朝鮮出版会館に家宅捜索に入る捜査員ら=25日午前8時30分、東京都文京区白山で
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世話役の女「子供船酔いで大変」
「船酔いして大変だった」−。一九七三年に失跡した埼玉県の主婦渡辺秀子さん=当時(32)=の子ども二人が北朝鮮に拉致された事件。二人の「世話役」だった女(55)は拉致直後、周囲にそう語ったという。幼い姉弟を遠く離れた異国の地に連れ去った犯罪の発生から三十四年。警視庁が二十五日、強制捜査に動きだし、その真相が明らかになろうとしている。
関係者らによると、世話役の女は五一年、在日朝鮮人の父と日本人の母の間に生まれた。七〇年安保闘争など学生運動が盛んな学生時代、在日本朝鮮留学生同盟(留学同)に入り、祖国の統一と隆盛・発展や在日同胞の権利拡大の大衆運動を行うなど、熱心に活動していたという。ここで、二児拉致の主犯格とされる四歳年上のリーダー格の女(59)と知り合う。積極的な活動ぶりが見込まれ、北朝鮮の工作活動の拠点とみられる貿易会社「ユニバース・トレイディング」に入社。信用を得て、拉致にかかわることになったとみられる。
この貿易会社は、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の元第一副議長が実質的に設立。韓国へ直接、工作員を送りにくくなった北朝鮮が、日本から工作員を派遣したりする対南工作の拠点だった。「在日のうち、両親どちらかが日本人で、自由に海外に渡航ができる人が集められた」(警察幹部)という。
拉致直後の七四年夏、世話役の女は三週間ほど会社から姿を消した。戻ると「(工作船で北朝鮮に向かっている時)子供が船酔いし嘔吐(おうと)して困った」「北で親に間違えられ困った」と交代で二児の面倒をみていた女性社員二、三人に語ったという。
◆警官と総連衝突 付近騒然
「朝鮮総連に対する不当な政治弾圧」「帰れ。帰れ」−。渡辺秀子さんの子ども拉致事件で、警視庁などが二十五日午前、東京都文京区の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下団体の家宅捜索に着手。反発する総連関係者と警察官が衝突、逮捕者が出るなど付近は騒然となった。
午前八時二十分ごろ、捜査車両約十台に分乗した捜査員ら百数十人がビルの前に集合。朝鮮総連関係者が拡声器などでシュプレヒコールを繰り返す中、捜査員がビル内に入ると、盾を持った警備の警察官と抗議のプラカードや横断幕を持った総連関係者数十人がもみ合いとなった。
午前十時半ごろ、警官隊に突入しようとした男が組み伏せられ、公務執行妨害の現行犯で逮捕されると「不当逮捕だ」と声が上がり、警察官に殴りかかる関係者も。時間とともに人数が増え、百人近くになった朝鮮総連関係者と、応援の警察官が路上にあふれ出し、建物前の国道は一時、車の通行ができない状態になった。
◆世話役女の夫「忘れろ」
拉致された二児の「世話役」とされる女の夫(58)は、中日新聞の取材に「(事件について)肯定も否定もしない。妻には何も聞いていない。『すべて忘れろ』といっている」と語った。この夫もかつて、拉致の拠点とみられる貿易会社「ユニバース・トレイディング」の社員だった。
夫は、同社取締役で工作員のリーダー格とされる女について「気の小さい女で、ヒステリックなところがあった」と説明。「拉致とか殺害とかを知っていれば『何やっているんだ』としかっていた」と話した。女とは会社を解散してから約三十年間、一度も会っていないといい、「なぜ今になり、急にこんな話が出てきたのか」と困惑気味。
日本国内に潜入したとして一九八八年に逮捕されたよど号メンバーの男が、この夫の弟名義の旅券を持っていたが「当時は役所に行けば戸籍は第三者でも取れた。私は知らなかった」と関与を否定した。
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