【北陸発】給料差し押さえ 困窮者が悲鳴 振り込み当日 徴税相次ぐ2010年2月12日
識者指摘 『生活脅かす』『憲法違反』生活を守るために税法で禁止されている給料の差し押さえを、事実上、全国の地方自治体が行っている。給料は預金口座に振り込まれた瞬間に差し押さえ可能な「一般財産」になる、とする最高裁判決が論拠だ。だが、困窮状態で残高のほぼ全額を差し押さえられ、訴訟や自殺未遂騒ぎにまで発展するケースもある。識者の中には、憲法違反との指摘や、法整備を含めた対策を求める声もある。(谷岡聖史) 河北郡主婦『私が悪いけど…』「あれ、給料がない」。昨年十月三十日、石川県河北郡の主婦は銀行ATM(現金自動預払機)の表示に目を疑った。この日、夫の給料約十八万九千円が振り込まれたはずなのに、残高はわずか二万円余り。実はその朝、県税事務所(金沢市)が、住民税の滞納分として約十六万八千円を差し押さえていた。 滞納は夫が転職した二〇〇五年後半から。給料から天引きされずに滞納通知が何度か届いたが、「仕組みが分からず、後回しにしてしまった」と悔いる。 〇八年秋以降、夫の勤める工場は自宅待機が増え、月十万円も減収。生活費は底をつき、預金がほぼゼロになることもあった。給料日直前の残高はわずか六円。就学前の幼児を抱え、次の出産を二週間後に控えていた。 「分割で払いたい」。すぐに県税事務所に電話で家計事情を説明したが、取り合ってもらえなかった。「もともとは私が悪い。でも、もう少し話を聞いてほしかった」と話す。 「生活相談は福祉課の仕事で、こちらは滞納を減らすのが最重要課題。心を鬼にしないと徴収できない」と県税事務所。県内の個人住民税滞納額は約二十四億七千万円(〇八年度)、全国では約八千二百五十三億円(〇七年度)だった。 ■ ■ 同様のケースは全国各地で相次ぐ。群馬県の男性は〇八年五月、給料日に振り込まれた約二十万円を町に差し押さえられ、残高はゼロに。処分の取り消しを求め、前橋地裁で争っている。三重県では昨年七月、給料日に預金全額を差し押さえられた女性が町役場で油をかぶる騒ぎも。抗議自殺するつもりだったと話したという。 いずれも差し押さえの根拠は、民間の貸付金をめぐる一九九八年の最高裁判決。給料や年金などは口座に一度振り込まれると、他の預金と区別できなくなるため、禁止対象から外れるとする内容だ。 一方これらのケースは給料日当日の差し押さえで、金額も給料全額、残高全額とほぼ同じ。実際には、給料を狙って差し押さえた可能性もある。税理士の浦野広明・立正大教授は「資金の出所は明らかに給料。生活存続財産の差し押さえは憲法違反だ」と指摘する。 最高裁判決を適用すれば、どんなに生活が困窮していても、振り込みの給料は無制限に差し押さえできることになる。だが井上英夫・金沢大教授(社会保障法)は「住民を守るのが本来の行政の役割。生活の安全を脅かすような徴税をしてはならない」と批判する。 二〇〇三年には東京地裁が、差し押さえ禁止財産だと特定が可能な場合は、振り込み後の差し押さえも禁止すべきだ、との判断を下している。西牧正義・岩手大准教授(民法)は、その判決を評価し「きちんとした法整備が必要」と訴える。 税滞納者の給料差し押さえ禁止 最低限の生活を保障するため国税徴収法や地方税法などは基準額以下の給料の差し押さえを禁止している。基準は月額で本人10万円、配偶者や扶養親族1人あたり4万5千円など。5人で暮らす石川県河北郡の主婦世帯の場合、基準額は約28万円。夫の手取り額は基準を下回り、給料全額が差し押さえ禁止となる。
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