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UPDATE3:隠ぺい体質で道を誤ったトヨタ

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 トヨタ自動車製の車が突然加速する問題については、6年の間に証拠が積みあがっている。この現象が衝突事故を引き起こし、これまで10人以上の死者を出したとみられている。

Bloomberg

プリウスなど4車種のリコールを発表したトヨタの豊田社長(9日)

 トヨタは1月19日までこの問題について、フロアマットにアクセルペダルが引っかかることが原因としてきた。しかし同日、同社の幹部2人が米ワシントンで監督当局に驚くべきことを告げた。同社はアクセルペダルの機械的欠陥を知っていたというのだ。しかも、1年以上前から認識していたという。

 この会合について双方と話をした人物によると、米道路交通安全局(NHTSA)の2人の高官は「カッとなった」という。ストリックランド局長は会合の終わりに、販売停止も含むNHTSAとして最も厳しい処罰を科すことをにおわせた。

 1年もの報告の遅れを含む今回のトヨタのリコール問題で新たに判明した詳細からは、NHTSAと同社との間に大きな溝があったことが分かる。連邦当局者や業界幹部とのインタビューや昨年の両者の会合の状況からすると、当局は安全に対するトヨタの姿勢を疑うようになったようだ。

 関係筋によると、トヨタが米当局との間に抱える問題の核心は、安全上の問題について自動車メーカーに求める米国での開示要件と、日本における同社の隠ぺい体質の衝突だという。トヨタはNHTSAとの関係を維持するため元職員2人を採用していたが、関係は冷えていった。

 同社は今月9日、プリウスの日本国内全車リコールに踏み切った。これについては必要ないと考える幹部もいた。

 同社は、監督当局との溝を認めている。佐々木副社長はフロアマットに関して昨年12月にNHTSA当局者と衝突したことについて、考え方を変えたとした上で、NHTSAとまったく同じ考えであるため今後同じ問題は起こらないと訴えた。

相次ぐ苦情、限られた人員の監督当局

 問題の根源をたどると、新式のアクセルペダルを採用した2001年式カムリに行き着く。新式のペダルは物理的にケーブルでエンジンとつながっているのではなく、電子センサーを使ってコンピューター制御のエンジンにシグナルを送る。同じ技術は、レクサスESなどの車種でも採用された。主なメリットは燃料効率だ。

 しかし、NHTSAは04年の早い時期までに、カムリとESのドライバーから、アクセルを踏まないのに加速することがある、との苦情を受けるようになっていた。調査官スコット・ヨン氏が作成した04年3月3日付の文書によると、NHTSAは37件の苦情を対象に加速について初の調査に着手した。このうち30件は事故絡みの苦情だ。

 ミシガン州での訴訟でトヨタ幹部が提出した宣誓供述書によると、ヨン氏と別のNHTSA当局者ジェフリー・クアント氏は、その後20日の間に加速の問題についてトヨタと何度か協議した。訴えによるとこの事故では、05年式カムリが約400メートルにわたり制御不能になり、時速約40キロから128キロに加速した結果、衝突し、ドライバーが亡くなった。

 ヨン氏は同月中に文書をアップデートした。追加されたメモによると、NHTSAは調査対象を瞬間的な加速に絞り、ドライバーがブレーキをかけてからも加速が続くとされる現象については対象外とした。この決定が、後に監督当局を悩ませることになる。

 あるNHTSA当局者によると、調査官は前者のような瞬間的な問題に集中した方が欠陥を特定しやすいと考えた。この問題の方が純粋に、欠陥によるエンジンの不規則な動きのケースだと思えたためだという。後者の現象の方が、アクセルとブレーキの踏み間違えなどドライバーのミスと思われるものが多いため除外した。

 これについてヨン氏とクアント氏はコメントを控えている。

 37件の事故のうち、27件は後者の現象に分類され、調査対象外になった。結局、安全上の問題についてパターンが見つからないとして、調査は04年7月22日に打ち切られた。

 しかし、苦情は増え続けた。調査会社セーフティ・リサーチ・アンド・ストラテジーズによると、05、06年にはトヨタ車の意図せぬ加速に関する報告は数百に上った。トヨタは2度にわたり、一連の苦情に欠陥や傾向を示すものは見当たらないと主張している。

 NHTSAは07年3月に新たな調査を開始。このときは、レクサスES350のアクセルペダルが、付属品として売られていたゴム製フロアマットにひっかかる可能性があるかどうかを調べた。5件の衝突事故を調査し、そのうち4件はほかの車を巻き込んだ事故だった。時速が約145キロに達していたケースもあった。

 NHTSAはES350のオーナー1986人に質問状を送付。600人が回答し、59人が意図せぬ加速を経験したと答えている。このうち35人は、エンジンの不規則な動きの原因について、フロアマットがアクセルペダルを押さえたためとしている。残りは、原因を特定しないか、ほかの原因を挙げた。

