Economistによれば、アメリカの連邦最高裁はビジネスプロセス特許に歯止めをかける決定を行なうそうだ。1998年にハブ&スポーク特許が成立して以来、続いてきた愚かな特許戦争が、ようやく終結するわけだ。
特許の数を増やすことがイノベーションだと思い込んでいる人がいるが、両者は無関係である。日本企業の取得した特許は人口比では世界一だが、ほとんどが死蔵されてイノベーションに結びついていない。経済学の実証研究でも、企業が競争優位を守るために使う手段としてもっとも重要なのは、速く開発することによるリードタイムや企業秘密で、特許はほとんど重視されていない。
理論的にも、Boldrin-Levineの示すように、特許や著作権は過去の技術を使った累積的な研究開発を阻害し、イノベーションには負の効果を及ぼす。かつて技術は大企業が巨額の投資を長期間おこなって開発するものだったが、現代の技術開発の大部分を占めるソフトウェアにおいては設備投資はほとんど無視でき、ネット上のコラボレーションが重要になる。「知的財産権」によって技術を囲い込むことは、独占価格で固定費を回収する効果よりコラボレーションを阻害する悪影響のほうが大きい。
特許は薬品のように固定費の大きい分野ではまだ有効だが、半導体ではもはやクロス・ライセンスの交渉材料として使われるだけで、むしろ既存企業のカルテルを促進して参入を阻害している。ビジネスプロセスに至っては、弁護士以外の誰の得にもならない。
アメリカは共和党政権ではプロ・パテントに、民主党政権ではアンチ・パテントに振れるサイクルを繰り返してきた。現在のプロ・パテントの流れはレーガン政権以来のものだが、30年ぶりにアンチ・パテントの方向に振れ始めたようだ。何かにつけてアメリカのまねをする特許庁や文科省の官僚諸氏も、ぜひこれはまねてほしい。
特許の数を増やすことがイノベーションだと思い込んでいる人がいるが、両者は無関係である。日本企業の取得した特許は人口比では世界一だが、ほとんどが死蔵されてイノベーションに結びついていない。経済学の実証研究でも、企業が競争優位を守るために使う手段としてもっとも重要なのは、速く開発することによるリードタイムや企業秘密で、特許はほとんど重視されていない。
理論的にも、Boldrin-Levineの示すように、特許や著作権は過去の技術を使った累積的な研究開発を阻害し、イノベーションには負の効果を及ぼす。かつて技術は大企業が巨額の投資を長期間おこなって開発するものだったが、現代の技術開発の大部分を占めるソフトウェアにおいては設備投資はほとんど無視でき、ネット上のコラボレーションが重要になる。「知的財産権」によって技術を囲い込むことは、独占価格で固定費を回収する効果よりコラボレーションを阻害する悪影響のほうが大きい。
特許は薬品のように固定費の大きい分野ではまだ有効だが、半導体ではもはやクロス・ライセンスの交渉材料として使われるだけで、むしろ既存企業のカルテルを促進して参入を阻害している。ビジネスプロセスに至っては、弁護士以外の誰の得にもならない。
アメリカは共和党政権ではプロ・パテントに、民主党政権ではアンチ・パテントに振れるサイクルを繰り返してきた。現在のプロ・パテントの流れはレーガン政権以来のものだが、30年ぶりにアンチ・パテントの方向に振れ始めたようだ。何かにつけてアメリカのまねをする特許庁や文科省の官僚諸氏も、ぜひこれはまねてほしい。
コメント一覧
Bilskyの判決、その他の判決の流れからも最近はアンチパテントの傾向があるのは確かです。ただ、最近では、日米で審査ハイウェイ制度が始まり、日本で特許になったものは早期にアメリカでも特許になるようになりました。そんな制度上の変化も考えると国際調和の一環に過ぎないのかもしれません。国際的にはアメリカの特許審査は一番緩く日本の審査はかなり厳しい部類に入りますし、Bilskyの判決による新たな取り扱いは日本の審査ではあたりまえに行われています。
