ITOI
ダーリンコラム

<「情」と「理」と。>

何十年も前のことだったけれど、
ある人に、ぼくは、
「あんたには、愛はあるかもしれないけれど、
 情がないような気がする」
と言われたことがあった。
もともと、愛だの情だのということばは、
くっきりしたかたちを持った科学用語ではないから、
ぼくが、ほんとにそういう人間だということは、
証明もできないし、反論することも無理だったと思う。

そのときのぼくは、
「ああ、そうかもしれない」と、妙に納得していた。
情というと、なにか浪花節だとか、
演歌だとかをイメージするし、
「情に流されちゃいけない」という言い方も、
よく耳にしていたものだから、
「情がない」のは、望むところだと思っていた。

そうかぁ、情がないような気がするのか。
でも、愛はあるのか‥‥。
ひとりの青年としては、それで満足だ。

それでも、どういうわけなのか、
ぼくはずっと「情がない」と言われたことについて、
忘れられないでいた。
つまり、気にしていたのだった。

昔ながらの、浪花節な「情」はいらないけれど、
ぼくなりの「情」というものが、
ほんとうはあるのではないか、と思うこともあった。
あるいは、「情」に流されないことで、
流された場合よりも、周囲を幸せにできたということも、
経験してきたような気もする。

ちょっとずつ、まっすぐ歩いたり、曲がったり、
頭をぶつけたり転んだりしながら生きてきて、
じぶんのことをだんだん知るようになってくると、
ぼく自身の成分は、実はほとんど「情」で出来ていて、
その舵をとるときにだけ「理」を用いているのではないか、
と思うようにもなってきた。

ただ、まだいまでもずっと、「情」について
考え続けているのは、たしかなのだ。

だいたい、誰が読みたいと言ったわけでもないのに、
この『ダーリンコラム』という場で、
こんなことを書いているのも、
ぼくがそれについて、ぐだぐだ考えているせいだ。

あ、ここで書くきっかけ、というのがあったんだった。
最近、ことあるごとに語っている
「計るだけダイエット」の過程で思ったことだ。
「計るだけ」とはいえ、ダイエットの方法だから、
ただ体重計に乗っているだけで、
ダイエットがうまくいくはずはない。
体重計が伝えてくれる数字を読んで、
じぶんの体重を増やしたり減らしたりする原因を
イメージするということが本題なのだ。

ダイエットの基本は、
からだが必要としているカロリー以上の
カロリーを摂らないこと、これにつきる。
そのことを知っても、実行するのは、
あんがいむつかしい。
そのむつかしいことを、
「おもしろい」という興味に変換すればうまく行きますよ、
というのが、「計るだけダイエット」なのだろう。

で、これがわかって、実行するのはおもしろい。
食事を意識的に少なく食べているだけで、
ダイエットはいい感じで成功曲線を描きだす。
これをやっているのが「理」だ。
やったほうがいい理由は、いくらでもあるし、
どうしてやるか理解するのも「理」の世界なのだ。

「わたしの健康」のためにやっているのだし、
「わたしが健康であることは、
 家族や周囲の幸福にもつながる」というわけだ。
しかし、みんなのためになるこの「理」は、
知らず知らずのうちに、「情」を失わせる。

「うまいものが食べたい」であるとか、
「どうしても食べちゃうよなぁ」というような、
しょうがない感情を認めないのは、まぁ、いいのだ。
しかし、そういうことだけじゃない。
食べてることには、「たのしい」という「情」があるのだ。
にこにこしながら食べていても、
ダイエットの「理」を意識しながらそこにいるのは、
食べること自体の「たのしい」という情を、
やっぱり減らしてしまっているにちがいない。

健康のために、うまくダイエットしてるのは「理」だ。
それは、家族や周囲に対する「愛」のおかげでもある。
そして、食べるときの「たのしい」の「情」を、
もっとじょうずに感じられたり、
感じさせたりできていいれば、
ほんとはいちばん最高なんだろうなぁ。
食を制限している人って、
たぶん、周囲にとってはつまらないんだと思うよ。
うまそうに、いっぱい食ってる人って、
見ているだけでうれしくなるものね。
そこらへんに、また「情」ということを
思い出すヒントがあったわけ‥‥。

まぁ、ぼく個人の性質の問題なので、
読んでくれてる人は、つまらないかもしれないけど、
書きたかったという、ぼくの「情」があったもんですから。

このページへの感想などは、メールの表題に、
「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2010-02-15-MON

