■ハウステンボス “千年都市”理念は揺るがず

5.千年都市の明日に向けて

○「マーケットイン型」施策でマネジメント改善
 平成14年(2002)からの新しい取り組みがどのような成果をもたらすのか、進行中の現在、まだ予断を許さない。
 また、我々は以前のマネジメント状況を知る立場にないため、現在の体制になってからの変化や成長を特定できない。そういった外野にあっても、ここで打ち出した各方策は、的を射た内容のように感じられる。なぜなら、マーケットイン型のイノベーションが見えてきてからである。
 以前は、「感じる人だけ、わかる人だけが楽しめばよい」的な見切りが確信犯的に支配しており、それが孤高で独立国的な雰囲気を醸し出すのに一定の効果を与えていた。それは一方で、"敷居"を作ることになる。また、コストパフォーマンスに対する普通の人の考え方と、"これだけの世界を体験できるのなら、ある程度のお金はかけても損はなかろう"とする事業者の思いが、いつしかギャップを生んだのではなかろうか。
 

 ハウステンボスへの入園が比較的容易な環境に住むファンのなかでも、圧倒的なリピーターのほとんどが「モーレンクラブ」に入会し、さらには「フリーント」としてボランティアながら施設運営に携わろうとしている。こうした熱心なサポーターへの"布教"はすでに終わって、実はまったく無関心な層を掘り起こす、「マーケット創造型」への事業転換が求められていたはずだ。
 ゆえに、既存客や新規客の声を出発点にそのCSを目標としたマーケットインの施策は、きわめて妥当な選択だと言える。ハウステンボスのみならず、他の集客施設、装置産業でもぜひ導入して頂きたい経営戦略なのだが、残念ながらほとんどで理解されていない。だから、アトラクション設備の入れ替えや、デザインコンセプトから逸脱した和洋混在が起きてしまうのである。失礼だが、それは、麻薬といっしょだ。そのときは短期的に数字はあがる。しかし「飽き」に敏感な日本人は、すぐに潮が引くように去っていく。また苦しくなると同じことを繰り返す。それはスポット、一見需要の獲得には効果的だが、結局「顧客」(お得意さま)を失うわけで、長期的な衰退には歯止めがかからない。


グラフ6 「消費情報量の都道府県比較」(通信白書平成13年度版より)
平成11年度における消費情報量について各都道府県別のシェアをみると、発信情報量、選択可能情報量と同様に東京都(10.2%)が最も大きいが、2位との差は発信情報量、選択可能情報量と比較して小さくなっている。また、1人当たり消費情報量をみると、石川県(全都道府県平均の1.5倍)、徳島県(同1.4倍)などにおいて大きいが、他の発信情報量、選択可能情報量と比較すると、多くの都道府県は全都道府県平均近くに分布しており、地域間格差は小さくなっている。



○「積極的な情報発信」の定着を
 ハウステンボスの打ち出した新しい施策のなかでも、最も大事なのが大消費地首都圏・関西圏等への「積極的な情報発信」である。マス媒体に限定せず、あらゆる手段を使った情報発信を継続するという。
 力説するが、ハウステンボスの中身、さらにはその本質は、一般には未知の世界だ。九州を離れて、長崎や佐世保の名前は知っていても位置関係は混乱され、さらに離れると長崎そのものが曖昧になっていく。ハウステンボスも長崎オランダ村もシーガイアもほとんど区別がつかくなってしまうのだ。
 しかし東京をいくら離れようが、千代田区九段南3丁目で起きた交通事故までは分からないにしろ、大体の情報を掴むことができる(まず、東京の全国版ニュースから、地域のニュース、地元のニュースとブレイクダウンされる)。これが情報の集中、中央集権なのである。
 グラフ6にあるように、選択可能な情報量は東京都が13.1%と最も大きく、2位の大阪府(8.5%)以下他の道府県に対して突出している。ただし、消費される情報量は東京都で10.2%、つまり選択可能量の約3%が捨てられている。地域間格差は縮小しているが、地方からの情報は大都市の膨大な情報ラッシュの前にまだまだ影が薄い。
 その情報体系に逆行して、地方からの発信を定着するにはどうすればいいのか?


