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【介護社会】<百万遍の南無阿弥陀仏>(4) 認知症と気づかず2010年1月29日
思い返せば、それが認知症の兆候だったのかもしれない。 父が1997年に亡くなり、間もなく、母親=死亡時(80)=は息子(57)に「体が熱い」と訴えた。富山県氷見市の自宅。肌を触っても熱くない。それでも「熱い、熱い」と繰り返した。しばらくすると「うつろな目をしていることが多くなった」。母親の薬箱を調べると、大量の錠剤があった。 母親を診察していたかかりつけの医師は、「体が熱い」と感じる原因は、不眠症と精神的な理由からと診断し、睡眠薬と精神安定剤を処方していた。 母親の症状はその後も改善しなかった。食事もろくに取らず、テレビがつきっぱなしの部屋にこもった。息子は当時の記憶をたどる。 「薬のせいか、ろれつが回らんこともあった。あまり動こうとしなくなり、体調をたずねても『なーん、どこも悪ない』と返すだけ。ほとんど横になったままだった」 事件のちょうど1年前の2003年8月。息子がかかりつけ医を訪ね、医師は初めて指示した以上の精神安定剤を母親が飲んでいることを知った。 症状の改善が見られないまま、事件の5カ月前になると母親に妄想が出始めた。 「息子が『母は薬を飲むと、父が生きている、などと訳の分からないことを言い出す。薬をやめてくれ』と、残った薬をすべて突き返してきた」(医師=供述調書より) 母親が手押し車に頼ったおぼつかない足取りで近所の知人宅へ行ったきり、戻ってこなかったのも、そのころのことだ。 「母親は『息子とけんかした。泊めてほしい』と言ってうちに来た。泊まった2晩とも、畳や布団の上に、おしっこやうんちを漏らした」(知人女性=同) 認知症の症状に、時折訪ねていたケアマネジャーは気づいていた。 「家の中が汚く、失禁があった。(母親は)歩行できず、両脇を抱えた介助が必要。物忘れがあり、認知症が出ている」(ケアマネジャー=同) 事件直前には頻繁に便秘を訴え、市販の下剤を用量以上に飲んでは下痢を繰り返し、息子はその始末にも追われるようになった。 認知症の母親と、そうとは気づかず不可解な言葉や行動に振り回される息子。閉ざされた2人の日常は、危うい迷走を始めた。
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