 トヨタ側の窓口はクリストファー・サントゥッチ氏だった。同氏は01~03年にNHTSAに勤務していたことから、調査チームと面識があった。同氏の上司、クリス・ティント氏もNHTSA勤務経験があった。両氏は本紙のコメント要請に返答していない。

 あるときサントゥッチ氏は、テストのためワシントン郊外のフェデックスフィールド(スタジアム)の駐車場にES350を運んだ。ヨン氏とクアント氏が車を走らせ、高速の車を止めるのに必要な力を測るため、時速約95キロまで加速してからブレーキを踏んだ。

 このようなNHTSAと自動車メーカーの共同作業はよくある。NHTSAは単独のテストもできるが、技術的データの提供はメーカーに頼るのが一般的だ。年間約3万5000件の苦情に対し、NHTSAの欠陥調査部門の職員は57人しかいない。

 NHTSAと共同作業を行ったことのある自動車メーカーのトップは、自動車メーカーの「規制がほぼ自主的」なものだと語った。「NHTSAがこうした問題すべてを調査するのは絶対に無理だ」という。

 NHTSAにはメーカーにリコールを強制する権限がある。メーカーが誤解を招くような情報を提示した、あるいは安全に関する情報を適時に提供しなかった場合には罰金を科すことも可能だ。

 07年8月までには、NHTSAはトヨタがレクサスとカムリのリコールを宣言し、同社が加速の原因だとするかさばる全天候型フロアマットを取り除くことを望むようになった。当時NHTSAのアドミニストレーターだったニコール・ネーソン氏は「トヨタはこれで問題が解決すると請け負った」としている。

 同氏によると、調査官がトヨタに、「アクセルペダルの問題ではないことは確かか」と聞くと、「問題はフロアマットだけだ」と答えたという。

 トヨタは、その時点ではアクセルペダルの設計に問題がある兆候はなかったとしている。

リコール後も続いた事故

 トヨタは最終的に2007年型と2008年型のカムリとES350のリコールに踏み切り、所有者に全天候型のフロアマットを敷かないように呼びかけた。リコール対象車は5万5000台に及んだ。

 リコール実施後も、問題が解決していない可能性を示す報告が断続的に続いた。ひとつの顕著な事例は、2008年にはミシガン州で発生した死亡事故だ。

Toyota Motor Corp. via Associated Press

米国で販売されているトヨタのカムリ

 同年4月19日、グアダルペ・アルベルトさん(77)が運転する05年型カムリは、ミシガン州フリントのコープマン通りを走行していた。現地の裁判所に提出された訴状によると、時速約40キロで走行していたカムリは、約130キロに加速。その後約400メートル疾走して空中に跳ね上がり、2.4メートルほどの高さで木に激突、アルベルトさんは死亡した。この申し立てはミシガン州のジェネシー郡巡回裁判所で現在も係争中だ。

 この事故でフロアマットが原因だったとは考えにくい。訴訟を担当する弁護士によると、アルベルトさんは事故の何日も前にフロアマットを撤去していたという。この事故は、04年、NHTSAが最初に調査に入ったときに調査の対象から外された「加速が続く現象」タイプの事故と似ている。

 1年後 NHTSAは、ミネソタ州のある人物から調査を開始するよう依頼される。当人の所有するレクサスES350が、ハイウェイを走行中に加速、その後制御不能の状態のまま3キロ以上猛スピードで走ったという。トヨタはフロアマットが原因だと主張し、申し立てに反論する書類を提出した。

 それとは別に、08年12月以降、トヨタの欧州部門はアイルランドや英国で報告された、車が急に加速し、減速ができなくなるという問題を調査していた。数カ月にわたってテストを繰り返した後、トヨタは原因を突き止めた。それは米国でも広く使用されている、ペダルシステムのプラスチック部分だった。

  トヨタはペダルの設計をし直した。だが欧州でリコールを発表することも、米国の規制当局に通知することもなかった。詳しい関係者によると、トヨタは自社の米国部門に、欧州の状況を警告することもしなかったという。

 先月、トヨタの佐々木氏は、欧州でリコールを実施せず、米国の規制当局に報告しなかった理由として、それが安全性の問題だとは思わなかったからだと述べている。

 トヨタは、1957年から米国で事業を展開し、現地生産を約20年行ってきたが、現在も経営方針のほとんどを日本の本社が決定している。トップ経営陣に米国人の役員は含まれていない。トヨタのリコール責任者がいるのは12時間も時差がある日本だ。

 トヨタの内部事情に詳しい複数の筋によると、こういった理由から、NHTSAに指摘された安全性の問題へのトヨタの対応は遅れがちになるという。

 同筋は、「真の原因は、トヨタ内部のコミュニケーションが機能しなかったことだ」としてワシントンDCの事務所と日本の本社との間の隔たりを指摘し、「ワシントン事務所は(米)政府に提供するのに必要な情報を持っていない」と語った。

 09年8月、米国で再び死亡事故が発生。この問題は米国民の関心を集めるようになる。ハイウェイパトロール警官のマーク・セーラーさんが運転していたレクサスES350が、カリフォルニア州サンディエゴ近郊を走行中、突然時速160キロ以上にまで加速したのだ。車は制御不能の状態になり、同乗者の1人が警察に電話で通報、緊急事態を伝えた。