HOME
ホーム


いままでのタイトル

糸井重里の脱線WEB革命から
引っ越ししたもの
ダーリンコラム編
1998年6月6日〜1999年5月31日
1999年6月7日〜2000年6月5日
2000年6月12日〜2001年6月4日
2001年6月11日〜2002年6月3日
2002年6月10日〜2003年6月2日
2003年6月9日〜2004年5月31日
2004年6月14日〜2005年5月30日
2005年6月6日〜2006年6月5日
2006年6月12日〜2007年6月4日
2007年6月11日〜2008年6月2日
 
2008-06-16 魚や鳥に国境はないわけで。
2008-06-23 「時々笑われています」考。
2008-06-30 耳からの理解。耳のたのしみ。
2008-07-07 吉本隆明リナックス化計画(前編)
2008-07-14 吉本隆明リナックス化計画(後編)
2008-07-21 同じ羽の色の鳥は群れているというか
2008-07-28 うつくしいという羊。
2008-08-04 人間乗り物論。
2008-08-11 日本で、しょうがないじゃない。
2008-08-18 ないのに、あることになってしまうものごと。
2008-08-25 沈黙ということ
2008-09-01 かゆみ論。
2008-09-08 サービスとしての笑顔。
2008-09-15 ここはどこ? わたしはだれ?
2008-09-22 むだ話。ふたつ。
2008-09-29 学校の勉強のこと。
2008-10-06 人生ゲームのゴールに描かれる人物
2008-10-13 うまく言えないなりに。
2008-10-20 ありがとうということ。
2008-10-27 謎のメモから。
2008-11-03 諸行無料
2008-11-10 みみしたがうのか。
2008-11-17 「機会」こそすべて。
2008-11-24 いまさらの権化。
2008-12-01 吉本隆明さんの語った
「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話
(前編)
2008-12-08 吉本隆明さんの語った
「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話
(後編)
2008-12-15 女房はね、おもしろいんですよ
2008-12-22 ありゃま、たいへんなことになっちゃってる!
2008-12-29 沈黙の発見。
2009-01-05 呼吸が好き。
2009-01-12 いいこ。かわいいこ。
2009-01-19 持続可能な。
2009-01-26 食わず嫌いと、食ってみるか。
2009-02-02 おれは生きる、という発想。
2009-02-09 品がいい考。
2009-02-16 疑うということ、みたいな?
2009-02-23 テレビの世界のお約束と、ブラッド・ピット。
2009-03-02 恐怖の効用とは?
2009-03-09 ばかにしないということ。
2009-03-16 あらかじめなるほどを禁じられた場面。
2009-03-23 ある夜のひとりごと。
2009-03-30 さみしさとのつきあい。
2009-04-06 「場」が好き。
2009-04-13 「私」を組み込んだ考え。
2009-04-20 うちうちのものを出す。
2009-04-27 遠くと、近くは、別のもの。
2009-05-04 曜日が消えた。
2009-05-11 パシリ考。
2009-05-18 やっと実感できそうな「消費」の重要。
2009-05-25 恋愛もの。
2009-06-01 現実にないけれど、あることになってる世界。
2009-06-08 ポテンヒットと共に。
2009-06-15 夜中に、「あさり」と。
2009-06-22 草食の恐竜は怖くないか?
2009-06-29 ふたりの旅人。
2009-07-06 ぼくらが嫌いになる「わけ」。
2009-07-13 あらゆる場面での『寝床』構造。
2009-07-20 いかにもとるにたらぬものの声。
2009-07-27 場と場のコミュニケーション。
2009-08-03 ほんとに成功する法則。
2009-08-10 駄菓子屋についてのおしゃべり。
2009-08-17 使い回しとか、ありあわせ。
2009-08-24 魔法の武器。
2009-08-31 派は、いらない。
2009-09-07 モデル=模型の時代。
2009-09-14 予測のこと。
2009-09-21 とばっちりの法則。
2009-09-28 対立的じゃなくてもできるじゃないの。
2009-10-05 テレビの持ってるいいところ。
2009-10-12 大きく強くないものの豊か。
2009-10-19 (   )があるからおもしろい。
2009-10-26 ポップの王様のことについてのメモ。
2009-11-02 ねこちゃんは、犬じゃない。
2009-11-09 溜めてばっかりの人たち。
2009-11-16 ボスの資格。
2009-11-23 切れない思いは、ぞうきんだ。
2009-11-30 難問好き。
2009-12-07 しょうがの国・日本へ。
2009-12-14 社会人になっておもしろいこと。
2009-12-21 虫歯のない会社宣言。
2009-12-28 あ、ロボットかよ。
2010-01-04 金で買えないものなどのこと。
2010-01-11 「するどい」って、たいしたものじゃない。
2010-01-18 『喩としての聖書』のこと。
2010-01-25 聞くは、最高の仕事。
2010-02-01 学校では教えてくれない。
2010-02-08 どういうじぶんでありたいのか?