○前提は「まだ本質が伝わっていない」クリエイティブ
 基本的に一過性では意味がないことは誰もでわかる。いくら、山手線の数編成を全車両(11両)自社広告だけの「アドトレイン」で打って出ても、実施期間が終わって次のクライアントの戦略的なイメージ訴求の前に忘れ去られてしまう。
 また、訴求内容も重要である。すでに広告を打つ市場に置いて「ハウステンボス」は一定の認知があり、その上で「新しい魅力」を語っているのか、むしろゼロ認知のブレークスルーとするのか。それによって、求める効果の評価が決まってくる。
 どうもこのあたり、まだ詰めが甘いような気がする。取材前に我々は「ハウステンボス・チューリップ祭」の車内ポスターをよく見かけた。もちろん仕事柄で敏感になっているためなのだが、イメージキャラクターの「米倉涼子」がビジュアルを支配し、キャッチは「いちばん早く春が来る国」と打ち出されていた。これは、明らかに「ハウステンボス」について基本知識がある人々を前提とした訴求である。なぜなら、「いちばん早く春が来る国」と「チューリップ」そして「ハウステンボスの環境」が饗応して、メッセージが前頭葉に蓄積されるからだ。もし、「ハウステンボス」への認識がなければ、ひょっとして豊島園?後楽園?等と誤解してしまうだろう。
 さらに言えば、有名人のキャラクターを利用するのは、かなりの戦略性が必要になる。キャラクター一人だけの採用は初めてだという。「米倉涼子」の場合、ある雑誌とのタイアップイベントが縁になって選ばれたそうだが、その程度の理由で選ぶべき存在なのだろうか?



図37 気持ちはわからないでもないが・・・(パンフレットより)


○本質感が伝わる表現を戦略的に考えよう
 さらにこのポスターデザインは、「いちばん早く春が来る」ような明るさ、期待感がほとんど感じられない。 
 入国ゲートの「ブレーケレン」をくぐって、目の前にだんだんと開けてくるキンダルダイクと景観、田園交響曲第4楽章から5楽章へ、嵐が過ぎた後に顔を出した太陽と目を覚ました自然の息吹--そうしたドラマが見えてこないのだ。

広告デザインとはメッセージである。あるいは疑似体験ともいえる。だから、「芸術」として認められている。しかし一般の芸術とは、「広告主の意図」と「受け手となる対象」が構造化されている点で、大きく異なる。
 この告知は、10周年記念キャンペーンのスタートとなる大型広告展開だった。その時点で、このクリエイティビティはいったいどうしたことか。ここで広告表現やキャラクターを評論したいわけではない。「積極的な情報発信」をマス媒体に限定せず、あらゆる手段を使うその「前提」が曖昧だと評しているのだ。


○いま、そこにあるリソースこそ、伝えるべき財産
 「ハウステンボス」を継続的にアピールし、前頭葉に記憶してもらうので満足していてはダメだ。本質すなわちいまそこにある感動と、個人とのリンクが必要なのだ。スタッフ諸君は毎日当たり前で見飽きたいつもながらの風景、出来事は、外の一般個人にとっては事件で、感動で、畏怖にもなることを忘れてはいけない。本質のなかにいて、本質を見誤ってはならないのだ。
 なぜなら、ハウステンボスこそ、千年都市を語るに許される本質をすでに掴んでいるからである。道は長く険しい。しかし、明るく前向きな姿勢の広報担当スタッフのような、シゴト遺伝子が今後も継続されれば、いつまでもその輝きを失わず、我々を魅了してくれるのに違いない。

【まとめ:新しい取り組みの位置づけチャート】

【ハウステンボスのオフィシャルスポンサー】
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おわり

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