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脳科学理論が解説。「集中力」が増す3つの仕かけ

プレジデント2月12日(金) 10時 0分配信 / 経済 - 経済総合
林 成之 日本大学総合科学研究科教授
■なぜ残り10メートルで世界記録を取り逃してしまうか

 北京五輪の代表選考会に来てくれと頼まれて東京辰巳国際水泳場に行ったとき、私は北島康介選手の泳ぎを見て驚いた。残り10メートルで、明らかに世界記録よりも体半分前に出ていたのだ。
「おおっ、やった!」
 思わず私は立ち上がったが、タイムは世界記録に0.43秒及ばなかった。
 北島のタイムを見た全日本の平井伯昌コーチが、日本選手はゴール前が弱いのだと言った。私は、原因は10メートル手前でもうゴールだと思って泳いでいるのではないかと読んだ。これを聞いた選手たちは、当然のことだが、自分たちは必死で泳いでいるのにという態度を示した。
 私が、「全力で泳いでいない」と言ったのには訳がある。脳の機能は「ゴール間近だ」と思った瞬間に低下し、それに伴って運動機能も低下するのだ。脳の自己報酬神経群という部位の仕業である。

 自己報酬神経群とは、その名の通り「自分へのごほうび」をモチベーションに働く部位であり、この部位が活発に働かないと脳は活性化しない。
 重要なのは、活性化はごほうびが得られたという「結果」によって起こるのではなく、ごほうびが得られそうだという「期待」によって起こる点だ。ごほうびが得られた、つまり結果を手にしたと思うと、むしろ脳の機能は低下してしまうのである。
 集中力を持続するには、この脳の仕組みを利用すればいい。ゴールの仕方に集中する。あるいは、目標よりも遠くにゴールを定めるのだ。そうすれば、実際のゴールの手前で脳のパフォーマンスが落ちることはなくなる。
 私は平井コーチに、この脳の仕組みを説明した。コーチと北島選手が取った対策は巧みだった。プールの壁をゴールだと思うのではなく、壁にタッチした後、振り向いて電光掲示板を見た瞬間をゴールだと考える訓練を重ねたのだ。
 この私のアドバイスから1カ月後、北島選手は見事、世界記録を塗り替えた。

■一流選手が常に「まだ課題がある」と口にする理由

 面談をしていて、「私はコツコツ努力するタイプです」と言う人を、私は信用しない。その言葉を聞いたとたん、「コイツはダメだな」と思ってしまう。
 むろん、コツコツ努力するのは、まったく努力しないよりははるかにいい。しかし、コツコツ努力する人が大きく成長することはないし、一流の人間になることもない。
 一方、一流のスポーツ選手の言葉を聞いていると、ある共通項の存在に気づく。「まだまだ努力が足りない」「まだまだたくさんの課題がある」というように、一流になればなるほど、自分はまだ目標に到達できていないと、謙虚というより自然に口にする。しかし彼らは、コツコツ努力するとは決して言わない。
 これは、脳の仕組みから考えると、とてもよく理解できることだ。

 脳には自己保存本能がある。文字通り「自分を守りたい」という本能だ。より根源的な脳の3つの本能、すなわち「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」のうち、「生きたい」という本能から派生してくる、第二の本能である。
 コツコツ努力するとは、一歩一歩着実に努力しようということであり、この言葉の背後には、「失敗しないよう慎重に事を運ぼう」という意識が隠れている。失敗すると自己保存が危うくなる。だから失敗しないように、コツコツやろうというわけだ。
 自己保存本能は人間にとって大切なものだが、「失敗するかもしれない」という否定語は、この自己保存本能に過剰反応を起こさせて、脳の働きにブレーキをかけてしまう。それゆえ、コツコツやるという人は、自分が現在持っている以上の力を発揮することが難しいのである。
 反対に、とても到達できそうにない目的に向かって一気にかけ上がろうと考えると、脳は信じられないほど高いパフォーマンスを示してくれる。つまり、実際は長距離走の場合でも、短距離走のつもりで全力疾走を繰り返すことで、あるところから人間の能力はぐーっと伸びてくる。
 そして一気、一気でダッシュを繰り返して、ふと気付くと、到底超えられそうもなかった壁を突破しているものなのだ。そんな人のことを世間は、異様な集中力を持った人と呼ぶ。

 一流のスポーツ選手がみな謙虚な言葉を口にするのは、無意識のうちにこの脳の仕組みを知っているからだろう。彼らは、簡単に手の届く目標に向かってコツコツと努力などしない。
 常に、高い目標を掲げて、目の前の事に全力投球しているからこそ、「まだ足りない」と口にするのだ。彼らは決して、謙虚な性格の持ち主ではないのである。
 北島選手へのアドバイスで難しかったのは、ブレンダン・ハンセン選手の存在についてだった。ハンセンは当時、100メートル平泳ぎの世界記録保持者であり、北島の最大のライバルだった。
 これはスポーツだけでなく、あらゆるジャンルに言えることだが、人間は結果を求めると、持てる能力を十分に発揮することができなくなる。スポーツで言えば、「敵に勝とう」と思った瞬間、能力にブレーキがかかってしまう。
 なぜかと言えば、これは脳の持つ根源的な本能に反することだからだ。


■ライバルは自分を高めるためのツールと思え

 先ほど述べたように、脳には「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」という3つの根源的な本能がある。この3つの本能に逆らうことをやると、脳のパフォーマンスは急激に落ちる。そして「敵に勝つ」は、「仲間になりたい」という本能に真っ向から逆らう考え方なのだ。地球の歴史の中で多くの生物が絶滅していったが、絶滅した生物の共通点は、周囲にいる仲間とうまくやっていけなかったことである。

 では、ハンセンのことをどのように認識すれば、北島は脳のパフォーマンスを最大限に高めることができるのか。私は北島を含めて全員に、こうアドバイスした。
「ハンセンをライバルだと思っちゃいけない。自分を高めるためのツールだと思いなさい。そして、最後の10メートルをKゾーン(北島ゾーン)と名づけて、水と仲間になり、ぶっちぎりの、感動的な泳ぎを見せる舞台だと思いなさい」
 つまり、ハンセンとも水とも「仲間になれ」とアドバイスしたのだ。これなら、脳の本能に反することはない。
 結果はご存じの通り、北島は見事金メダルを獲得し、ハンセンは4位に沈んだのである。

 結果を求めるあまり能力を発揮できない愚を避けるには、目標達成の「仕方」にこだわるのがいい。勝負に懸けるのではなく、達成の仕方に勝負を懸けるのだ。そして、損得抜きの全力投球をする。
 結果を求めず、達成の仕方に全力投球するとき、人間は信じられない集中力を発揮する。ポイントは、「損得勘定抜きに」だ。損得勘定とは、実は、結果を求める気持ちにほかならないからである。

●point 1:ゴールを決めない
●point 2:コツコツやらない
●point 3:結果を求めない



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林 成之
1939年、富山県生まれ。日本大学医学部、同大学院医学研究科博士課程修了。救命救急の医療に取り組み、日本大学医学部教授などを経て、日本大学総合科学研究科教授。2008年、北京五輪の競泳日本代表チームの結果に貢献した。

山田清機=構成
小原孝博=撮影

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  • 最終更新:2月12日(金) 10時 0分
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