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医療崩壊を食い止めることを公約にうたった鳩山政権のもと、初の診療報酬改定の答申がまとまった。4月から実施される。
長妻昭厚生労働相の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)が答申した改定の柱は、医師不足が深刻な救急、小児、産科に診療報酬を重点配分するというものだ。勤務医の負担軽減のため、人の配置を増やしたり、チームでの取り組みを後押ししたりする施策も拡充する。
最大の焦点は、病院よりも高い開業医の再診料をどうするかだった。690円にそろえることになった。切り込み不足の感は否めないが、報酬全体を増やす中で開業医の再診料を引き下げたことは評価できる。
休日・夜間などの診療時間外に「電話対応」する開業医の再診料には、新たに「地域医療貢献加算」を30円上乗せすることも盛り込まれた。
開業医が夜間や休日も患者に対応すれば、病院の救急窓口への集中が緩和されるかも知れない。だが申告だけで加算されるようなことになれば、再診料の穴埋めに終わりかねない。実施状況の検証は欠かせない。
医療費の明細書を無料で、原則としてすべての患者に発行するということも、前進だ。患者などが求めていたが、これまでは医師会の抵抗が強くて実現できなかった。
明細書があれば、実際には行われていない診療や検査がないかを患者がチェックしたり、過大な請求やミスを防いだりする効果が期待できる。医療費を節約し、財源を医療再生策に振り向ける余地も生まれるはずだ。
医療現場では今後、明細書をみた患者からの質問が増えるに違いない。医療機関はていねいに答えなくてはならない。診療と報酬について納得してもらうことは医療の基本だ。
診療報酬の体系も、患者にわかりやすいような仕組みに一層簡素化されるよう望みたい。
鳩山政権は中医協から日本医師会の代表を排除し、政治主導の姿勢を示していただけに、思い切った見直しが注目されていた。
むろん、今回の診療報酬改定だけで医療崩壊と呼ばれる深刻な状況に歯止めがかかるわけではない。医師を育成する仕組みを抜本的に強化したり、地域や診療科ごとに偏っている医師の配置を是正したりするための政策努力が問われ続ける。
病院と開業医、病院間の役割分担と連携を見直すことも、引き続き考えていかなければならない。
医療の再生とそれに必要な費用と負担はどうあるべきか。財源を含む広い視野からの検討と対策が大切だ。
この一歩から、さらに大股で進むことを「長妻厚労省」に期待したい。
ある国が放漫財政のあげく破綻(はたん)の危機に陥った。それを助けるために日本が資金を出す、と政府が言い出したら納税者として国民は怒るだろう。しかし欧州ではいま、そんなことまで真剣に議論する事態になっている。
問題の国はギリシャだ。放漫運営に加え富裕層の税逃れで歳入も増えず、財政赤字は国内総生産(GDP)の12.7%に膨らんだ。しかも昨秋の政権交代まで、それを隠していた。
だが、欧州連合(EU)はギリシャを支えないわけにはいかない。EUの単一通貨ユーロの加盟国だからだ。
1999年に導入されたユーロは、ドルに次ぐ有力な国際通貨だ。その加盟国は現在16。ギリシャの経済規模はユーロ圏の域内総生産の2、3%にすぎない。しかし、ギリシャが対外債務不履行などを起こせば、同様な問題を抱えるポルトガルやスペインなどにも波及しかねない。
それはユーロ圏全体への信用低下にもつながる。導入以来、最も厳しい試練を迎えたといえる。
どうやって切り抜けるか。
他の加盟国が支援に乗り出すのは容易ではない。同じ通貨圏で相互に影響が大きいと言っても、なぜ自分たちの税金で「他国」の尻ぬぐいをするのかという反発は強い。すでにドイツでは政府がそんな動きに出ないよう牽制(けんせい)する空気が強まっている。
とはいえ、国際通貨基金(IMF)にゆだねるのは「屈辱的」(トリシェ欧州中央銀行総裁)。またギリシャがユーロ圏から出る選択肢は理論的には考えられても、仲間を見捨てるような具合になって欧州の連帯感も損なわれ、政治的打撃も大きい。
11日のEU首脳会議での「救済合意」にも、そんな憂鬱(ゆううつ)がにじむ。ギリシャの財政再建を積極的に支援するとしながらも、具体的な資金援助には触れていない。
ユーロは「政府なき通貨」と言われる。欧州中央銀行はあるが、経済政策を仕切る中央政府はないという意味だ。EU共通の経済政策が無いわけではない。実際には各国の政策以上に重みを持つ場面も多い。しかし、財政については、赤字をGDPの3%以内に抑えるといった規律はあるものの主権は一義的には各国にある。一つの国のようには機能しない。それが問題を抱えたときの解決の難しさにつながる。
経済が一体化しているのに、政治が追いついていないのだ。その弱点を補うために「欧州経済政府」を設立する構想なども浮上している。
欧州統合はいわばグローバル世界のミニチュア版。国境を越えた経済に振り回される政治、という構図は非EU圏も共有している。どうすれば溝を埋められるか。ギリシャをめぐるEUの七転八倒は、ひとごとではない。