 「アクセルが戻らない」

 警察の音声記録には、こう訴える通報者の男性の声が残されている。

 「ブレーキが利かない・・・・交差点に近づいている。もうすぐ交差点だ。頼む、助けてくれ」

 その後、車は衝突し、通信は途絶えた。この事故でセイラーさんとその妻、娘、親戚の男性を含む、車に乗っていた全員が死亡した。

 テレビで放送されたこの音声記録が、インターネットを通して広がり、アクセル問題への関心が高まることになった。

 事故を起こしたレクサスは、セーラーさんが所有する車を修理に出している間に業者から貸与された代車で、全天候型のフロアマットを敷いていた。セーラーさんの前にこのレクサスを運転したドライバーは、ペダルがフロアマットに引っかかると報告していた。

 NHTSAの我慢も限界に近づいていた。9月25日、ロナルド・メドフォード局長代理は、トヨタの担当者をワシントンに呼び出し、トヨタはフロアマット問題の全面解決に向けてもっと迅速に取り組む必要があると指示した。マットを交換するだけでは不十分だとメドフォード局長代理は伝えた。トヨタもペダルがマットに引っかからないようにペダルを交換する必要があった。

 10月5日、トヨタはフロアマット問題に対処するために、同社にとって過去最大規模となる380万台のリコールに踏み切った。

 だが、NHTSAとトヨタの間の緊張は高まる一方だった。11月3日にトヨタは、リコールされた車についてNHTSAは「欠陥は存在しない」との結論を出したとする声明文を発表。NHTSAは翌日、トヨタは「不正確かつ誤解を招く情報」を広め、同局が「この極めて危険性の高い問題」を現在も調査中であるとする声明文を公開し、トヨタを公式に非難するという異例の行動に出た。

 同じころ、トヨタとNHTSAは、まったく別の問題でも対立していた。トヨタはピックアップトラック「ツンドラ」の車体フレームに耐腐食性の問題があり、荷台に積んだ予備タイヤが脱落する可能性があるとしてリコールを実施した。だが関係筋によると、トヨタの対応にはNHTSAが求めていたような迅速さがなかった。またトヨタは当初、リコール対象に燃料タンクとリヤブレーキに影響する腐食問題を含めることをためらったという。

 NHTSA.に提出された書簡によると、トヨタは1月8日、当初のリコール方針を変更し、「当局の要請で」燃料タンクの腐食問題を含めるとした。トヨタは、その問題を「安全性に関する欠陥」とは考えていないと強調した。

 ある関係筋の話では、トヨタは規制当局のいら立ちを認識していたが、「問題解決には考慮しなくてはならないこと」が存在する状況にあったという。

 こういった対立のなか、NHTSAのメドフォード局長代理は、複数の局員を伴って日本に乗り込んだ。米運輸省によると、12月15日、同局長代理らは、トヨタ役員と技術者、総勢100人の前に立ち、同社には米国の欠陥発見・リコールというプロセスに従う義務があると説明したという。

 その後、メドフォード局長代理はトヨタのトップ幹部との会談に臨んだ。局員によると、メドフォード氏は単刀直入に、トヨタの安全問題への対応は遅すぎると伝えたという。またトヨタは米国の法律に従って、欠陥を発見したらただちに報告する義務がある、とくぎを刺した。

 その場には品質保証担当の佐々木副社長がいた。面談の席で同副社長は、NHTSA側が、「(米国の)顧客がフロアマットを適切に設置すれば問題はなかった」とするトヨタの見解に反論し、「議論」が生じたことを明らかにした。佐々木氏によると、NHTSA側の対応は、トヨタはすべての消費者にフロアマットを適切に設置することを期待できない、というものだった。

 佐々木氏によると、NHTSA側はトヨタの考えに不信感をあらわにし、辛らつな言葉も口にしたという。

 それから11日後の12月26日、米テキサス州で、トヨタのアバロンが急加速し、フェンスを突き破って池に突っ込むという事故が発生し、4人が死亡した。フロアマットは警察によって車のトランクから発見され、事故の原因でないことが判明した。

 今年1月4日、NHTSAの局長にストリックランド氏が就任した。同局長にとって就任後最初の危機は1月19日に訪れた。トヨタの幹部2人の口から、同社本社がアクセルペダルの機械的欠陥を1年以上前から知っていたという事実が伝えられたのだ。

 数日後、トヨタは230万台のリコール計画の詳細を発表した。だがそこには落とし穴があった。トヨタはすぐに修理に取り掛かれるだけの数の部品を用意していなかったのだ。

 NHTSAは自動車メーカーがリコールを発表する際に、代わりの部品をそろえるだけの時間的猶予を与えることがある。だが今回はそうしなかった。そしてトヨタに修理を実施できないなら自動車の販売を停止するように迫った。1月26日、トヨタは8車種の販売停止に踏み切った。

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日本版コラム〔2月5日更新〕