。しかし事情を知らない遠征組や復帰組が「ここはOK、なぜか誰もいないし!」と判断してしまうことは、決して非常識ゆえとは言い切れない。上越線なら問題にされないと思われる位置だから。
国鉄・JR東日本基準で許される(ルール違反ではない)と判断した位置取りをしたら、JR西日本新基準には抵触(ルール違反)したものと考える。
ひょっとすると3件目4件目があるのかもしれない(2箇所、であって、3〜5人+1人なら6件までは考えられるわけだ)けど、知りえた2件についてはこう捉えている。
ケース3 JR西日本と50人の善良なファン
加えて考えるべきは、毎日いわくの「同じ場所で線路に立ち入っている約50人」。朝日の「約50人が線路脇で三脚を設置するなどしてカメラを構えていた」が正しいと思われるが、この50人も問題なしとはされていないから回送列車から報告があがり記事でも報じられたわけだ。
読売では「暴走鉄道ファン、列車止める…線路脇で撮影」「鉄道ファン約50人が沿線に集まっていた。周辺にはフェンスがなかった」。ここでフェンスに言及がある。ガードレールがあるはずだが、今のJR西日本の基準ではガードレールギリギリでの撮影は危険行為である。ぶっちゃけ、フェンスがない=線路近くでの撮影は危険、フェンスがある=線路近くでの撮影は禁止なのであり、要は線路近くで撮ってほしくないんですよ、JR西日本は。
つまり、善良にカメラの放列を敷いていた50名のファンもどうやらJRの考えるマナー違反であったらしいこと。その全員がとは言わない、そのうちギリギリまで寄っていた一部が、であるかもしれないが。国鉄・JR東日本基準なら許される(マナー違反でもない)位置が、JR西日本新基準には抵触(マナー違反)するということになる。
詳報があれば実態と違う部分はあるかもしれない。
しかし今ある情報から判断する限り、
「よそでは看過されるルール違反が、看過されなかった」
「よそではルール違反にあたらないものが、ルール違反だった」
「よそではマナー違反にあたらないものが、マナー違反だった」
もう全部これに尽きる。
善良な鉄道ファンは何をすべきか
悪い数人がいた、で済ませるから繰り返す。
その数人がただの無法者ではなく新ルールについて来られていなかった可能性がある以上、新ルールを広めなければならない。
また、いわゆる善良なファン()も迷惑なのだとJR西日本が言い出していることに気づく必要がある。
「線路立ち入り・人身事故防止のためフェンスを設けましたがご理解とご協力を」なんてオブラートに包んだ物言いをされても、マニアは善良なファン(笑)である自分が迷惑がられているとはご理解もできず、線路からもっと離れて撮るご協力に思い至らない。「立ち入り防止のためフェンスが嵩上げされましたので、脚立を用意しました^^」と言ってしまうんだよ、マニアは。鉄道マニアは空気読めなくてやんわり断られるとストーキングしちゃうの。はっきり「め、迷惑なんです。そういうの、やめてほしいんです。一生私に近づかないで、訴えますよ……!」と言われなきゃ、わからんのよ。
しかし現実問題としてJRがそこまでぶっちゃけるのは難しい。だから「JR西日本はそこまで言っているんだよ!」と広めるのが善良なファン()の責務ではないだろうか。情報の伝達に齟齬が発生しているのだから、善良なファンを任じるならそこを埋めるべきだろう。JR西日本の厳しい新基準を知らなくて抵触する事例が起きないよう、啓発する必要がある。
「山崎のサントリーカーブにフェンスができたってね、かっこいー」「ふぇーん」
これは知られていても、新快速の運転士が転落や接触の危険を感じる旨訴えたからだという理由は必ずしも周知されていない。
「鳩原は以後撮影禁止。鳩原での撮影行為があれば、JRは新疋田も撮影禁止にする意向」
これは報じられていても、保線用通路を使って鉄道用地に立ち入る撮影ポイントだから厳格に禁止することにしたという事情は徹底されていない。
特定の場所(東海道本線や鳩原)を撮影禁止にしたいのではなく、どこでだって線路の近くでの撮影は好ましく思っておらず、(自社の権利の及ぶ)鉄道用地への立ち入りは禁じるのがJR西日本の意向である。目立つところで特に対策を取っただけでね。だから、東海道本線で禁じられているレベルのことは関西本線でも禁止だ。
善良な撮り鉄を自認する方は、『あすか』騒乱に触れるなら、山崎と鳩原を(別のポイントでもいいけど)例に出して全国のファンにJR西日本の新基準の厳しさを伝えてほしい。それで新基準を知らないことによる事件は防げるだろう。遠征組は事前に撮影ポイントをググるに決まってるんだしさ。撮り鉄じゃない人間がわめいても届かんのですよ、これ。遠征組のうかつな行動抑止は、撮影地ガイドなんかを公表している雑誌や善良な撮り鉄にしかできない。
つーか、雑誌なあ。こういう事件で新聞社の取材を受ければ「ファンの雑誌離れで注意事項を知ってもらえない(キリッ」とかコメントするけど、確かに一般的な注意は入れてても、JR西日本様のご意向をちゃんと伝えていないだろう。あるいは、雑誌社も把握できていないのか。
ちなみに今回『立ち入』ったのは、把握している(上で挙げた)2件については高齢と中年。一般的な注意を知らない歳ではない。
(追記)伝えてやる義理や責務はねーよと思われるかもしれない。しかし、放っておけば連帯責任を取らされる(一緒に叩かれるなり、イベントが行われなくなるなり)のであって、できることがあるならやる方が不利益を蒙りにくい。
JR西日本の厳しさを知ったけどなお立ち入ります、注意受けても粘ります、という故意犯については、これはファンの自浄作用の及ぶところではない。同好の士としての責任は、うっかりはみ出す事例への相互注意喚起が限度であって、善良であろうとする気もないケースまではどうしようもない。
はっきり言うけど、注意されるぐらいでいい写真が撮れるなら、奴らは撮るぜ?
馬鹿のやることだからと注意して帰してちゃ減らない。徹底的に絞らなきゃダメ。反省が見られないなら往来妨害なり業務妨害なりで引っ張ってもらうしかない。
これはもう「あいつらは鉄道ファンじゃない、フーリガンだ」を言うしかないね。すみませんが。
以上、「最近のJR西さんは厳しいんだから気をつけろよ、ロートルと田舎者が」のコーナーでした。
あと、善良なファン()の皆さんは、「高利貸しの同胞が悪事を働いたらしいな。俺はいいユダヤ人で、もう奴を同胞とは認めない。差し出すから処断してくれ」とナチスに向かって喧伝するリスクも意識した方がいいと思うよ。今のところ鉄道ファンは社会的に認められているから実感しにくいだろうけども、ゲームやミリタリーを兼業している人はわかるよね……。リスクも意識した上で言う分には構わないんだけどね。
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