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【オピニオン】「カイゼン」の目的を見誤ったトヨタ

ダライアス・メフリ(元トヨタ関連会社技術者)

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 トヨタ自動車の経営陣は、20年以上にわたって、米ゼネラル・モーターズ(GM)から世界一の自動車メーカーの座を奪い取るべく努力を積み重ねてきた。一貫して高品質の自動車を製造し、いち早くトレンドをつかみ取って多様なニッチ市場に食い込むことで、トヨタはついにナンバーワンに上り詰めた。だが、その末に手に入れた大事な聖杯には、どうやら毒が盛られていたようだ。

トヨタのカムリ・ハイブリッド生産ライン REUTERS

トヨタのカムリ・ハイブリッド生産ライン(オーストラリアのアルトナ工場)

 トヨタの現在のリコール問題は、自分の車はほぼ完璧だと信じてきた同社の顧客に、当然ながらショックを与えた。だが、同社の完璧なブランドイメージの裏に品質問題が潜んでいたことを知っても、わたしはまったく驚かなかった。

 わたしは1990年代後半に、日本にあるトヨタ子会社のエンジン部門で3年以上にわたって、研究・設計技師として働いていた。その際、同社自慢の「トヨタ生産方式(別名カンバン方式)」と「カイゼン」活動には欠陥があることを直に目の当たりにした。

 同社の技術者の主要任務の1つは、既存の製品設計を改善する方法を考案することだ。だが、わたしは「カイゼン」が適用されているのは、極めて狭い範囲であることを早々に知った。改善活動は主に製品の性能を向上させるために行われていた。そのようにすれば、新モデルが発売されたときに、消費者は一目で改善の結果を確認することができる。トヨタはこのやり方で、市場シェアを確実に拡大していった。だが、その一方で、最も複雑な工学設計プロセスの一部、すなわち欠陥が生じやすい部分は外部から覆い隠され、消費者の目からは見えないようにされていた。

 例えば、アクセルペダルのリコールの場合、トヨタではペダル技術が市場シェアに影響するとはみなされておらず、そのためペダルの改良は要改善リストには含まれていなかったのではないか。

 トヨタ生産方式は確かに理に適ったやり方だ。それは、設計技師から工場労働者まですべての人が、互いに連携しながら積極的に製品開発に携わり、全員で設計の改善と品質問題の解決に努めるという考え方に基づいている

 トヨタは、技術者チームが欠陥のない製品を初めから設計することはめったにないため、改善活動が品質向上に繋がることに早くから気付いていた。例えば、かつて砂漠の砂によって内部構成部品の一部が摩耗し、エンジンが故障するという問題がパキスタンで発生したとき、わたしは彼らの対応にとても感銘を受けた。

 情報収集のため、わたしの部門の主任技師の一人がすぐに当地へ赴き、帰国するとすぐにチームで問題の分析を行い、2、3カ月後には問題を解決していたのだ。これほど短期間で設計を見直し、製造設備を改良する気概と能力を持った企業はほとんどない。

 だが、たいていの場合、改善活動の原動力となっていたのは、市場シェア拡大を熱狂的に追及しようとする姿勢だ。この方針は、同社の職場環境と改善活動の適用の仕方に著しい影響を与えた。

 トヨタ生産方式は、同社の従業員と部品供給業者の激務の上に成り立っていた。どのプロジェクトでも、きわめて厳格な設計・品質基準の達成とスケジュールの厳守が要求された。

 技術者にとって、1日16時間労働を数カ月続けることも珍しいことではなかった。わたしは、技術者の1人がたびたび、パソコンでエンジンの分析作業をしながら、うたた寝をしていたのを覚えている。このような容赦ない過酷な労働条件の下では、技術者が設計ミスを一切せずに製品を作ることは、ほぼ不可能だ。その結果、経営者はミスを隠ぺいしがちになる。

 過労は当時、日本の大半の会社で一般的なことであった。わたしが理解する限り、それは今も変わらない。日本で発生している品質問題の原因の一つはこれだ。一方、米国ではこうした問題はめったに聞かれない。米国では、設計変更、発売中止、製造中止のいずれかを選択するからだ。

 日本では、会社を相手取った集団代表訴訟では、それが死をともなうような悲惨なケースであっても、原告側が勝訴することはめったにない。そのため、製造責任の問題については、管理体制がずさんな会社が多い。

 消費者の信頼を取り戻すためには、トヨタは設計ミスの原因となったプロセスに関する情報をすべて開示し、問題の隠ぺいがあった場合は、それにかかわった者を罰する必要がある。

 長期的には、雇用慣行を見直し、技術者が十分な時間をかけて高品質の製品を設計できるような体制を作るべきだ。これには、市場シェア拡大を執拗(しつよう)に重視する姿勢を改め、健康的で生産性の高い労働環境の構築にもっと力を入れることが必要だ。

(ダライアス・メフリ氏は、『Notes From Toyota-Land: An American Engineer in Japan』(2005年、コーネル大学出版局)の著者)

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