【レポート】
黎明期に一時代を築いたAscend Communications - その軌跡を探る
2008/03/14
JPNICが3月13日に発表した1枚のリスト。そこに掲載されたなつかしい企業の名前。買収を経ていまはなき企業も、その製品群は脈々とラインナップの中で受け継がれている。1990年代のインターネット草創期に一時代を築いた「Ascend Communications」――今回はその企業と中の人々の数奇な運命にスポットを当ててみる。
歴史的PIアドレス
日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)は3月13日、「使用されておらず連絡が取れない歴史的PIアドレスの割り当て先組織一覧」と題したリストを公表した。PI(Provider Independent)アドレスとは、ISPが保有するIPアドレス群とは別の体系で割り当てられたグローバルIPアドレスのこと。通常であれば、ユーザや企業のWebサーバはISPの保有するIPアドレスを割り当てられてインターネットに接続するが、こうした方式だとプロバイダやホスティングするデータセンタを変更した場合にはサーバやルータのIPアドレスの変更が必要になる。そのため、DNSサーバや公共性の高いサービスなどはPIアドレスを用いて、ISPとは独立した運用を行っているケースが多い。
IPアドレスが貴重な現在、こうしたPIアドレスが一般用途に割り当てられるケースはレアだ。だが一方で、インターネット黎明期などには割り当てルールも緩く、ごく一般的な企業がクラスC以上のアドレス空間を取得することも可能だった。今回公開されたリストも、こうした経緯で比較的早期のインターネット利用でPIアドレスを入手した企業の名前が網羅されていることになる。『ドッグイヤー』と呼ばれるIT業界において、さらに変化の激しいWeb業界。10年以上も経過すれば様相も大きく変化するだろう。PIアドレスを取得しつつも、アドレスが使用されずに担当者とも連絡がとれない組織に対して自主的なJPNICへのコンタクトを促すのが本リストの趣旨だが、実際には企業買収や合併、事業撤退などですでに組織そのものが存在していないケースも多いだろう。
そうしたリストに掲載され、過去に存在した企業の中に「アセンド・コミュニケーションズ(株)」という名前を発見した。同社は、米Ascend Communications(米Lucent Technologiesに1999年に買収され、現在は仏Alcatel-Lucentの一部)の日本法人。1990年代はインターネットブームに乗って急成長したAscend Communications(以下、Ascend)だが、業界大手による大型買収、市場の衰退を経て、現在はネットワーク業界人の記憶の片隅に残る存在となった。現在でも製品は市場に流通しているものの、すでにその役割の大部分は終えつつあるといえるだろう。今回は、そんな同社の軌跡を振り返ってみよう。
アクセスサーバ市場を切り開いた「Ascend Communicatios」
DSLや光ファイバといったブロードバンド技術や、ワイヤレス通信、インターネットVPNが広く利用されるようになった2000年ごろまで、一般ユーザが遠隔地のネットワークにリモートアクセスするための手段は電話回線を使ったダイヤルアップ接続だけだった。Ascendが提供していたのは、こうした何十本、何百本となるダイヤルアップ接続要求を束ね、サービスプロバイダや企業のバックボーンネットワークへと接続する「アクセスサーバ」(RASなどとも呼ばれる)という装置だ。「MAX TNT」などのMAXシリーズの名前を聞いたことのある人も多いだろう。主要顧客はAOL(America Online)やEarthlinkなどのサービス事業者などが挙げられる。だが現在、AOLはダイヤルアップ事業撤退、Earthlinkは収益大幅減少でリストラ中という現状を顧みれば、その時代の流れを感じることができるだろう。
パソコン通信に企業のバックボーンやリモートアクセス、さらには1990年代半ばのインターネットブームと、アクセスサーバに対する需要はうなぎ登りだった。基幹向けのMAXシリーズに、小型ISDNルータのPipelineシリーズと、アクセス市場をリードしていたのがAscendだったといえる。その後Ascend自身による何件かの企業買収の後、同社が頂点を迎えたのが、1999年のLucent Technologies(以下Lucent)による200億ドル規模での同社買収発表だ。この買収金額は、近年の買収・合併でも比較的大きい部類に入るものだ。ネットワークバックボーン装置ラインナップの強化を行っていたLucentにとって、アクセス製品で一時代を築いたAscendは非常に魅力的に映っていたものと思われる。だがその後Lucentは主力にしつつあったVoIP市場で大きな競合に直面するなど低迷の時代を経て、2006年にネットワーク機器大手の仏Alcatelに買収された。こうしたAscendの製品ラインナップは、現在でもAlcatel-Lucentの中で生き続けている。
ひとつの時代の終わりと創業者の死
またAscendに関して興味深いトピックの1つが、中の人々の軌跡だ。Ascendの設立メンバーや経営の中核メンバーらは1999年のLucentによる買収決定を機に同社を去り、新たに「Zhone Technologies」という企業の設立に取りかかった。Zhone Technologies(以下、Zhone)もまたサービスプロバイダや企業向けのネットワーク機器の開発・製造を行うベンダーであり、VoIPやIPTV、広域イーサネットなど、1つのシステムでより広範なサービスをサポートするプラットフォームを提供する点で特徴がある。Zhoneは2003年のITバブル不況期での株式上場(IPO)を成功させた数少ない企業の1つだ。こうしてAscendの中核メンバーらはインターネットブームに乗る形で、2つの企業の上場を成功させる偉業を達成したことになる。
Ascendの共同創業者の1人で、Zhoneの起業にも携わったJeanette Symons氏は、この中核メンバーの1人だ。同氏はZhoneの成功後、子供や20代の若者をターゲットにしたSNS「imbee」を提供する新たなスタートアップ企業「Industrious Kid」を立ち上げていた。インターネットで一時代を築いた人物が立ち上げた、3つめの新天地。ここでの活躍が約束されたと思われた矢先の2008年2月1日、米メーン州オーガスタでの飛行機事故で、彼女は10歳になる息子とともに帰らぬ人となった。享年45歳の若さだった。当時のニュース報道によれば、同所でのスキーキャンプに参加していた息子を迎えに行った際のセスナ機での事故だったという。
新企業や技術が生まれては消えていくIT業界の中で、2つの企業を立て続けに成功させたSymons氏は、1990年代のシリコンバレーを代表するエンジニアの1人として知られている。同氏の才能は2000年を超えてなお健在だったが、その死は1つの時代の終わりを予感させる。Ascendの製品が今後も売られ続ける一方で、その役割は新たな技術へとしだいにシフトしていくことになるだろう。前述のリストにAscendの名前が掲載されたのは何かの偶然だろうが、これもまた時代の移り変わり感じずにはいられない。
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