二つの同時代史


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編集部だより
内容紹介

本書は『世界』1982年1月号から翌83年12月号まで24回にわたって連載された対談「二つの同時代史」が元となっています.1984年に小社から単行本として刊行され,その後長い間品切れとなっておりましたが,今年2009年は大岡昇平氏も埴谷雄高氏も生誕百年にあたるため,これを機に初めて文庫化しました.戦前から戦後までの自分史+文学論+時代論.ふたりの知的好奇心の広さと知識量それと批判精神に圧倒されます.百聞は一見にしかず.そのごく一部を以下に引用しておきますので,ぜひ書店で手に取って見てください.
大岡 フロイトが最初に『夢判断』を書いたのは一九〇〇年だろう.平和が続いたんだよ.一八七〇年から一九一四年までは平和な時代であって,戦後三十八年に匹敵する四十四年間の平和が続いたんだからね.植民地戦争はやったけど,いわゆる列強間にはなかった.だからいろいろな新しいものも出たわけだ.やがてロシア革命があって,二〇年代はまたひとつの山を越えた.二三年にはルカーチの『歴史と階級意識』が出た.これが日本では福本イズムになるんだが,おれなんかは文学の方の革新,プルースト,ジョイスに気を取られていた.十九世紀の物語り体の小説形式が崩れちゃった時代で,きみの『死靈』というのは本当の小説の形を取っていねえし,おれも『俘虜記』『レイテ戦記』なんて小説を壊したようなものを書いた.
埴谷 そういうわけだ.
大岡 『死靈』は実に多くのものを壊したな.
埴谷 もちろん「虚」だからね.
大岡 おれはこういう半端な人間で,方々へ関心がいくんだけど,きみは『死靈』一本だからおそれ入った.とにかくおれたちはすべてが加速されて,なんでもこわされちゃった一九二〇年代に青春を経験した.それから三〇年代にヒットラーが出て,大衆を組織して,戦争をやって崩壊した.われわれの住む日本も同じようなことを経験した.戦後になって負けたことによってあらゆるものがどっと吹き出した珍しい時間も経験した.
戦後も五五年ごろになって大衆文化がどうのこうのと言われ出すけれど,大衆文化現象は何も戦後に始まったわけじゃねえよ.おれたちのものの考えを作ったのは,岩波文庫という思想の大衆化の結果ですよ.戦前から始まっていたんだ.平野のいう小説の大衆化はフランスなら大デュマ時代に,新聞が連載小説をはじめた時にはじまった.イギリスでいうと,前世紀末に,『ゼンダ城の虜』『ソロモンの洞窟』が出てベストセラーと純文学が分かれた,というのは,アンドリウ・ラングという純文学的批評家が『ゼンダ城の虜』を賞めたってことが大事で,以来純文学はますます堅苦しくなったってこと.一方,ベストセラー小説は延々といままで続いている.おれたちだって純文学をやりながら映画館へかよってたわけだよ.同じ『ゼンダ城の虜』を見たんだからね.映画の発明は一八九五年だ.
埴谷 そうだね.おれは,おれをつくったのは,映画と探偵小説と天文学だといっている.それもまさに古い連続映画と探偵小説が出発点だよ.だから,きみもおれも大衆文化からの出発だ.


著者紹介

大岡昇平(おおおか・しょうへい)
1909-1988年.作家.フィリピンで米軍捕虜として終戦を迎える.主な作品に「俘虜記」「武蔵野夫人」「野火」「花影」「レイテ戦記」「事件」「小説家夏目漱石」など.「大岡昇平全集」(筑摩書房).

埴谷雄高(はにや・ゆたか)
1909-1997年.本名,般若豊.作家・評論家.未完に終わった長編小説「死靈」のほか,「不合理ゆえに吾信ず」「闇のなかの黒い馬」「幻視のなかの政治」など著書多数.「埴谷雄高全集」(講談社).


目次

I 意識の目ざめ
  意識の始まり/原始の自由と差別/善玉・悪玉――立川文庫体験
II 大正から昭和へ
  映画と文学の混沌の時代/大衆小説の人気/ニヒリズムの芽生え/左翼経験と演劇経験/大正文学と外国文学/革命と文学と結核/フランス文学の流行
III 文学的青春
  ヒュネカーに導かれて/科学と哲学の間/「協力する三角関係」の中で
IV 子ども殺しと監獄体験
  子ども殺しと父親の秘密/監獄体験と母のこと/失敗続きの新聞記者時代
V 戦前から戦中へ
  結婚にいたるまで/同人誌「構想」に加わる/ゼロ体験という原点/『ファウスト』をめぐって/開戦の前後/そして戦争/短波で戦況をきく/戦時中の神戸/同人誌の仲間たち/「新経済」のころ
VI ミンドロ
  応召,フィリピンへ/暗号兵の生活/敗走,山へ/捕虜収容所で敗戦をきく
VII 『俘虜記』と『死靈』と
  『俘虜記』を考える枠組/『俘虜記』の重要性/戦後の文学の「大きさ」/『死靈』をめぐって/戦後文学誕生のころ
VIII 「近代文学」の創刊と第一次戦後派
  敗戦直後の文学状況/「近代文学」創刊のころ/雑誌づくりの苦労/小林秀雄の“誤訳”事件/赤字続きの「近代文学」/戦後文学は終ったか/同人百態/「火の会」と「夜の会」
IX 『武蔵野夫人』のころ
  独歩の『武蔵野』に挑戦/会合の時代/スタンダールの「政治学」/戦後作家の意気込み/米欧回遊/戦後の最初の絶望期/抵抗の伝統のない日本/『武蔵野夫人』の魅力
X スターリン・毛沢東批判
  政治と文学の力学/「国家の死滅」への裏切り
XI 「声」と「近代文学」の裏表
  「声」の同人たち/大同団結した「記録芸術の会」/異常児・荒正人
XII 安保の時代とそれ以後
  安保と吉本隆明/内ゲバ停止を求める/「娘に引かれて」/江藤淳の「先見の明」/日本文化会議と小林・池島/真空地帯行く磯田光一/新しい占領史論への期待/サド裁判のころ/戦後派びいき/「大波小波」のエピソード/『レイテ戦記』のころ
XIII 『死靈』と戦後の文学
  「虚体」をめぐって/時代の変化/日本文学の低落
XIV 三島由紀夫と花田清輝
  三島事件の頃/核兵器と国家/文学的統一理論/花田清輝と匿名批評
XV 七〇年代後半
  『少年』と『夢魔の世界』の頃/芸術院会員辞退事件と武田泰淳/梅崎春生と椎名麟三/カトリック作家の増加/『成城だより』の訂正二つ/ベストセラーは災難/『ながい旅』をめぐって
XVI 近況をめぐって
  区切りに生まれて/衰弱する文壇/妄想と言語観/世紀と共に歩んで
  しゃべり疲れて 大岡昇平
  ボレロ的饒舌をつづけて 埴谷雄高
  解説/樋口 覚




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