記者の目

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記者の目:航空機などのシステム型事故=佐々木洋(東京社会部)

 ◇失敗から学び、再発防ごう 犯人捜しより大切

 JR福知山線脱線事故調査報告書の漏えい問題の検証作業が昨年末に始まった。遺族や有識者らの検証チームは、漏えい問題だけでなく「調査」と「捜査」の分離など、運輸安全委員会(安全委)の事故調査の在り方を国として初めて本格的に議論し、年内に提言をまとめる。航空機事故など複数の要因が絡み合うシステム型事故で、刑事責任を問う対象はどこまでなのか。根本から見直してほしい。

 鉄道や航空機などの事故が起きると、日本では警察や検察が関係者の過失の有無を捜査し、安全委は事故調査報告書をまとめるために技術調査をする。報告書は専門家による「鑑定書」として警察に提供され、刑事裁判で証拠採用されることがある。

 日本も締結する国際民間航空条約では、事故調査で得た情報について事故調査以外の目的での利用を禁止し、目的外使用の際は裁判所の判断を求めている。事故調査は安全を阻害した要因をすべて洗い出し再発防止に役立てることが目的で、報告書を刑事裁判の証拠に利用しては関係者が処罰を恐れて口をつぐみ、貴重な経験を安全に生かせなくなる恐れがあるためだ。

 しかし、日本は72年に当時の運輸省(現国土交通省)と警察庁が交わした覚書などを根拠に、安全委が警察の鑑定依頼に応じてきた。警察は専門性を備えた安全委の報告書を活用し、安全委は現場保存など人員面で警察に頼らざるを得ない事情がある。

 私は昨年秋まで約3年半、警視庁の取材を担当し、いくつもの事故や事件の現場に足を運んだ。東京都港区で06年6月に起きた高校生エレベーター圧死事故では、昨年7月に製造元の担当者らが起訴されてからも何度となく遺族から話を聞いた。

 事故直後は製造元の対応のまずさや一人息子を突然失った悲しみのためか、母親の市川正子さん(57)の口からは関係会社や担当者の責任を厳しく問う声が多く聞かれた。しかし、時間の経過とともに誰かを責めるような言葉は少しずつ影を潜め、「息子の死を無駄にしてほしくない」「事故原因を究明し再発防止につなげてほしい」と語るようになった。市川さんは今も支援者らと、エレベーター事故が起きた際に原因を調査する専門機関の設置を国に求める活動をしている。

 05年3月に足立区で起きた東武伊勢崎線の手動式踏切事故で母を亡くした加山圭子さん(54)は、裁判で過密ダイヤや開かずの踏切など構造的な問題が解明されず、処罰だけでは再発防止につながらないと考えるようになった。加山さんは安全委に強い権限を与え、捜査より事故調査を優先するよう国に意見書を提出する一方、各地の踏切事故現場を訪ね、裁判を傍聴している。1月には踏切事故遺族の会をつくり事故をなくすための活動を続けている。

 2人の遺族の無念さが薄れたわけではないし、すべての事故遺族が同じだと言うつもりもない。しかし、事故遺族は当事者が処罰されれば癒やされるというものでは決してなく、事故が社会全体で教訓化され、二度と同じ悲劇が繰り返されないことを願っていると感じた。

 01年1月、静岡県上空で日航機同士が異常接近(ニアミス)し、乗客57人が負傷する事故が起きた。二つの航空機の便名を言い間違えて指示を出したことが原因として管制官2人が業務上過失傷害罪で起訴され、1審東京地裁では無罪となったが2審東京高裁で有罪とされ、上告中だ。

 事故当時は航空機に搭載されている空中衝突防止装置と管制官の指示が異なった時にパイロットがどちらに従うべきか明確に決められていないなど、言い間違え以外に複数のシステム上の欠陥があったことが裁判で明らかになった。高裁判決もシステム不備を認めたが、結果的に負傷者が出たことで「言い間違え=過失」と結論づけた。

 人間が避けられないエラーを「犯罪」とし処罰の対象にした時、現場にどのような影響を及ぼすのか。キャリア約20年の現役管制官は、日本の空が大変な過密状態で管制間隔ぎりぎりでの運航を強いられている現状を説明。「事故防止に役立てるため、小さなトラブルを収集し分析しているが積極的に報告が上がっていない。高裁判決の影響で報告がいつ個人の責任追及に利用されるか分からないという不安がある」と打ち明ける。

 米国では航空機事故が起きてもテロや薬物使用など犯罪や重大な過失の疑いがない限り事故調査が優先され、警察が捜査に乗り出すことはない。エラーをした人を罰するより、事故から一つでも多くの教訓を引き出し、再発防止につなげるという社会的合意があるためだ。

 罪を問うのは、故意や重大な過失の場合に限るべきだ。犯人捜しよりも失敗から学ぶ前向きな取り組みこそが社会の利益につながると思う。

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 ご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係 kishanome@mainichi.co.jp

毎日新聞 2010年2月4日 東京朝刊

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