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野田正彰・関西学院大教授 |
1月3日からスタートするNHKの大河ドラマ「龍馬伝」に代表される坂本龍馬ブームと大河ドラマの持つイデオロギーについて精神科医で評論家の野田正彰・関西学院大学教授に話を聞きました。野田さんは高知市出身で土佐高、北海道大学医学部卒の精神科医。現在は関西学院大学教授。オウム真理教・麻原彰晃死刑囚の精神鑑定をしたことで知られています。(聞き手・中田宏)
安倍普三首相(当時)が「従軍慰安婦天皇裁判」の番組でNHKに圧力をかけた。市民社会がこれを重要なものとしてとらえて追跡する力が弱いと、その効果は政治的にずっと働いていく。
こういう状況下でNHKに商業主義が進行している。その最たるものが大河ドラマ。「天地人」には頭にきた。ヨーロッパでは戦国武将の番組などアーサー王やマクベスなど、たまにはあるが滅多にない。日本ほど喜んでいる国はない。戦国武将に愛があるのか。武士は世界に冠たる首狩族だが、そんな認識もなく美化している。ふざけるなと思っていたら、今度は「龍馬伝」。頭にきたので高知新聞に「過熱する龍馬に寄せて」を書いたが、これをきっかけに「龍馬伝」や司馬遼太郎の「坂の上の雲」について議論してもらえたらと思う。
司馬遼太郎はしたたかな金儲け主義の男。大衆小説を書いて人気を作り、幕末から明治、龍馬を食い物にした。彼自身は必ずしも軍国主義を賛美しておらず、「15年戦争」以降のことはほとんど発言していない。問題は司馬が悪いのではなく、司馬をそういう形で使っていく社会とは何なのかを、受け止める力が私たちになければいけない。大河ドラマが持つイデオロギー的役割をきちんとみる必要がある。
自分たちの社会に直接結びついている近い過去、ドイツでは「過去の克服」と言っているが、克服しなければならない過去が我々にはある。それも知らずに、たかだか幕末から日露戦争で「日本人は偉かった。これが私たちにも続いている」というメッセージはあまりに歪んでいる。
民主主義社会で武士の生き方を美化することはおかしい。圧倒的多数は農民や商人だ。搾取階級ばかりを評価して、フィクションを信じている。戦前は講談本があったが、戦後60年たって、また同じことをやっている。「司馬史観」などという人がいるが、司馬は史観とよべるほどの専門家ではない。大衆作家で、典型的なエンターテイナーとして面白おかしく幕末を書いた男。史観などという言葉がでてくること自体がアブノーマルだ。誰かが司馬のように雄弁に太平洋戦争を美化する作品を書いたなら、それなりに読まれるのではないだろうか。
■軍国高知
高知県が、あまりに軍国県であったことをほとんどの人が勉強していないし、知識がないことが歯痒い。戦争被害を起こす社会をつくった事実を見る姿勢が弱い。高知県のような小さな県でこれほど軍人が出ている県はない。
山内家は幕末から、したたかに巧妙に高知県を私物化していった。海南中学を作って海軍兵学校、陸軍士官学校に送り出し、海軍では龍馬伝説を作ってたくさんの将校を出している。
こういう人たちが敗戦で萎縮したと考えたら大きな間違いで、彼らは強力な意志を持って社会を切り開いていった。戦後、本当なら徹底してパージされなければならなかったが日本社会はそれをしなかった。A級戦犯に焦点があてられて、BC級は直接犯罪を犯したものとされ、戦犯にならない者がたくさんいて将官クラスでも追及されていない。こういう人は「国のために頑張ったのに戦後は冷や飯を食った」と犠牲者面をした。
下村定という敗戦時の陸軍大臣は、関東軍の北支那方面軍司令官をした人物だが、1959年に参議院議員に高知県民が選んでいる。山本清衛は海南中学を出て、ビルマで陸軍中将をやった。戦後、高知に帰り手結山観光開発取締役、山内会館代表取締役、土佐女子高校理事、県軍人恩給連盟会長。こういう人たちがいち早く「鉄の高知県」を作った。こういう伝統の中で私たちは教育を受け、市民生活をおくってきたことをよく考えなければならないと思う。(2010年1月1日 高知民報) |