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今週の本棚:伊東光晴・評 『新版 八ッ場ダム』=鈴木郁子・著

 ◇『新版 八ッ場(やんば)ダム』

 (明石書店・2415円)

 ◇作家による「政治と金」の貴重な記録

 政権交代は、群馬県の八ッ場ダムを黒四ダム以上に有名にした。それが、五年ほど前に出たこの本を新版として加筆出版させた。八ッ場ダムについての貴重な、そして唯一といってよい外部者による記録である。

 著者は、一九九九年十一月、関東の耶馬渓(やばけい)といわれている吾妻渓谷に遊んだ文人たちの足跡を調べるための取材で、この地がダム建設でゆれていることを知る。

 美しい自然に惹(ひ)かれ、ダム建設に翻弄(ほんろう)される人たちのもとに通いつづけ、反対運動にのめり込みながら、書き、調べ、記録していく。小説を書く人ゆえの文章が、この地からの情感を読む者に伝えてくれるのがよい。

 特記すべきことが幾つかある。第一は、住民に対する補償基準の提示額、妥結額が表となって示されていることである。宅地は一級から六級まで、それぞれがいくらか。雑種地は、田は、畑は。山林は一級から四級、保安林は、原野も。部外秘のこうしたものは、研究者でも入手が難しい。なぜ入手できたのか。売却を余儀なくされた人が、わざと捨てて著者に拾わせたものだという。全二四ページ、その一部が記されている。補償は家はもちろん、井戸、立木一本一本について行なわれることは知っていたが、こうした資料が外に出たのは、私の知るかぎりはじめてである。

 第二は「ダム屋」に言及していることである。ダム予定地に補償目当てで家を建て、交渉に当たる連中である。もちろんその背後には政治家の影がある。八ッ場ダムでは著者が確認したのが四一戸あり、五〇軒ともいわれている。この本では、その背後関係をぼやかして書いているが、必ず土建業者と地方政治家がいる。鳩山政権はここにメスを入れるべきであろう。

 「ダム補償」の研究について著書がある故華山謙・東工大教授によると、この「ダム屋」は、目ぼしいダムには必ずあらわれるという。

 第三は、公共事業を受注した業者が、自民党地方支部へ献金していることに言及していることである。ただしこれは、毎日新聞の福岡賢正記者の『国が川を壊す理由(わけ)』(葦書房)--熊本の川辺川ダムについてのものからの引用である。福岡さんの本を読むと、自民党の地方政治家がなぜ公共事業誘致に熱心なのかがわかる。受注した土木工事費の〇・一%(国と県の事業)、市町村のそれは〇・〇五%が自民党の地方支部に寄付される等々である。強度の酸性の水が流れこみ、水道用のダムとして不適とされた八ッ場ダムなのに、上流にこれを中和するダムまでつくり、建設を進めようとした理由のひとつがここにある。

 八ッ場ダム建設のための調査が行なわれたのは一九五二年で、この年建設省から町長あてに通知が届き、町長が反対陳情に動く。福田赳夫がダム推進であったことから、反対派は中曽根(康弘)派になり、集団入党するが、やがて説得されてゆく。そして五四年、熱烈な福田派である桜井武町長が当選し、五期二〇年をつとめる。

 この本の巻末にある「関連年表」は、この最初の調査から政権交代後の動きまで丹念に追って貴重である。福田と中曽根の対立がからみあい、いったん反対派が総力をあげて推した樋田富次郎氏が町長になり(七四年)、四期つとめたが、力と金で敗退してゆく過程が読みとれる。

 著者はこの本の最後で、生活がかかっている水没者と、反対を叫ぶ市民運動との意識のずれにも言及している。

毎日新聞 2010年1月31日 東京朝刊

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