あと、池田さんのブログでは特許と著作権がよく同列に扱われていますが、本来は分けて考えるべきと思います。このブログで5つ星本の「著作権法」で中山先生も指摘していますが、経済財として取り扱われるべき著作物がそうなってないところが著作権制度の問題であり、経済財として地位が確立された特許権といっしょくたはいかがなものかと思います。あと、特許の管轄は経産省であり、文科省ではありません。経産省官僚から大学の先生になった知り合いは、「文科省は落ちこぼれが行くところ」と言います。実際はそうでもないのでしょうが、最近の補償金をめぐるすったもんだをみると当たらずとも遠からずと思えてなりません。
>特許の数を増やすことがイノベーションだと思い込んでいる人がいるが、両者は無関係である。日本企業の取得した特許は人口比では世界一だが、ほとんどが死蔵されてイノベーションに結びついていない。
特許の数を増やすことは特許制度とも無関係です。日本企業の特許数が多いのは、日本の電機業界などの企業が、無駄の多い戦略を取っているからです。池田さんブログ記事Free: The Future of a Radical Priceで述べられている戦略の話です。数を出す特許戦略を無駄なものに見えますが、事業は進んでみないと分かりませんから、数多く出願し、生き残った特許がいい特許という戦略もありです。
イノベーションを増やすかどうかは「政策」の問題であり、個別企業は各経営戦略にもとづいて自分が得だと思う特許戦略を立てているだけです。アメリカ企業も含めたときにイノベーションが起こっているとすれば、特許制度を否定する根拠にはなりません。
>日本企業の取得した特許は人口比では世界一だが、ほとんどが死蔵されて
特許費用が苦にならない大手企業などで、現場の技術者は、ちょっとしたアイデアでも、「とにかく特許申請しろ」と上司に要求されてます。これらの多くは、特定の技術を確立しようとか守ろうという大きな戦略もなく、メクラ打ちのように出願されています。そういうと特許のほとんが、池田氏が指摘されているように死蔵させているのでしょう。
次に、特定の技術を守ろうとする特許でも、日本の特許はカバーエリアの狭い製造技術的なものが多く、はじめから、競合他社からクロスライセンスを勝ち取る事を目標にしているのではないでしょうか。
他社が特許を持っているのに自社が持っていないと不利になるので、武器を持たざるを得ないのです。囚人のジレンマ的には皆が「協調」するという選択もあるはずなのですが、同業企業が一社でも裏切ると残りの会社も同じことをやらざるをえません。これがbobby2009さんも指摘している、クロスライセンスの持ち合い状態です。
さらに特許の場合、著作権と違って「実体」が無くても登録が可能(むしろ実体を発表する前に特許出願する必要がある)ので、(自分でやらなくても)ライバル他社がやりそうなことを先に特許出願して相手を潰すということも可能です。これが「防衛特許」ではなく「妨害特許」たる部分ですね。
これも誰かが始めると残りの企業は同じ事をやらざるを得ないジレンマに陥ります。
パテントトロールの場合はさらに悪質で、自分では実体業務を何も持っていないのでクロスライセンスにさえなりません。
少なくとも「妨害特許」は潰すべきで、ビジネス特許やソフトウェア特許を認めないというのは手段の1つです。
しかし個人的には、実体を持たない特許は訴えをできないようにすべきと考えますね(いくつかの国で採用されています)。ランバス社や大学などには別の保護法を考えなければいけないのかもしれませんが。
poopiang さん
事業があろうがなかろうが権利が発生する点では、著作権の方がたちが悪いという見方もできます。しかも移転できない人格権までおまけでついてきます。特許の場合はある程度、費用対効果でスクリーニングされますから、著作権ほど無意味に権利が発生して経済活動の邪魔になることはありません。
著作権法は、もとは文化の発展を目的としたものですが、ふところが深く、文化的要素の強い絵画から経済財的価値の高いプログラムまで対象に含めています。また、デジタル化、ネット化で著作物の経済的な面が高まってきていますが、人格権など旧態依然としたところが多いです。それが最近では問題となっています。
新興国の追い上げに対抗するために日本は知識集約型の産業を目指すべきだというのをかつて聞いたことがありました。知識集約型の産業を生かすためには知的財産権が不可欠なものだと思っていましたがそうでもないようですね。結局、こういう権利というのが逆に規制のようになって産業の発展を妨げているということなのでしょうか。
>経済学の実証研究でも、企業が競争優位を守るために使う手段としてもっとも重要なのは、速く開発することによるリードタイムや企業秘密で、特許はほとんど重視されていない。
コメントにあるように「妨害特許」などで、「防衛としての効果」はある程度見込まれるからこそ使われているのではなかろうかと思います。
また、イノベーション(既存技術を組み合わせたもの含む)に後発がキャッチアップするのは、それを分析するなどすればそこまで困難なこととは思えません。
「企業が競争優位を守るために使う手段としてもっとも有効なのは」何か、ということ、イノベーションで獲得した優位性を「特許戦略」というか「知的財産権」以外で何を活用していくべきか、という点をなくしては、アンチ・パテントにはならないでしょう。
もっとも、特許本来の考えからは「アンチ・パテント」なものを整理していく方向であれば、望ましいとは思います。
lvdrbirdさん
> 知識集約型の産業を生かすためには知的財産権が不可欠なものだと思っていましたがそうでもないようですね。
いえ、知的財産権自体は必要な物だと考えます。
ただし知的財産と言っても玉石混合で、ビジネス特許や防衛特許は単なるノイズ側です。
著作物の場合は市場原理である程度のノイズは排除されていきますが、特許の場合は審査官の力量で登録状態になったりするのでちょっと困ったものです。
日本の場合は上流特許が非常に少なく、ほとんどが防衛特許です。これは先に私が書いた囚人のジレンマで皆が「裏切り」を選ばざるを得ない状況にあるためで、こういう空しい戦いをやめさせて、他の国と渡り合っていけるようなイノベーション環境を整えるのは国の仕事だと考えます。
poopiangさん
今回のテーマ「アンチ・パテントへの転換?」は
>アメリカの連邦最高裁はビジネスプロセス特許に歯止めをかける決定を行なうそうだ。
という話題から切り出されたものだからビジネス特許に対する考え方なのかもしれませんね。ビジネス特許自体話題にはなったもののもとから疑問視されていたものですから。薬品だけでなく工業製品についてもまだまだ知的財産権は有効なものなのでしょう。防衛特許としてたくさんの特許を出さざるをえない環境がよくないわけですね。工業製品の付加価値もすぐに低くなるような時代に多くの特許料を払っていたら利益を圧迫しますから。日本はプロ・パテント政策の方向で進んでいるようですが数だけでなく質が高くなるように方向づけたほうがいいのかもしれません。産業によっては知的財産権をアンチ・パテントの方向にもっていったほうがいいかとも思います。IT産業などはそうでしょう。特許というより著作権の問題でアメリカの後塵を拝すということがあるようなので。
池田さんやこのブログの常連さんは、ビジネスモデル特許を敵視する向きが多いかと思いますが、あれは毒にも薬にもならないというのが実際のところです。
アメリカは、このたびの判決でビジネス方法は、装置と連動しないと特許しないという取扱いを明確にしましたが、日本では10年前から同様かそれ以上に厳しい取り扱いがなされていました(以下Q&A、問2参照)。
http://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/biz_kanren_q.htm
一時期、ビジネスモデル特許が話題になりましたが、実際に出願してみると特許要件が厳しく、当初は特許率が1割を切るありさまで、最近2割程度に落ち着きました。それでもそれ以外の分野の特許率の5割に比べるとかなり低いです(以下参照)。
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/tetuzuki/t_tokkyo/bijinesu/biz_pat.htm
また、厳しい要件を突破して特許になるものもかなり狭い範囲に権利を限定してやっと特許が得られるだけで、防衛特許としても役立つかどうか怪しいレベルです。つまり、権利者から難癖つけられても容易に回避できます。したがって、ITビジネス全体からみれば問題視するのも馬鹿らしくなるというのが現状です。